医師日記

「美」にまつわる独り言です
水沼雅斉(みずぬま まさなり)

ああジダンよ!嘆きの美

2006年07月10日 12時06分36秒 | Weblog
  一体誰がこんな幕切れを予想しえたでしょうか???

 世界中の一体何億人の人々が、世界で最も偉大なプレイヤーのラストダンスに、最も偉大なコンダクターの振るタクトに、惜しみない拍手と称賛を贈ろうと準備をしていたことか・・・。

 ドラマは試合開始早々に訪れました。

 あの舞台、あの張り詰めた空気の中、PKを蹴るジダンの心理はいかに?

 そして放たれた目を疑うばかりのゆっくりとした放物線・・

 クロスバーに触れて直角にポトリと、白線の向こう側に落ちる金色のボール・・・

 あのシチュエーションで一体どうしてあのボールを蹴るのか、蹴れるのか・・・?

 やはり彼の「魔法の杖」は尋常ではありません。

 心なしかあのジダンをしても、彼の顔色が血の気が引いて真っ白に見えました。

 そして追いつくイタリア。

 舞台は延長に・・・

 延長前半、どんぴしゃのタイミングでのセンタリング

 あの重量級のジダンが軽々とそして華麗に宙に舞いました

 まるで時が止まったかのような、滞空時間の長~い舞い

 そしてジャストミートされた「将軍」の美しい、これ以上の美しさはない、しなやかで力強い最上級のヘディング 渾身の一撃でした

 するとボールの下から突然飛び出してきた、世界屈指のGKブッフォンの手

 間一髪のスーパーセイビング

 顔を真っ赤にして吼えるジダン!

 雄たけびを上げるブッフォン!

 これぞ神に選ばれし男たちが繰り広げる命がけの戦い 国の威信をかけての現代の闘争

 Zepの「アキレス最後の戦い」のBGMが僕の頭を駆け巡ります

 決勝にふさわしい真剣勝負

 あれが決まっていたらおそらく歴史が変わったでしょう

 それを許さなかったイタリアのカテナチオ

 そして唐突に、あまりにあっけなく訪れた英雄の幕切れ・・・

 一体何を言われればあそこまで激昂できるのでしょうか?

 自分の最後の舞台に・・世界中の人々が用意した、これ以上望みようのない最高の舞台で・・

 そう、彼はひとりの戦士だったのです。

 昔観た、僕が一番お気に入りの映画、ポーランドはアンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」を思い出しました。

 チブルスキー演じる主人公マチェックのあまりにもはかない幕切れ・・・

 二の句が継げない悲しい現実・・・。

 むしけらのようなみじめなラストシーン

 僕の人生観を変えた名画中の名画・・・。

 近年悲しいことにヨーロッパ芸術映画がハリウッド商業映画におされ、誰もがまるでアメリカ映画のように、ジダンが有終の美をかざるのでは、飾って欲しいと・・・かくいう僕もどうやら毒されてしまい、つい想像してしまった自分が甘かった・・・

 そう、彼は聖人でもなく、映画俳優でもありません。

 一人の戦う兵士、人間だったのです。

 現実とは時に残酷な結末が用意されているものです。

 だからこそ、人生は素晴らしい・・・。

 予定調和に終わらない、裏切りの結末・・・。勝利の女神のきまぐれ・・・。


 これぞ戦士ジダンにふさわしい幕切れだったのかもしれない・・・。

 自分の歴史を自ら汚してしまったことによって、皮肉にも世界中の人々の心により強く刻みつけたジダンの人間としての脆さと強さ・・。

 悲しみを背負う美、悲愴感にあふれる美ほど美しく輝く・・・

 闘志を爆発させ、世界中を裏切って、決して完璧ではない人間の姿、現実を再認識させた男、ジダン・・・さらば、人間ジダン

 彼は周りが思うほど後悔はしていないでしょう
 
 現実ははかない・・・、はかないからこそ美しい。

 世は定めなきこそ、いみじけれ・・・~兼好法師~