Already 三丁目は夕日

徒然なるままの些細なブログ

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悲しき自由の果ては

2011-06-27 22:07:06 | 日記
3週間前から逃亡していた、アメリカザリガニの遺体が今朝発見された。二階の水槽から逃亡して、見つかることなく今日に至った。なぜ、彼は逃げたのだろう?餌も環境も満ち足りていたはずなのだが。水槽から逃亡して、慣れない乾燥した風の中、階段を落ちて転がりながら痛みは強くなるばかりだったろう。人が何回もとおる箱の隅でひっそり息絶えていた。彼は自由を求めていたのだろうか、それと空腹だったのだろうか、よくわからない。
そんな光景はサラリーマンの姿を映し出している。「給料が安い!」「福利厚生が悪い!」と考え「こんな会社、辞めてやる!」と思いながら、日々過ごしているものの、いざ、転職、開業になれば二の足を踏む。描いた姿は今朝のアメリカザリガニと同じ光景だけ。しかし、結果は行動を起こして見なければ判らない。ネガティブな発想しか思い浮かばないということは、水槽の中でじっと天寿を全うするしかないはずである。しかし、「満足」という単語は何が見えたら正解なのか良くわからない。カピカピに乾燥していくばかりの時間に夢、希望という水分をまき続いていければ幸せに辿り着くことができるのか良くわからない。播き続ける数量を考えること自体無駄なことなのだろうか?そして運命は自分で操作は出来ないものであるのかなと思う、おっさんの独り言である。
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電力なくしてインフラはありえない

2011-06-26 22:28:01 | 日記
秋田県北部の山村で総務省の交付金を使って、全世帯へIP技術を使った告知放送設備を設置したらしいが、震災時は利用できなかったと地方紙に載っていた。残念ながら、光ファイバとやらを使う場合は、各世帯で光信号から電気信号に変える装置をつけなければいけないらしいので、震災時ように一日以上停電になってしまえば使えないことは当たり前なのである。利用法を十分煮詰めず設置を急いだことに対し、議会側から批難が上がっているとのこと。そうはいうものの、議会承認して設置を認めたのだから、今になって批難するのはどうなんだろう?そりゃ、村長が代われば前任者と同じことはしないのが当たり前なのだが、交付金で何でもまかなえるから、やってしまおう!という考え自体が誤っているのではないのだろうか?
大体、普通自分で高価な物を購入する場合、用途、使用頻度等考えて購入すると思う。どんなに高価でも他人から、見聞きしてやってみたい!と思うことを実現してきた文化は庶民の意識からかけ離れていると思う。確かに、携帯電話所持者の年齢層から言えば、70歳代前半より前の世代は、ボタンを押して電話をする、という作業はなじみがなく、テレビ以外のディスプレイに向かう動作も得手ではないと思われる。その年代以降であれば何とか、利用方法を考えれば普及できるような気もするが自治体自体の年齢構成が問題になってくる。まして、限界集落が多く存在している場合は尚更。電力なくしたインフラは考えられないという時代なのだが、災害時に減災するために重要なことは、地域コミュニティの確立、強化であるが、IP告知端末でどれくらい強化できるのかといえば、否定も出来ないし肯定もできないのが現状であると思う。ただ、交付金という税金を利用した制度で設置しているということを
自治体は忘れないでいて欲しい。本当の受益者が誰であるか?ということを。
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Readerを購入して3ヶ月

2011-06-25 09:45:00 | 日記
SONYの個人情報漏洩事件以来、家電量販店では隅に追いやられているReader。「覆水盆に帰らず」のとおり、一度漏洩した情報は飛散するだけである。個人情報保護法制定前は、「同級生ですが、○○さんおられますか?」とか、怪しい商品の勧誘の電話が頻繁にかかってきていたっけ。あとは、裏ビデオのカタログも送りつけられていたな。法が制定されてからは、全然来なくなったけれど、不思議なことは一年に一回くらいあるかないかだが、会社に電話がかかってくること。これは会社関係を通じて、情報が漏れているということか?でも、名刺もくばっちゃっているから一概にそういうことは言えないが。
Readerを購入してから、読書の時間も増えて本の数も増えた。確かに持ち運びが楽。ちょっとした時間でも読むことができる。あとはWifi機能がついていれば何もいえないが。
笑って泣いて、ナミダ涙の大洪水!! にっぽん聞き書き41話 - 小田豊二(著) を読んだ。大洪水まで行かなかったが、少しはウルウル来た話もあった。BKH「貧乏」「子供」「ハンディキャップ」をそろえれば、ある程度を過ぎた年齢からはウケるの法則だと思う。この話は必ず本題の前に「駄洒落」の話から始まっていた。なぜ、加齢とともに「駄洒落」を言いたくなるのか不思議だと思っていたが、自分もそうなってきていることが悲しい。
次は、昔を振り返る意味で稼ぐが勝ち~ゼロから100億、ボクのやり方~ - 堀江貴文(著)を読んだ。まぁ。彼の考えについて、半分は同意できるが半分は同意できない。なぜ、こんな考えを持っていながら、衆議院選挙に立候補したのだろうか?あれさえなければ、成功者として現在も事業展開していたのではないのかと思う。刑に服すらしいが、彼の考えで「ちょっと違うな」と思ったことは、自分以外を「モノ」としか見ていないこと。人間が一番やってはいけないことを断言してしまっていた。最終的には「自分」が、検察から人間ではなく「モノ」扱いされてしまったのではなかろうか?冤罪判決等を考えれば、検察だって、己の成績を上げるためには人間を「モノ」扱いにしている。他人から「モノ」扱いされたということを理解したのだろうか。まぁ刑期が終わってから、どんな風に変わっているか楽しみだな。あの中では、それこそ番号で呼ばれるらしいからな。確かに、書籍としては電子化に合うようなドライブ感があり、一気に読み進むことが出来たということは、この頃から意識していたのか、と関心した。
今日も、ReaderStoreで何か購入しよっかな、と思う梅雨さなかの週末であった。
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逃げ切り世代は永遠に

