今日で 8月も終わり
オリンピック 高校野球 等と夏の祭典も終わった。
明日からは 学校では新学期も始まる。
しかし 今年の蝉は 多く見られ
今でも ”ミ~ン ミーン” ”ツクツクホーシ”と鳴き声が聞こえる
当方は 明日から何と泣けばよいやら・・・・
今日で 8月も終わり
オリンピック 高校野球 等と夏の祭典も終わった。
明日からは 学校では新学期も始まる。
しかし 今年の蝉は 多く見られ
今でも ”ミ~ン ミーン” ”ツクツクホーシ”と鳴き声が聞こえる
当方は 明日から何と泣けばよいやら・・・・
屋外では”百日紅”が咲き 室内では
去年に続き 再び我が家の 「月下美人」が一輪咲く。
4日前から つぼみがダンダンと大きくなり L字形に頭を持ち上げる。
今夜は咲くだろうと 赤ちゃんが生まれる時のように
すっかり花鉢に 気をとられてしまう。
九時前 匂いほのかに そのときがやってきた。!
しかし 一夜の大花輪であった。
このところの 暑さにめげず 我が家の 「百日紅」は満開だ!
字の通り 百日は咲くということで
今年は平年より長く咲いているように見える。
いつも依頼している庭師がケガで 剪定は 当方がやったが
無事に咲いてくれるか心配だった・・・
”サルスベリ”は
(百日紅=ヒャクジツコウ Lagerstroemia indica) ミソハギ科の落葉中高木
無事に 成田空港に到着し
”日本の新たな年”の第一歩を踏むことができた。
あらためて 今回の旅行を振りかえてみて
海外へ行く時は 毎回そうなのだが 予備知識を持たず
案内されるまま 行くようになってしまっている。
まあ~ そのほうが感動 感激が強く感じられるが。
今回の旅行も5カ国と欲張った旅ではあったが
歴史のある都市 またかつて共産圏の国へも
訪れることができたことはよかった。
その結果 このブログへの掲載も168回にも及んだ。
また 今回でツアーで知り合う人々も増え
旅の思い出・印象が さらにいつまでも強く残っている。
ウィーンからプラチスラバへ流れるドナウ川上空
ブログ第1回の出発で ドナウ川に触れたが
ドナウ川上空から別れの一枚を もって 今回の旅行を終わりとする。
飛行は順調に 日本に向けていく
空は 白々と明るくなり 初めて上空から”元旦”を迎えた。
残念ながら 雲が多く下界は見えないが
去年一年 何があったかを思い起こし
今年も 良き年になるよう祈りつつ
平成24年の幕開けとなった。
飛行機は ウィーン空港を旋回しながら上昇していく
その途中 眼下に 不思議な形をした街を 見る。
歴史的な街なのかと? 写真に収め
帰国して調べたら ウィーンの森 東南方面にある
”ライゼンベルク”という街だった。
しかし 歴史的な街ではなく
ウィーンの別荘地またはベットタウンのようだった。
ちょっと拍子抜けでした。
ウィーン空港内で 呼び止められ 試供品のチョレートを食べて
また あらためて お土産として買い求めてしまった。
しかし 旅行仲間の情報では 店によって 価格が違うということで
空港内を あっち こっち うろうろとさまようことに・・・
昼過ぎ ウィーン空港に到着
早速 各人が 機械により搭乗手続きをとることになったが
日本語をチョイスすると すんなりと終える。
写真の奥に見える塔は 管制塔 2005年9月落成している。
頂部が基部に対して45度回転した特徴的な構造で
高さが109mとヨーロッパで最も高いとのこと。
しかし テナント方式なのか
韓国の企業”SAMSUNG”の看板が掲げてあった。
その昔ならば ”SONY”だったかもしれない・・・
ウィーンに向かう途中で こんなのどかな所に ”TESCO” を発見
”TESCO”は 英国を本拠地とし 世界第3位の巨大スーパーマーケット・チェーン
日本には2003年に参入し、首都圏を中心に百余の店舗を有しているが
8年を経過したが 思うような展開が成らず
最近では 日本からの撤退を 始めているようだ。
帰途 ブタペストからウィーンに向かう途中の景色だが
風力発電が ざっと数えても数十基が乱立している。
川はあっても 高低差のない平坦な土地 水力発電はできない
火力発電が主だが 風力発電化になる その現状をみる。
また オーストリアには世界一安全な原子力発電があるそうだが
まさに 建設はされたが 国民の反対で一度も稼働していないからと
ライトアップに輝く国会議事堂
エリザベート橋をくぐる ゲッレールトの丘もライトアップされ そして月も輝く
上海のような色とりどりに煌めく状況とは 打って代わって
こちらは 白熱灯一色に統一され 落ち着いている。
さすがに”ドナウの真珠”といわれるだけのことがある。
しかし はしる船 また夜間の撮影は難しい いい勉強になった。
イルミネーションに飾られた ”くさり橋” 向こうに見える橋はエイザベート橋
乗船したクルーズ船
夕食後 ”ドナウの真珠”と称される
幻想的なドナウ川の夜景をクルーズする。
ペスト地区(王宮の対岸)のくさり橋とエリザベート橋の間の
船着き場からクルーズ船に乗船。
上流はマルギットシゲットまで
下流は自由橋の先までの約1時間の乗船だった。
ライトアップされた くさり橋の景観は
ヨーロッパ随一といわれる程の美しさを誇っている。
世界遺産「ブダペスト、ドナウ河岸とブダ城」の
登録建築物でもある。
ブタペスト郊外から戻り
今回の旅行も 大詰めとなる。
ブダペスト最後の夕食は
ブダペスト西駅に近い ワインセラーのレストランにへ
館内はワインが所狭しと飾られている。
我々の食事は地下に案内され
昔の地下壕を利用したものと思われるが
最後の晩餐とは思えない内容
普段食と変わらない肉料理で 少々拍子抜けであった。
この後 ナイトクルージングが控えているので
心はすでにそちらに行ってしまった。
再び中央広場に戻った。 ここに建つ十字架は
18世紀に建てられ ”商人の十字架”と呼ばれている。
ここにも 少々怖いお話がある。
言い伝えでは 十字架の下にはセルビア人の男性が
逆さまに埋めらていると。
”セルビア人の死体は前に進む” と信じていたので
死体が地上に出ないように 逆さまに埋めたそうだ。
お国が変われば いろいろな言い伝えがあるものだ。
センテンドレ「丘の上の教会」から見るドナウ川 対岸はセンテンドレ島
ブタペストから北西に約60kmの地点
ハンガリーとスロバキアの間を東に流れる ドナウ川は
完全にハンガリー領に入ってから 南に向きを変えて
ゆったりとブダペストへと流れ下る。
この辺りは ドナウベント(ドナウの曲がり角)と呼ばれ
豊かな歴史文化遺産や建築物が 今でも数多く残している。
ドナウベント一帯は エステルゴム ヴィシェグラード センテンドレの町が
観光地となっているが この町が中心になっている。