土砂崩れで通行止めの道で車を乗り捨て(その時点で市街地から山道(一応市道)を60分程度)
そして砂利、落ち葉、倒木、落石まみれの滑る山道を登ること体感20分
見える景色は雑木か数軒の廃屋、もしくは廃屋だったと思しき瓦礫の山
登る手助けにと思って手を伸ばした木は朽ちていて、信じて体重をかけていたら一緒に谷に落ちていた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/50/f3fc6d900cfcce9da245712ede6d5aa1.jpg)
そんな道の最後に表れる石段こそ、道が間違っていなかった証
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/50/ad2db0dd419049f0c1f7dca588318c91.jpg)
見上げた先には優しい色合いの校舎
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/12/4c83885d02e177f0a11830caa84bccab.jpg)
天方小学校嵯塚分校
年々薄くなっていくプレート
でも、これは石に彫ってあってほしかったなあ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/86/3a911f8e1d3f70bf28bf104f6cb62970.jpg)
1977年閉校、1990年廃校
人の手から離れて30余年、にしてはしっかり残っている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/7b/141fb0b925c3e8cdfe0cbae1f15ccc00.jpg)
何せ、手前はほぼ崖の石段のため、引いても校舎全景が撮れない
向かって右手
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/87/cf1d1109849c6ccf3bb5501c6ffabdcf.jpg)
空いている窓から覗き込むと、そこは和室
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/8f/aa63efdb2f9ac7148d30e2f7341e1f92.jpg)
和室の窓の下には、ビール瓶で囲まれたエリア
花壇…だったのか、とも思ったが、小学校の庭先にビール瓶はないか
でも、その後わざわざ運んできて挿すのもよくわからない
しかし瓶のデザインから、1980年代頃のもの…結局よくわからない
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/5e/d2fa2bfcdb70015a9dc0737b206d15d5.jpg)
向かって左
屋根の上は植物でいっぱいも、たわむことなく美しい状態
ひときわ目を引くカラフルなものは、かご式のブランコと思しきもの
窓の割れも少なく、突き出したストーブ煙突も美しい
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/ea/5fba29368454227923923a203c53ff44.jpg)
有難いことに割れていた窓から見えたのは温かみのある教室
スチールと木の椅子が混在していたようです
気になるのは照度
11月の14時過ぎで、フラッシュ炊いてこの明るさですので、蛍光灯一本は相当暗かったのでは
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/c7/8c33d3d8737c39146dcde12192c9acc3.jpg)
窓辺に置いてあった教科書は、複式3・4学年の東書理科
昭和43年(1968年)のものでした
散らかしたまま閉校はないので、誰かが置いたのでしょう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/89/6a6451eae2ea7f5fe8ccacb9d8679772.jpg)
教室を通った先には小さな校庭
右上の根元が見えている木々が、今にも雪崩落ちて来そうな状態
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/2f/cefe3396e8695ab6f74c2b5c274d7bc2.jpg)
校舎を振り返る
左に見える鳥居は、校庭から数段上がった先にあるお宮のもの
校舎の裏手(写真の左)に向かいます
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/c0/8cfc7fe1019a69a7f9fc4c4634eedd77.jpg)
校庭の端に置けばいいのに、日中でも薄暗い校舎の裏手に設けられたタイヤ飛び
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/17/c821e36ac6336ef4eed21318e6265655.jpg)
右手には校舎の廊下から、教室が見える
建物自体はとても頑丈なようで、縦方向はしっかり建っている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/ae/ae7a18a9cda8c31fa74d3ce77f9bdc37.jpg)
斜めに入っている木は、奥の教室にもあったので、筋交いなのだろうか…心許ないが
そしてもう一つ心許ないのが自分の装備
よく見ると、足元には落ち葉から瓦をはじめ、無数に光る破片が落ちていて、ただのスニーカー装備で下手に足でも切ったら山を下りられない
