Moments musicaux

ピアニスト・指揮者、内藤 晃の最新情報です。日々、楽興の時(Moments musicaux)を生きてます。

クリスマスコンサート

2011年12月24日 | コンサート
「音楽と芸術のMIKOTO」さんが、クリスマスコンサートを企画してくださいました。12/25(日)13:30開演@仙川アヴェニューホールです(詳細はこちら)。ゲストで、素敵なフルーティスト宮本果奈さんとも共演します(ピアソラ:ブエノスアイレスの冬 ほか)。

リサイタルのガッツリしたコースとは違った、いろんな名曲つまみ食いの気軽なバイキングのようなプログラムです。ご来場をお待ち申し上げます。ちなみに、このホールのピアノは珍しいイタリアのFAZIOLIです。

お問い合わせは、MIKOTO:加藤さん(TEL 090-4422-4016)までお願いいたします。

【クラシックの名曲から】
バッハ:G線上のアリア
    コラール「主よ、人の望みの喜びよ」

ショパン:3つのワルツ
 第3番 イ短調 Op.34-2、第7番 嬰ハ短調 Op.64-2、第5番 変イ長調 Op.42
 子守歌 Op.57

ドビュッシー:ベルガマスク組曲
 I.プレリュード II.メヌエット III.月の光 IV.パスピエ

グラナドス:スペイン舞曲 Op.37-5「アンダルーサ」
ファリャ:火祭りの踊り

【素敵なゲストとともに】 with 宮本果奈(Flute)
ピアソラ:ブエノスアイレスの冬
ボラン:センチメンタル

【その他】
クリスマス・ソング・メドレー(編曲:内藤 晃)


プログラムノート(2011/12/3)

2011年12月03日 | オピニオン
2011年12月3日(土) 津田ホール

Program

ドビュッシー:ベルガマスク組曲
Claude Debussy: Suite Bergamasque
 Ⅰ.プレリュード Prélude
 Ⅱ.メヌエット Menuet
 Ⅲ.月の光 Clair de lune
 Ⅳ.パスピエ Passepied

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
Maurice Ravel : Pavane pour une infante défunte


バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988
Johann Sebastian Bach : Goldberg-Variationen Aria mit verschiedenen Veränderungen BWV988


なぜバッハに惹かれるのか
 高校時代、怪しい心理テストまがいの職業適性検査を受けさせられたことがあります。「俳優」という結果が出ました。面白半分で結果を見せ合ったものですが、周りの同級生たちの中で、一人浮いていた気がします。
 もともと、演じるのは大好きでした。小学校時代は演劇部で、白い綿を顔にひっつけてしわがれ声でお爺さんを演じたりし、校内ではちょっとした有名人でした。中高時代も演劇ライフを満喫するはずだったのですが、どういうわけか、先輩の巧みな誘い文句に乗せられて、吹奏楽部でパーカッションや棒ふりをして過ごすことになったのです。演劇を続けていたら、ひょっとしたら役者になっていたかもしれません。
 バッハが生きたのは、複数のメロディーによる音楽(ポリフォニー)から、メロディーと伴奏による音楽(ホモフォニー)に移行しつつあった時代でした。ポリフォニーの作曲は、瞬間瞬間の縦のハーモニーに留意しながら複数のメロディーを動かしていかねばならず、きわめて制約の多い職人芸と言えます。そのなかで、バッハはポリフォニーを極め、個々の旋律も、それらが織り成すハーモニーも、すべてが美しいという奇跡のような離れ業を成し遂げました。
 複数の声部が掛け合ったり同時にハモったりするとき、声部間で心の通い合いが生じます。アンサンブルや合唱では他のパートの人と心を通わせるわけですが、独奏鍵盤作品では、これを一人でやらねばなりません。つまり、一人何役も演じながら、それぞれの役が丁々発止のやり取りをしたり、対話しながら互いに心を通わせていったりするように仕向けるわけで、その点では究極の腹話術みたいなことをやっているわけです。
 個々人の台詞がどこをとっても魅力的で、さらにそれらが素晴らしい物語を形づくってゆく点で、バッハの楽譜にまさる台本はありません。今でもバッハの音楽に取り組んでいると、眠っていた役者魂がどこからともなく頭をもたげ、無性に血が騒ぐのです。

