Already 三丁目は夕日

徒然なるままの些細なブログ

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偶然が積み重なって現在という形になっている

2016-03-29 22:37:47 | 日記
会社で新年度の説明があった。またしても、同じことの繰返し。リーマン生活が長くなればなるほど、説明者の腹のなかがレントゲン写真のように見えてくる。最近は、波風をたてようとは思わなくなった。やっぱ年をとった証拠なんだろうな。体を壊すくらい頑張ってももらえる賃金、肩書は知れたもの。
だとすれば、楽しく、人のために、やりがいを持って仕事にむかいたいもの。
今日説明した輩は、ハラサーの最たる上司。うちの部門では、忍耐強いのか、バカなのか、諦めているのか知らないが、声を上げる漢がいない。そういう雰囲気だから反論出来ない部下は年上であろうと、若者であろうと徹底的にこき下ろす。
今日も二言目に「ボクには人事権がある」と。参加者の呆れようときたら。。。
まさに「キチガイニハモノ」ではなく「キチガイニカタガキ」。
まぁ、年寄りはそれなりに流すことが出来るが、若者にあの態度は?
組織を担うもの以前に、人間としてどうなのか?
過去二年間の総括をしても、「俺のマネージメントは間違っていない」の連呼。
際どい質問には極論で応戦。そこまで徹底している光景は悲しくさえなる。
ハラサーは自分がルールブックだから、間違い、負け、は認めない。その癖、外には向かって行くことが出来ない。
彼には身体的ハンディキャップがある。そのことで大体の部下は変な同情さえ心の隅に抱いてしまう。だから、皆は聞き流す。そんな空気を醸し出していることを自覚していないことに哀れさが深くなる。
実際はただのヘタレで、弱いもの苛めしかしていない。
今の自分の地位なんて、誰もが生まれてから、偶然の積み重ねで得ていることなのにな。自分の身体的ハンディキャップだって、好んで引き受けた訳ではないはず。プロセスの判断は結果論の張り付けで何とでも解釈の変更は可能。
人の振り見てナントカ、で無いが、偶々重なった事実の上で現在があることを忘れて、自分も横柄な態度をとらないようにしなければいけないなと。
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ある春の日

2016-03-27 23:09:20 | 日記
昨日、娘の部活の練習試合の送迎で実家に近い町に。
じいさん、ばあさん孝行なのか娘が「顔を見せて行きたい」と。練習試合の会場から30分近くだったので寄り道してから帰ることに。
あまり通ることのない道路は新鮮だった。県道なのだが、交通量が多い道路である。
中でも自動販売機のコピーが秀逸。
「ファイト!一服!」っていうコピーが目に入る。
マジに「ファイト!」で気合いを入れるのか「一服!」で休むのか。「どっちやねん!」って、ツッコミたくなる。娘とゲラゲラ笑いながら実家に向かった。雪解けが進み、蕗の薹があちらこちらに顔を出し始めた三月最後の土曜日夕方の話。
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わざわざ公務員の人事異動を新聞記事にする理由なんてあるのかな

2016-03-23 22:57:05 | 日記
三月も下旬になり、卒業、退職、人事異動の時期に。まぁ県職員のこと細かな異動を新聞記事にする必要は、どこにあるのだろう。誰が昇任しようと、一般人は知ったこっちゃない。県職員までは一歩譲っても、講読者に殆ど関係の無い限界自治体の異動まで載せる必要性はどこにあるのか。基本的に、公務員はやるべき仕事をキチンとしていれば、どこの馬の骨が業務をしようと市民には関係がないと思う。わざと公務員アレルギーのDQN達に燃料投下しているのかなと。
こういう風に、新聞記事になるせいか、名刺交換をしない輩が多い。組織の指示なのか、他に理由があるか解らないが。まあ、一番の理由はローカル的な記事が無いっていうことなのかも知れないな。
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シュントウダケツ

2016-03-16 22:47:50 | 日記
今日は16春闘集中回答日。軒並み要求額からダウンで妥結。辛うじてベアは獲得できた組織が僅かばかり。
日本的な企業内労働組合ってやつは、存在意義があるのだろうか?ただの社畜緩衝剤としかなっていないのではないのかと。雇用の確保とか言うま前にストライキでもうて!
まぁ、今時どこの組織でも、ストをうつことができる組織はないだろう。非正規労働者の方が多くて、経営者側には何の痛手も与えることは出来ない。昭和の時代にカウンターを与えたような運動はもう出来ないだろう。
本当に「雇用の確保」をするのであれば、「同一労働、同一賃金」を実現して、正社員のみが優遇されている、出来レースの春闘なんてやめるべきだし、本当に生きる権利を主張するのであれば、社畜緩衝機能を無くして、労働者のスキルアップを図らせて、企業にしがみつかせるような仕組みから解放させるような取り組みが必要なのではないのか。自社の仕事を二、三年しかしたことのない労働貴族を排除して、人間らしい生活を送ることが出来るような運動を期待したい。はっきり言って、春闘の一週間は無駄。会社も会社で、出せるものは最初からだせよっ!て毎年思う。今年も半ば、アベノミクスの成功を錯覚させるために政府主導の気がした。国内の需要拡大が進んでいないので、来年以降はまた厳冬に戻るような春闘になるのだろうな。
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最後、最期

2016-03-14 23:33:50 | 日記
今日はお世話になった伯父さんの葬儀だった。この時期にしては珍しい晴天。こんな青さは無情という思いを際立たせる。何れにせよ、人はいつか肉体は滅ぶ。残された者の喪失感は、第三者ははかり知ることが出来ない。
弔辞にこめた思いなんて、亡くなった人に届いているのか解らないけれど、第三者にも確実に届くと思う。

いろいろな思いは渦巻くけれど、今日一番、がっかり&納得したことは、参列していた伯父さん、伯母さんたちが老いていたこと。だよなぁ、気持ちでは若いと思っている自分だってアラフィフなんだし。
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