あかない日記

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大地震(28)津波警告碑

2011-04-25 | 東日本大地震

     「津波警告の碑」
   
     西側の「津波警告の碑」 右側は往時のもの  (東京・江東区深川牡丹)

 

    4月20日掲載の大地震(23)「天災は忘れたころに来る」の戒めは

   なんと 江戸時代にも 「津波警告の碑」 としてあった。

   1791(寛政3)年の大津波で多数の犠牲者を出したことから

   幕府は 深川付近を空き地にし これより海側に人が住むことを

   禁じた警告の碑を 西と東の2箇所に建てた。

     現在 西側の碑は 平久橋西詰め北側に 

       また東側の碑は 洲崎神社の境内にある。

   今回の東日本大震災でも 岩手県・宮古市の「大津波記念碑」には

   「高き住居は児孫の和楽 想え惨禍の大津波 

    此処より下に家をたてるな・・・」とあり その戒めを守り通してきた

   先人たちのおかげで 今回の災難に逢わなかったことが

   ニュースにあった。

      寺田寅彦の「天災と国防」の一節に

     『 昔の人間は 過去の経験を大切に保存し蓄積して その教えに

     たよることがはなはだ忠実であった。 過去の地震や風害に

     堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような

     建築様式のみを墨守して来た。 それだからそうした経験に従って

     造られたものは 関東震災でも多くは助かっているのである。 』

 

    しかし 現在の東京はどうだろうか?

    海・河ぎりぎりに そしてゼロメートル地帯に人家が建ち並ぶ・・・

       この 後世への警告を 完全に無視している。

 

             洲崎神社周辺→ http://yj.pn/TyYD2m