プログラム・ノート
 今日は、音楽史上の一大傑作であるバッハ「ゴルトベルク変奏曲」(1741)を演奏いたします。30もの無尽蔵のアイディアを展開した画期的な変奏曲で、これほどの変奏曲はバッハ以前に存在しませんでした。ドイツ語の原題Aria mit verschiedenen Veränderungen(直訳すると「さまざまな変容を伴ったアリア」)では、動詞verändern(変化する、変容する)の名詞形Veränderungが使われています(ベートーヴェンのディアベリ変奏曲も同様です)。美しい天上のアリアが、時とともにさまざまな表情を見せながら驚くべき変容を遂げてゆくわけです。不眠症のカイザーリンク伯爵の眠れぬ夜のお供として、バッハの弟子ゴルトベルクが弾いて聴かせたというエピソードから、「ゴルトベルク変奏曲」と呼ばれるようになりました。
 「ゴルトベルク変奏曲」は、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」などとは性質を異としたバス主題の変奏曲で、メロディーではなく、ベースラインとその上のコード進行を基礎に、自在に変奏が繰り広げられてゆきます。その変容を追っていると、あたかも旅をしているような感覚にとらわれ、旅路の果てに冒頭のアリアに帰ってくると、何か安堵感にも似た特別な感慨がひたひたと湧いてきます。この心がすうっと洗われてゆくような感動こそ「ゴルトベルク変奏曲」体験の醍醐味といえますが、本作は、ベースラインに基づいた変奏と、テーマへの回帰という二つの意味で、今日のジャズに通ずる精神が脈々と息づいています。
 録音の無かった時代、音楽を記録するには紙に記譜するしかありませんでした。その点、この長大な変奏曲は、即興演奏の大家でもあったバッハが自らのアイディアの可能性に挑戦した記録とも考えられ、随所に作曲家の遊び心が炸裂しています。「こんなふうにもできるんだよ」というバッハのお喋りは人懐こく共感を促してきますが、その変奏が万華鏡のように自然発生的に繰り出されてゆくのは実にスリリングで、舌を巻きます。個々の変奏の分析は割愛しますが、絶妙の配列が、30の変奏のなかに大きな起承転結の流れを生んでいます。即興的でありながら、同時に普遍性をも兼ね備えた、驚くべき作品です。
 コンサートの幕開けには、ドビュッシー「ベルガマスク組曲」(1890)ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」(1899)を選ばせていただきました。いずれもバロック・スタイルで書かれた名曲で、典雅で洗練された空気がバッハと共通しています。19世紀ロマン派の時代、市民社会の興隆とともに感情の横溢したロマンティックな音楽が氾濫すると、その反動としてシンプルな美しさを求める向きが現れ、バロックの端正なスタイルや、教会旋法(かつて聖歌で用いられていたような旋律の秩序)が作曲に取り入れられるようになりました。これらもそのような文脈上に位置づけられる作品で、どこか古めかしい澄ました佇まいをとりながらも、旋法のアルカイックな響きと、モダンな響きが混在し、ロマン派音楽とは異なるスタイリッシュな美しさを醸し出しています。この新しい響きへの希求はやがてジャズにも受け継がれてゆくもので、ドビュッシーやラヴェルの作品にもジャズ的感性の萌芽を聴くことができます。
 今日のピアノは、ニューヨーク・スタインウェイです。スタインウェイにはハンブルク製とニューヨーク製があり、それぞれ個性が異なります(日本のホールに入っているのは、スタインウェイ社が販路を分けている影響でほとんどがハンブルク製です)。アルカイックな空気を演出するのに好適と思って選びましたが、その響きもご堪能いただければと思います。心洗われる音楽とともに、素敵な時間をお過ごしいただけましたら幸いです。

内藤 晃

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