波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

変な詩

2012-06-18 10:06:18 | 掌編小説


  1

 彼女がぼくの部屋に来たから、
「これうまいよ」
 って、ネコの絵のついた缶詰を開けたんだ。
「それ私に食べさせるの。どうして?」
 って訊くから、ぼくも言ったよ。
「どうして?」
「だってこれ、ネコの缶詰でしょ。私、ネコじゃないわよ」
「君がネコじゃないって? まさかあ!」

 2

「……で、私は救急車を呼んで、 彼を病院にいれたの。でもさ、お母さん。私って、ネコじゃないよねえ」
「いいえ、あなたは家のネコちゃんですよ。 公園に捨てられていたのを拾ってきたんですからね」

 3

母の言葉が響いて、彼女は考え込むようになった。そしてついに、ネコの缶詰を欲しがるようになった。
母が心配して彼女を病院に連れて行った。

  4

彼女は現在、彼の隣の病室に入っていて、時どき顔を合わせる。
彼は自分を病院に入れたことを恨んでいるらしく、ネコではなく、犬の声で吠えるのだ。
本当に彼が犬になってしまったのか、当て付けにそうしているのかは分からない。たまに手で顔を拭くしぐさは、ネコそっくりなのだ。
 それでも機嫌の良いときは、鉛筆をなめなめ詩を書いたりしている。たとえば、こんな詩を彼女に見せたことがある。

  ネコ缶

人間はネコじゃないよ
ネコが人間なんだ
ネコの缶詰なんか ないんだよ
それをつくったのは
人間じゃないんだ
ネコが造ったのさ
だから ネコは人間なのさ
ネコって言われたからって
ぼくを病院に入れたのは
ネコへの愛情が足りないからさ
ネコ缶はネコが食べても
人間が食べてもいいんだよ
人間が食べたら駄目って言うのは
ネコを愛してないからさ



 変な詩だ。それでも彼女はこの詩がよく分かって、彼を病院に入れたことを毎日謝っている。
病院の院長にも、彼を病院に入れたのは自分で、自分が間違っていたのだから、彼をここから出して欲しい。そう頼んでいるが、聞き入れてもらえない。
「君は何かね。私の見立てが間違っていたとでも言うのかね」
 院長はあごひげを撫でながら、そう言うのだ。そんな院長を見ていると、彼女はこの院長こそ猫じゃないかと思うのだ。
 こうなると、脱走するしかないので、目下逃走経路を検討している。もし二人揃っての脱出が失敗したら、彼だけ逃がして、彼女は次の機会を待つ。
 長い間待つのは大変なので、彼に変装してネコ缶を病院に届けてもらい、それで英気を養うつもりでいる。
                               了
 

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