2011-06-22 22:49:54 | 日記
毎年今頃になると、自分が加入している「ロードークミアイ」のオルグなるものが開催される。相も変わらず、シャンシャン会議のような定期大会向けの内容説明である。基本的に中央と地方は違うということは理解できる。問題なのは、仕事をしている組合員を何も考えないで話し合いをして事を進め、引返すことができないような状態で、組合員を理解させようとするところに「労働組合」から「ロードークミアイ」に変わってしまったと思う。団塊世代対策の施策が、かなり組織を疲弊させている現状に対して、どう切り込んで行くのか、見ものではあるものの、多分、使用者側の言いなりになるのがオチと見た。逃げ切り(団塊)世代は、いつまでもマイペースで生きていくことができる。かといって、この世代の先輩全てを嫌っているわけではない。中には、仕事を一から教えてくれた先輩、仕事に対する姿勢を教えてくれた先輩等、尊敬している先輩も多い。しかし、全体数が多いので、どうも個性が強い先輩が目立ってしまう。そして、職場ではなくてはならない先輩に限って定年で勇退し、「アナタは結構」という先輩が契約社員として居座る。そして、自分の仕事しかやらないので、「アナタは結構」は契約社員をポッと辞める→スキル承継が出来ない→職場パニック→溜まる仕事→雑な仕事に→お客様に迷惑。となってしまう。
この世代の先輩たちは、太平洋戦争中、直後に生を授かったんだから、「国難」を克服するため「生めよ、増やせよ」だったと聞く。戦争をしちゃったことが悪いといえば悪いんだろうが。東日本大震災は「国難」である。これを克服するためには、人手は重要であると思うが、今の出生率を考えれば団塊世代みたいな感じには絶対ならないだろう。大体、国外に避難している子供もいるしな。

去年の今頃はオルガナイザーやっていたな。まぁ、居眠りしているオヤヂの前で1時間も良く話していたもんだ。やっぱり、喋る本人が疑いを持ち続けると伝わっちゃうんだよね。役員とか長い間続けていれば、外郭団体に再就職したりできるらしい。まるで、役人と同じじゃないか。最低でも会社の管理者になってもらわなければな。でかい組織ほど再就職しやすい傾向があるし。「階級闘争」から「条件闘争」へ切り替えることが出来なかったおかげで組織拡大できずにいる。「ロードーウンドウ」を続けてある程度の役職についた者は、悲しい人間の性なのか、己の保身のみに時間を費やしているように見える。確かに、仕事を離れて長くなればなるほど、職場に戻ってから、自分の存在、意義を否定される現実を受け入れることが難しくなる。その上自分より、学歴も年齢も上の人に、平気でタメ口をきいている時間が長くなればなるほど。平気でタメ口をきくヤツに鍵って、労働基準法、従業員規則、労働協約を理解していない。そんなヤツは、組織人として人間として失格なんだがな。結局は、所属する組織で自分で思ったとおりの評価を得られなかった人が、高すぎるプライドを振りかざすためになんちゃっての「労働運動」モドキをしているんだよな。まぁ、そんないい加減さに辟易して現在は一組合員として過ごしている。オレの知っているそんなヤツはちょうど「団塊ジュニア」だった。そうやって、悪い方のDNAは紡がれていくんだよな、やっぱり、悪い方の「逃げ切り世代」は永遠なんだな。
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2011年の父の日、まだ大事にされているな

2011-06-19 22:33:37 | 日記
今日は梅雨入りしていないにもかかわらず、とても暑い一日だった。澄み渡る青空が昨日から何事もなかったように輝きつづけていた。

夕食も終わり寝るちょっと前の「マルモのおきて」が終わったあとに娘から、「おとうさん、ありがとっ」と言いながら、メッセージを添えた手作りのマスコットを渡してくれた。まぁてっきり、我が家での重要なイベントであるとは思っていないのであったが、手作りで毎年プレゼントをもらうことができるってことが、幸せなんだよな。特に311以降、普通であることの大切さを確認しながら、過ごすような意識が高まったような気がする。来年は中学生になるので、こんな手作りマスコットは最後になるんだろうな。

そしてその後に、息子からは自分がお気に入りである「こびとづかん」のコビトのマグネットをプレゼントされた。右が「クサマダラオオコビト」左が「ベニキノコビト」であるらしい。最近は年度細工に興味を持ち、特に紙粘土に着色する作品が大好きならしい。姉の誕生日にも自作のプレゼントを贈っていた。

翻って、自分が子供のころに「父の日」なんてあまり記憶が無く、「母の日」さえもプレゼントを贈ったことはないような気がする。諸説あるようだが、各方面で購買力が低下するGW後の対策が「母の日」で、仕方なく 設定されたのが「父の日」なのかなと思っている。いろんなゴタクを並べても、311以降は送れなかった子、もらえなかった父がたくさんいると思う。贅沢をあげればキリがないけれど、なによりも大切なのは一家で元気に暮らしていることであることなんだなぁ、と強く思った2011年の父の日であった。
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