
五木寛之氏の講演会に参加した。
会場は東別院会館。

年寄りが多いだろうと思っていたが、その通りだった。
私もその仲間に入ったという事か・・
会場は満席(キャパ450席)、凄まじい熱気を感じた。
これがシルバーマーケットというものか。
時間とお金が余っているんだな・・
第1部はスパイラルアームズによる音楽ステージ。
雅楽というのか?!昔の楽器に今様(いまよう)という歌
12世紀の源平の時代にタイムスリップしたような気分になった。
第2部は五木寛之氏の講演会
司会者に紹介され、舞台袖から登場。
杖をついていたが、しっかりとした足取りで中央の演壇に立った。
五木氏は92歳だという。
だが、声も表情も実に若々しかった。
1時間15分、立ちっぱなしで、水も取らず、メモも見ず、
会場の一点を見すえ、表情豊かに、しゃべり通した。
実に興味深い話の展開で、引き込まれた。
12世紀、親鸞(1173-1263)が生まれた時代は争いが絶えなかった。
人々は生きる希望を見いだせず、歌うことで心を保った。
今の時代の流行歌のようなものを、
当時は今様(いまよう)といったらしい。
和讃(わさん):和語による賛歌・仏教歌謡
親鸞は多くの歌を残したらしい。いわゆる作詞家だ。
五木氏は言う。
歌は三位一体となって初めて成立する。
詩、曲、歌手・・・言葉は残っているが、残念ながら楽譜は残っていない。
だが、残っている言葉は歌のためにつくったものだということを想像しなければならない。
そして、当時、誰に聴かせるためにつくったものかということを想像しなければならない。
なぜならば、歌は聴く人(もしくは一緒に歌う人)がいて
初めてその存在感を成立させるからだ。
時代というものがあり、詩をつくる人、曲をつくる人、歌う人。
さらに聴く人・いっしょに歌う人
それらがすべてそろって今様・和讃の世界なのだ。
すべては一期一会の賜物なのだ。
とても学びの多い、楽しい時間だった。

夏日の大須商店街、大勢の人で賑わっていた。
ランチは韓国料理店「カントンの思い出」で豆腐チゲとチジミ。
料理も美味しかったが、冷えた韓国ビールもめちゃくちゃ美味しかった。
会場は東別院会館。

年寄りが多いだろうと思っていたが、その通りだった。
私もその仲間に入ったという事か・・
会場は満席(キャパ450席)、凄まじい熱気を感じた。
これがシルバーマーケットというものか。
時間とお金が余っているんだな・・
第1部はスパイラルアームズによる音楽ステージ。
雅楽というのか?!昔の楽器に今様(いまよう)という歌
12世紀の源平の時代にタイムスリップしたような気分になった。
第2部は五木寛之氏の講演会
司会者に紹介され、舞台袖から登場。
杖をついていたが、しっかりとした足取りで中央の演壇に立った。
五木氏は92歳だという。
だが、声も表情も実に若々しかった。
1時間15分、立ちっぱなしで、水も取らず、メモも見ず、
会場の一点を見すえ、表情豊かに、しゃべり通した。
実に興味深い話の展開で、引き込まれた。
12世紀、親鸞(1173-1263)が生まれた時代は争いが絶えなかった。
人々は生きる希望を見いだせず、歌うことで心を保った。
今の時代の流行歌のようなものを、
当時は今様(いまよう)といったらしい。
和讃(わさん):和語による賛歌・仏教歌謡
親鸞は多くの歌を残したらしい。いわゆる作詞家だ。
五木氏は言う。
歌は三位一体となって初めて成立する。
詩、曲、歌手・・・言葉は残っているが、残念ながら楽譜は残っていない。
だが、残っている言葉は歌のためにつくったものだということを想像しなければならない。
そして、当時、誰に聴かせるためにつくったものかということを想像しなければならない。
なぜならば、歌は聴く人(もしくは一緒に歌う人)がいて
初めてその存在感を成立させるからだ。
時代というものがあり、詩をつくる人、曲をつくる人、歌う人。
さらに聴く人・いっしょに歌う人
それらがすべてそろって今様・和讃の世界なのだ。
すべては一期一会の賜物なのだ。
とても学びの多い、楽しい時間だった。

夏日の大須商店街、大勢の人で賑わっていた。
ランチは韓国料理店「カントンの思い出」で豆腐チゲとチジミ。
料理も美味しかったが、冷えた韓国ビールもめちゃくちゃ美味しかった。
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