Moments musicaux

ピアニスト・指揮者、内藤 晃の最新情報です。日々、楽興の時(Moments musicaux)を生きてます。

紙谷一衛先生の著書

2009年03月17日 | レビュー
私の師、紙谷一衛先生が、日本の音楽教育への提言的内容を著した著書『人を魅了する演奏』(角川学芸ブックス)を上梓されました。長年の経験と研究に基づき、さまざまな観点から、私たち日本人が西洋クラシック音楽を演奏する上で意識しなければいけない「日本人としてのハンディ」を明らかにした労作です。ぜひ、多くの方に読んでいただきたいと願っています。

角川学芸ブックス 人を魅了する演奏 (角川学芸ブックス)
角川学芸ブックス  人を魅了する演奏 (角川学芸ブックス)紙谷 一衛


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以下、本書よりの抜粋引用をもって、ご紹介に替えさせていただきます。ここに書かれていることは、私自身が常日頃紙谷先生から吸収し意識するよう努めていることですが、音楽に携わる皆さんに、強くお薦めさせていただきます。



<「サ」と「Sa」の違いが発音のタイミングの違いを生む>
 私たちの日本語は「あいうえお」の五十音表があるのを見てもわかるように、それぞれの語に子音と母音のセットを考えながら言葉を言う意識はありません。例えば、「さ」は一つの「さ」であって、子音の「s」と母音の「a」の順には考えません。しかし実際には子音の後に母音があるのですから、仮に手を打ちながら「さ」を言うと、手を打った時に子音の「s」が発音され、母音の「a」は一瞬遅れます。それに対して、西欧の人々は必ず「s」と「a」の組み合わせで言うのですから、手を打つのに合わせるのは「s」でなく実質的に音が出る「a」です。
 「Strauss」を例にとると、この語は母音が「au」だけでシラブルが一つ。ですから、手を打つ音と母音「au」が同時になる、すなわち子音の「Str」はそれより前に出るのです。けれども私たちが言葉に出す時は手を打つ瞬間にシュと言うので、本来の母音「au」を言うのはかなり遅れてしまいます。実はこの言葉の出し方の違いが音楽の演奏のタイミングに大きく響いているのです。
 このことは、歌を歌う時にはっきりと影響が出ますが、管楽器などの演奏でも、私たちは音が鳴るべき瞬間に「タ」と言うように演奏しますが、その時舌は「Ta」の「T」をやっているので、音はその舌が落ちて空気が流れ出て「a」になった時に響き始めます。そのため言葉の発音同様、音が鳴るのは一瞬遅れます。このため「音の立ち上がりが悪い」とか「乗りが悪い」と言われてしまうのです。(pp.130-131より)


<日本人の静的なテンポ感とリズム感>
 私たち日本人は、音楽においても、農耕民族の特徴からか、音を出した所で止まっていて、次の音まで時間が流れるのを待っている、ということは前章で述べました。
 例えば全音符の場合は、音を出した後、そのままじっとしていて1,2,3,4と数えながら、4拍分の時間の経過を待ちます。歌や弦、管楽器なら音を鳴らし続けます。たとえその間に音を大きくしたり小さくしたりしても、その間に動いているのは時間です。付点8分音符と16分音符が組になったリズム形の場合には、初めの付点8分音符の音を出したら3/4拍分の時間を経た後、次の16分音符の音を出すと考えるのが普通です。正しい演奏というのは音を出すタイミングが正確な演奏を言うので、音楽教室などでは手を打ちながら「ターァタ、ターァタ…」と正確さを教えます。テンポが遅い曲では時間がゆっくり経過するので拍をゆっくり数え、速い曲では一拍の時間が短いので忙しく数えます。
 しかし、この日本人の静的な音楽の捉え方が、西欧音楽を演奏するときに心を反映しにくくさせているのです。それを改善するには、西欧音楽が本来もっている人の心への呼び掛けを受け止め、これは異民族の音楽だとしっかり認識して、動的な捉え方をしなければならないのです。(pp.175-176より)

<テンポは音楽が動く速さ>
 楽曲の曲頭に書かれているAllegroやAndante等の発想記号はその曲の感じを示したものですが、私たちはテンポを示したものと考えてしまっています。ある時代から作曲家がメトロノーム記号を使ってM.M.♪=120等と書き添えるようになり、私たちはそれによって曲の一拍の長さ(速さ)すなわちテンポを知ることができます。けれども元々の発想記号の文字を改めてよく見ると、それらはすべて動き方を表現する副詞です。これは非常に重要な《鍵》です。つまりこれらの言葉は、元来「音楽は動いていくもの」と考えるのを前提としていることを示しているのです。すなわち、テンポは演奏する速さのことでなく、その音楽が人にもたらすものを表現するための音楽の進み方を示したものです。(pp.179-180より)

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