23インチのワークブーツXL250Sと錆びオヤジとブロンコも

昭和のバイク、昭和の車が大好きな
オヤジがいじり壊したり
治ったつもりのやっつけ仕事を
綴った独り言です。

今だから言えること

2012-12-24 17:43:17 | 雑談

ここ数年、イヴの過ごし方はと言うと、妻と義理母と私の3人で、たあいもない話でもしながら時間がたつだけだ。

子供たちが幼いころは、小さなツリーを飾り付けケーキを用意しサンタさんを待ったものだったが、大きくなった最近子供たちは、彼氏やら友だちとなどとと出かけてしまい、ここ数年は家にいない。

 

昔の話、私がまだ、小学校に上がる40数年前のこと、おふくろが、イヴの日にはじめてホールのケーキを買ってきたのだった。

兄弟4人は、それはそれは大騒ぎ、ショートケーキは見たことがあるが、ホールのケーキなど見たことがなかった。

ろうそくのサンタや、柊の葉などが乗ってたのをいまでも覚えている。

夜になるまで、「神棚にあげておけ」 などと訳のわからないことをして神様も戸惑ったことだろう・・・

当時クリスマスの意味なんて誰も知らなかったんだろう。

今思えば、当時けして裕福でなかった我が家で、おふくろは一大決心で子供たちにサプライズをしたかったんだろうと思う。

ケーキそのものは、スポンジはパサパサで生クリームも固かったが、すごーくうまかった。

 

そんな、おふくろだが先月初め、81歳にして、旅立ってしまった。

9月初めに体調を崩し、何度か入退院を繰り返したが、逝ってしまった。

昔からおふくろは、口は悪いがいつも周りには人が集まり、にぎやかだった。

入院している時も、いつも誰かしか入れ換わり立ち替わりにお見舞いに来てくれて、あまりにもにぎやかで相部屋の他の患者さんから苦情が出たり、病院側からも注意されたくらいだった。

生前から花が好きだったおふくろの葬儀では、たくさんの生花をいただき、ある意味すごく華やかな式で、たぶんおふくろもうれしかったろう。

そんなみんなや孫10人、ひ孫3人に見守られながら旅立ったおふくろは、たぶん、幸せだったんだと思う反面、私は4人兄弟の一番下でいつも心配ばかり掛けて、何一つしてやれなかった。今さらだが、その分、おやじと、おふくろのことをよく診てくれた義理姉に孝行できれば思う。

きのう49日の法要を済ませたが、いまだに夢にも出てこないし、しょうじきなとこ実感がない、実家に帰ればいつものテーブルのあの椅子に座ってる気がしてならない。