次は装備品を増やして来る
ちなみにここはB組、ほかに、A組、職員室の表示が健在だった
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/54/878cf763fde45891f056e3529809c225.jpg)
間をそのまま進んで、振り返る
左が校舎、右が宿舎
校舎の外廊下は、屋根が朽ち落ちている
瓦はここの屋根に乗っていたものだろうか
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/51/6541d6a08495c1620aeb50e28463143b.jpg)
廊下の端から、校庭方向を見る
年代物の洗濯機が無造作に置かれている
本当は、もうすこし床があったのだろうが、今となっては外廊下は地平レベルのため、各教室へは大きな段差が生じている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/22/e1ce9b9bde20049e379dfd3c59a8aca8.jpg)
一周して、はじめで言う校舎の右端に到達
方角で言うところの東端
ガラスもトタン屋根もしっかりしていて、現役でもいけそう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/e4/5c983c8d2a19f641f1da9783400fa704.jpg)
僅かな南側の隙間に置かれた遊具の跡
チェーンが2本2セットあるところから察するに、ブランコであろう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/cb/b333a23f918fd4bb4d0a49946bc030ab.jpg)
そして滑り台
いずれも、子どもたちが最後に触れて何十年の歳月を経てもなお、黙ってあり続ける
そこに何とも言えない何かを感じるために、また、ここに来たいと思う場所
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/ec/6f44bd316d5c4e541d12477b53007ff7.jpg)
まだ14時半を過ぎた時分ながら、帰りの山中で日没を迎えると、狭隘路、砂利道、急坂、路肩崩落、圏外等々…余裕を見て分校を後にします
廊下がないのが多少残念ではあるものの、とても静かで、美しい学校でした
---
明治23年 吉川小学校嵯塚分校として開校
昭和50年 吉川小学校と問詰小学校を統合し天方小学校となり
吉川小学校嵯塚分校を天方小学校嵯塚分校に改称
昭和52年 嵯塚分校休校
平成02年 嵯塚分校廃校
天方小学校HPより抜粋
---
2022.11.12/静岡県森町
そして砂利、落ち葉、倒木、落石まみれの滑る山道を登ること体感20分
見える景色は雑木か数軒の廃屋、もしくは廃屋だったと思しき瓦礫の山
登る手助けにと思って手を伸ばした木は朽ちていて、信じて体重をかけていたら一緒に谷に落ちていた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/50/f3fc6d900cfcce9da245712ede6d5aa1.jpg)
そんな道の最後に表れる石段こそ、道が間違っていなかった証
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/50/ad2db0dd419049f0c1f7dca588318c91.jpg)
見上げた先には優しい色合いの校舎
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/12/4c83885d02e177f0a11830caa84bccab.jpg)
天方小学校嵯塚分校
年々薄くなっていくプレート
でも、これは石に彫ってあってほしかったなあ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/86/3a911f8e1d3f70bf28bf104f6cb62970.jpg)
1977年閉校、1990年廃校
人の手から離れて30余年、にしてはしっかり残っている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/7b/141fb0b925c3e8cdfe0cbae1f15ccc00.jpg)
何せ、手前はほぼ崖の石段のため、引いても校舎全景が撮れない
向かって右手
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/87/cf1d1109849c6ccf3bb5501c6ffabdcf.jpg)
空いている窓から覗き込むと、そこは和室
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/8f/aa63efdb2f9ac7148d30e2f7341e1f92.jpg)
和室の窓の下には、ビール瓶で囲まれたエリア
花壇…だったのか、とも思ったが、小学校の庭先にビール瓶はないか
でも、その後わざわざ運んできて挿すのもよくわからない
しかし瓶のデザインから、1980年代頃のもの…結局よくわからない
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/5e/d2fa2bfcdb70015a9dc0737b206d15d5.jpg)
向かって左
屋根の上は植物でいっぱいも、たわむことなく美しい状態
