山頭火つれづれ-四方館日記

放浪の俳人山頭火をひとり語りで演じる林田鉄の日々徒然記

三ヶ月の東は暗く鐘の声

2008-04-10 13:09:46 | 文化・芸術
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―表象の森― サヴァン症候群の世界

「ほんの一瞬のあいだ、普通の状態では決して味わえない幸福感に包まれる。ほかの人にはわからない幸福感に。自分にもこの世界にも完全に調和しているという感覚。それがあまりにも強烈で甘やかなので、その至福をほんの少し味わうためなら人生の十年間を、いやその一生を差し出してもかまわないとさえ思うほどだ。
天国が降りてきて、私をのみこんでしまったのかと思った。神にたどり着き、神に触れたのだ。健康な人々は、これほどの幸福感があることを、私たち癲癇患者が発作の直前に味わうこの幸福感を、知りようもないのである。」

「恍惚の癲癇」と呼ばれもする非常に稀な側頭葉癲癇の患者であったドストエフスキー自身の発作体験を綴ったものだ。
数学者でもあった「不思議の国のアリス」の作者ルイス・キャロルも同じ側頭葉癲癇を患っていたと考えられている。

映画「レインマン」のモデルとなったキム・ピークと同じ「サヴァン症候群」であり、「アスペルガー症候群」をも併症しているというダニエル・タメットの著書「ぼくには数字が風景に見える」は、ヒトに起こり得る脳異常の世界をまことに豊かに語り得ている点でだれにでも興味をそそるものがありお奨め本だろう。
冒頭のドストエフスキーの癲癇発作に関する一文も、幼い頃同じ側頭葉の癲癇発作に苦しんだ彼の、本書からの孫引きだ。

数字を見ると色や形や感情までもが刺激され浮かんでくるという彼のように、外界の刺激に対し近傍の認識領野で混線気味に連動するとみられる「共感覚」が超人的な計算能力や言語習得を生み出すといった脳内の不思議にも、最近の脳科学はかなり接近してきたようであるが、なにしろ140億の脳細胞からなるという複雑怪奇の脳内ネットワークのこと、そうそう容易くは解明されつくすものでもあるまい。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」-29

   芥子のひとへに名をこぼす禅  

  三ヶ月の東は暗く鐘の声   芭蕉

三ヶ月-三日月-

次男曰く、月の定座。夏-芥子の花-・秋の季移り。
李時珍の「本草綱目」に、罌粟-ケシ-は「花開いて三日即ち謝-お-つ」とある。「三ヶ月」の思付はたぶんこれだろうが、秋の三日月と白ゲシの一片とはよく似合う。

三日月は初魄-ショハク-とも云い、秋には新月の魄がとりわけよく見える。東は暮れ西はまだ明るいというのも秋の夕空で、折から、いずこともなく鐘声がこぼれるごとく聞えた、というのだろう。

「是、伸し句にして、芥子のひとへと云より入相のかねと附て、諸行無常のこころならん」-升六-
「此句ただ弦月暮鐘の景を叙するに過ぎねど、情趣幽曠、おのづから根塵心応時銷落の境をあらはすに似たり。前句とのかかり玄妙にして、如何にも精修幾年の衲子-のうす-の山寺の夕に立ちて忽然所得あるが如きさま見ゆ」--露伴
「妙句言詮-ゲンセン-を費すべからず。‥芥子の一重にこぼす風情の三日月の鐘にほのかに匂へる心地何とも言へず」-樋口功-
「前句はこれ色空一如と観ずる大悟の境地を拈-ねん-じ、附句はすなはち微茫の天地に諸行無常の鐘の声を聞く。日の間不即不離の情趣が相通ふを観取せねばならぬ」-潁原退蔵-、と。


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