Already 三丁目は夕日

徒然なるままの些細なブログ

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自分にとっての五月とは

2012-05-23 18:57:03 | 日記
毎年、五月中旬から末にかけて庭の「エビネ」が可憐な花を咲かせる。

この花を見ていると、五月病とか、中弛みみたいに印象が悪いような月に良く頑張って咲いているのだなぁと思う。自分としては子供が誕生したり、新居への引っ越しをした月だったり、かなり重要な出来事があった月である。数年前はメンタルになって休み始めた月も五月であった。最近は「ナニかやり残したような気分」を鬱屈させるのが五月である。この世に産まれおちてから40年以上過ぎ、過ぎ行く時間にココロ惑わせられることなんて、微塵も考えなかった20代が嘘のような気がする。そして今になって「今日一番の宝は、明日は粗大ゴミになるかも知れない。」という思いが段々強くなってきた。20代の頃に良く思っていたことそれは自分に嘘をつきながら流されることが真実なのかという疑問の答えが、朧気ながら見えてきたような気がする。若い頃は「真実」と「事実」の違いが解らなかったということを。そう「事実」はそれ以上のものでもなく、それ以下でもない。一方、「真実」はそれ以外ではなく、時には残酷であり、異常なものにもなりうるものである。だから人は悩み、傷つくものなのだなと。人を産むのも人であるし、殺してしまうのも人である。ココロは片方では人を愛し、片方では人を憎む。鏡の中みたいな空間が人生なのかなと思うが、映す中身が段々薄くなってしまってきている。「エビネ」のように冬はじっと葉を枯らすことなく、春一番に新芽を出し、桜等の春の花々が散り果てた季節に咲くような、人生でもありなのかなと思う、金環日食で日本全国が俄か天文マニアが増えていた5月の週に。
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SNSってよくわからない

2012-05-16 22:52:31 | 日記
震災以降、SNSを利用した活動が増加している。自分が興味の持てる者との繋がりを広めることはかなり容易になっている。また一方ではそれを悪用する腹黒い輩の増加も顕著である。基本的に世間の流行の潮流は、良い方向、悪い方向ともに早く流れるものである。最近、気になるのはネットを利用して「署名を集めて訴訟を!」というTL。確かに、苦しんでいる人を助けるという趣旨に反対する気持ちは毛頭無い。大体は原発関連なのであるが、主催者は「唯一の被爆国日本」ということをどれだけ理解しているのか、はっきり言って悩む。原発立地については、暴走すれば制御不可能であるということを前提での補助金を国は自治体に与えてきた背景がある。そんな背景を放置したまま、現在にいたった状態をさしおいて、簡単にSNSを使っての行動をとるということに疑問を感じざるを得ない。本当は原子力を使った設備に対する反対姿勢を貫いていた団体等に冷たい視線、言動を浴びせ続けていた、補助金目当ての産業・地域発展を容認してきた我々オトナが咎めをうけなければならないのではと。SNSを使い、多数から同意を得ることは、カタルシスかもしれない。経済的なことしか目に付かなくなり、人との繋がりが稀薄になった今、個人の利害を越えた繋がりを、可能にするのがSNSなのかなと。しかし、受容ということも大切である一方、落胆という重い現実をデフォルメして拡散させてしま可能性も秘めている。
最近、全くの個人的な現象ではあるが、限定された地域だけの繋がりが広がっていくような感じがしている。地域共生の強化という面では理解できるものの、あまりにも、地域に拘りすぎるあまり、悪い方向に向う「権威主義」に陥ることも無きにしも非ずだと思う。個人を尊重しながら「知的社会的基盤」の強化をどのようにしていくのかが、どんよりとした日本を切り開く重要なファクターとなることは確かだと思う。学歴もなく財産もないおっさんのひとりごと。
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えんけーだつもーしょー

2012-05-12 12:22:32 | 日記

少し生えてきたような予感

一ヶ月前、娘の入学式に出るためボサボサな頭を綺麗にするために髪を切りにいった。中学校の同級生が勤めている店に数年通っているのだが、カットしている本人から通告された。通告した本人も少し焦っていたのような感じもした。確かに言われる前まで気付かなかった。あわせ鏡で見せられてから、一分一秒でも気になってしまうのであった。いろいろネットで調べたりしたのだが、結局、明確な原因はわからなかった。ただ一つわかったことは毛髪の抜けてから生える周期は3ヶ月くらいとのことだった。巷で言われているストレスが原因で脱毛ということはなきにしもあらずだが、昨日今日、暴言を浴びた結果で抜ける可能性は低いらしい。疑うのならば、2,3ヶ月前の精神状態、環境を疑ったほうがいいとのことだった。確かに自分は、そのころ精神的にイッパイイッパイだったような気がする。あるサイトでは、ストレスが起因の場合は治ったとしても5年以内に再発する可能性は大きい、とか書いてあった。まぁ最近は子供たちに「父さん、10円ハゲあるでぇ!」とか見せるくらいココロの余裕が出てきた。しかし、子どもたちは「10円ハゲって何?」という始末。こんなところで小さいストレスが発生しているのかもしれないな。
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Reader感想記

2012-05-06 11:13:36 | 日記

そろそろ、電子書籍購入数も100冊に近づいてきた。
「権威主義の正体」 岡本浩一 著

この本を読んで、まさに「権威主義」に招待されてしまったような気がする。「権威」を傘にする「主義者」は身の回りには多すぎる。賃金労働者、自営業者を問わずに影響をうけざるを得ない。最大の問題は最終的に非倫理的な行動、高リスクな行動への強制である。この「権威主義」が気がつかないまま日常的になり、非常に恐ろしい出来事に発展する。この本では始めに「ホロコースト」発生における原点の分析をし、「権威主義」を「行動」、「人格」、「本質」から科学的に検証している。
この書籍を読んでから、自己分析をしてみると自分も十分に重症な「権威主義者」に為り得る可能性が高いことを実感した。最近は、他人の言動はもとより、その言動に対して、その時点での自分の考え方が「権威主義」的な人物になりつつあるのか?また、相手が「権威主義」的な人物なのか、考えてしまうようになった。この書籍で記してある「現代日本の権威主義」について、「日本人は英会話が出来ない」という事象を始め、自分としては非常に興味深い内容で納得できるものであった。
人の心から「権威主義」的な考えは拭いさることは出来ないと著者も言っている。確かに、「権威主義」が全部悪いのではなく、正体を知ることでトラブルに巻き込まれることや、大きな過ちを冒すことを防ぐことが出来るはずだ。他人の言動、それに対する自分の受け止める考え方を考えるキッカケとなった。悪い方向に進む「権威主義」に招待されないように過ごしたいものだ。



日本人が知らない世界と日本の見方 - 中西輝政(著)

「権威主義の正体」のあとにこの書籍を読むなんて、自分のチョイスに惚れ惚れしてしまった。コクサイサイジガクって、そんなに歴史は古くなかったことと、文明と文明のぶつかりあいが歴史を動かしてきたのかなと。なぜ「ウソ」をつくことがいけないのか、この書籍を読んでいい年をよーく判ったような気がする。しかし、これを引用して子供に躾をしてもいいものか。。。
「権威主義」の強い知識人たちは「グローバル化」をマスゴミを通じて声を荒げているが、果たして日本という「国家」「文明」「文化」をどれくらい理解しているのか解りかねる今日この頃。そして明治→大正→昭和の流れを「黎明」→「怠惰」→「崩壊」みたいな流れに進んでいくのか、残念ながらその確立が高いような気がしてきた。しかし、それを防ぐことができること、遅くすることが出来るのも、個人の意識なのかなぁと。組織が形成されれば、「黎明」→「怠惰」→「崩壊」の流れは必然であると思う。自分の所属している会社という組織を見ていればそう感じる。悪い方の「権威主義」が強くなり始めた先は「怠惰」→「崩壊」そして最後は「滅亡」なのだろうか。答えは風の中にあるのか、そしてボクらは石ころのように転がり粉々になるしかないのか。粉々になっても「命」「精神」という小さな粒は消えないよう願いたいものだ。しかし、「命」だけは時が経つにつれ、小さくなり続け最後には見えなくなるほどの大きさまで削られていくのだろうけれど。
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