ひときわ目を引くカラフルなものは、かご式のブランコと思しきもの
窓の割れも少なく、突き出したストーブ煙突も美しい
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/ea/5fba29368454227923923a203c53ff44.jpg)
有難いことに割れていた窓から見えたのは温かみのある教室
スチールと木の椅子が混在していたようです
気になるのは照度
11月の14時過ぎで、フラッシュ炊いてこの明るさですので、蛍光灯一本は相当暗かったのでは
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/c7/8c33d3d8737c39146dcde12192c9acc3.jpg)
窓辺に置いてあった教科書は、複式3・4学年の東書理科
昭和43年(1968年)のものでした
散らかしたまま閉校はないので、誰かが置いたのでしょう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/89/6a6451eae2ea7f5fe8ccacb9d8679772.jpg)
教室を通った先には小さな校庭
右上の根元が見えている木々が、今にも雪崩落ちて来そうな状態
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/2f/cefe3396e8695ab6f74c2b5c274d7bc2.jpg)
校舎を振り返る
左に見える鳥居は、校庭から数段上がった先にあるお宮のもの
校舎の裏手(写真の左)に向かいます
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/c0/8cfc7fe1019a69a7f9fc4c4634eedd77.jpg)
校庭の端に置けばいいのに、日中でも薄暗い校舎の裏手に設けられたタイヤ飛び
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/17/c821e36ac6336ef4eed21318e6265655.jpg)
右手には校舎の廊下から、教室が見える
建物自体はとても頑丈なようで、縦方向はしっかり建っている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/ae/ae7a18a9cda8c31fa74d3ce77f9bdc37.jpg)
斜めに入っている木は、奥の教室にもあったので、筋交いなのだろうか…心許ないが
そしてもう一つ心許ないのが自分の装備
よく見ると、足元には落ち葉から瓦をはじめ、無数に光る破片が落ちていて、ただのスニーカー装備で下手に足でも切ったら山を下りられない
次は装備品を増やして来る
ちなみにここはB組、ほかに、A組、職員室の表示が健在だった
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/54/878cf763fde45891f056e3529809c225.jpg)
間をそのまま進んで、振り返る
左が校舎、右が宿舎
校舎の外廊下は、屋根が朽ち落ちている
瓦はここの屋根に乗っていたものだろうか
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/51/6541d6a08495c1620aeb50e28463143b.jpg)
廊下の端から、校庭方向を見る
年代物の洗濯機が無造作に置かれている
本当は、もうすこし床があったのだろうが、今となっては外廊下は地平レベルのため、各教室へは大きな段差が生じている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/22/e1ce9b9bde20049e379dfd3c59a8aca8.jpg)
一周して、はじめで言う校舎の右端に到達
方角で言うところの東端
ガラスもトタン屋根もしっかりしていて、現役でもいけそう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/e4/5c983c8d2a19f641f1da9783400fa704.jpg)
僅かな南側の隙間に置かれた遊具の跡
チェーンが2本2セットあるところから察するに、ブランコであろう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/cb/b333a23f918fd4bb4d0a49946bc030ab.jpg)
そして滑り台
いずれも、子どもたちが最後に触れて何十年の歳月を経てもなお、黙ってあり続ける
そこに何とも言えない何かを感じるために、また、ここに来たいと思う場所
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/ec/6f44bd316d5c4e541d12477b53007ff7.jpg)
まだ14時半を過ぎた時分ながら、帰りの山中で日没を迎えると、狭隘路、砂利道、急坂、路肩崩落、圏外等々…余裕を見て分校を後にします
廊下がないのが多少残念ではあるものの、とても静かで、美しい学校でした
---
明治23年 吉川小学校嵯塚分校として開校
昭和50年 吉川小学校と問詰小学校を統合し天方小学校となり
吉川小学校嵯塚分校を天方小学校嵯塚分校に改称
昭和52年 嵯塚分校休校
平成02年 嵯塚分校廃校
天方小学校HPより抜粋
---
2022.11.12/静岡県森町
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます