波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

森のお祝い

2012-03-29 11:02:47 | 童話

 『 森のお祝い 』   


 森の近くに、家が一軒ありました。その家には、男の子がいて、
名前を太郎といいました。
 太郎は今日、七歳の誕生日を迎えました。誕生日のお祝いに、お
赤飯をたいてもらいました。
 太郎がお赤飯を食べていますと、縁側に、
「ぴーよ、ぴーよ」
 と、ひよどりがやって来て言いました。
「わたしはまだ、そんなにおいしそうな 食べものを、見たことが
ありません。一度だけ、そんな食べものを、わたしの子どもに 食
べさせてやりたいのです。どうか、三粒でも 四粒でも 下さいま
せんでしょうか」
 太郎は、箸に赤飯をつまんで、十粒ばかり縁側に置いてやりまし
た。
 ひよどりは、ひょこひょこと頭を下げてお礼を言ってから、赤飯
をくちばしにつまんで飛んで行きました。

 ひよどりが、ひなに赤飯をやっているところに、尾長が通りかか
りました。
 尾長は、ひよどりの母親に訊きました。
「そんなに おいしそうな食べものを、どこで手に入れたの」
 ひよどりは、森の外れの一軒家を、くちばしで指して言いました。
「ほら、あそこのお家の、太郎さんが下さったんですよ」
「それじゃ、わたしも貰って きましょうっと」
 尾長は、ひゅーっと森の上を飛んで、太郎の家の縁側にやって来
ました。
「太郎さん、太郎さん」
 と尾長は、長い尾を振りながら言いました。「なあに」
 と、まだ赤飯を食べていた太郎は、訊きました。お茶碗には、半
分くらい残っていました。
「わたしにも、そのおいしそうな食べものを、分けて下さいません
か。一度だけ、子どもに食べさせてやりたいのです」
 太郎は、尾長にも十粒ほど縁側に置いてやりました。
 尾長は、頭と尾をおもしろおかしく上げ下げして、お礼を言うと、
お赤飯をつまんで森に飛んで行きました。

 尾長が、子どもたちにお赤飯を与えていると、もずが通りかかり
ました。
 もずは、尾長の母親に訊きました。
「そんなに おいしそうな食べものを、どこで手に入れたの」
 ひよどりは言いました。
「あの森の外れの一軒家ですよ。そこの太郎さんから貰ったのよ」
「じゃ、わたしも貰ってこようっと」
 もずは、威勢よく飛び立ちました。

 もずは、太郎の家の縁側にやって来ました。赤い口を開けて、
「キイッ、キイッ」
 と言いました。
「何か、用? 今日はいろんな鳥が来るようだけど」
 太郎は、最後の一口を 口に入れてしまったところでした。
 もずはがっかりして、言葉が出てきませんでした。ところがこの
とき、太郎は茶碗をさし出して、お赤飯のおかわりをしたのです。
もずは今度は、急に嬉しくなって 言いました。
「わたしにも、そのおいしそうな食べものを、ほんの少し分けて下
さいな。一度だけ、子どもたちに食べさせてやりたいのです」
 太郎は、もずが話し終る前に、縁側に十粒ばかり置いてやりまし
た。もずの言いたいことは、はじめから分かっていましたからね。
 もずは、鋭いくちばしに お赤飯をくわえると、何度も頭を下げ
て飛んで行きました。
 もずが、子どもにお赤飯を与えているところに、こじゅけいがや
って来ました。
 こじゅけいは、もずの母親に訊きました。「ちょっと、その赤い
食べものは、どこで拾ったの?」
「拾ったんじゃないわよ。こんなにお目出たい食べものが、落ちて
なんかいるもんですか」「それじゃ、どうしたっていうのよ。まさ
か盗んで来たわけじゃないでしょう」
 こじゅけいは、わけが分からないという顔になりました。
 もずはきかない目つきになって、言いました。
「わたしが盗んだりすると思うの? これはね、あそこの家の 太
郎さんから貰って来たの!」
「じゃ、わたしも貰ってこなきゃ」
 こじゅけいは、慌てて走りはじめました。この鳥は、飛ぶよりも
 走るほうが得意のようですね。それでも、速いとは言えませんで
した。

 こじゅけいが家の縁側に来たときには、太郎の茶碗は空になって
いましたよ。そうとは知らずにこじゅけいは、
「ちょっとこい、ちょっとこい」
 と言いました。
(おや、へんなことをいう鳥だな)
 と、太郎は思いました。
(赤飯を食べてしまったので、怒っているのかな)
 太郎も、こじゅけいが「ちょっとこい、ちょっとこい」と鳴くの
を、知らなかったのですね。
「わたしにも、おいしそうな赤い食べものを、分けて下さいません
か」
 と、こじゅけいは頼みました。
 ようやく太郎は、こじゅけいが怒っているのではないと分かりま
した。けれども、もうお赤飯はありません。
 空になった茶碗を見せましたが、こじゅけいは戻って行きません。
きょとんとして立っているのです。

 そのうちに、この家でお赤飯を貰ったと聞きつけた鳥たちが、次
々と縁側にやって来ました。
 きじばと、めじろ、かわせみ、よたか、こまどり、とんび、から
す、きせきれい、のびたき、しじゅうから……と、それはそれはた
くさんの鳥たちが押しかけて来たのです。お赤飯を貰った、もずや、
尾長や、ひよどりの仲間も交じっていました。
 縁側にあふれた 鳥たちを見かねて、この家のおばあさんが言い
ました。
「よし、わしがもう一度、赤飯をふかしてやるから、みんな待っと
れ、待っとれ」
 おばあさんは、庭にかまどを持ち出して、お赤飯をふかしはじめ
ました。
 鳥たちは、庭の木や、屋根に留って、じっとお赤飯のたけてくる
のを見つめていました。こんなに鳥がいるのに、まったく声がしな
いなんて、考えられないほどです。あのやかましいむくどりさえ、
楢の木にすずなりになって、おとなしくしているのです。
 でも、こじゅけいだけは、いい匂いをかぎに、二歩、三歩と、か
まどに寄って行きましたよ。
 お赤飯がたけると、鳥たちはみんな仲良く順番を守って、貰って
行きました。一度貰って、また貰いに来るものなど、一羽もいませ
んでした。

 明くる朝のことです。太郎は、鳥たちの声で目が覚めました。ぴ
ーよ、ぴーよ、ででっぽう、ででっぽう、けっけんかけきょ、きい
ーっ、きいーっ‥‥
 また縁側に来て、騒いでいるらしいのです。ちょっとこい、ちょ
っとこいと言っている鳥もいます。
 しばらくすると、鳥の声がしなくなりましたので、太郎は縁側に
出てみました。
 するとどうでしょう。縁側には、足の踏み場もないほど、いろい
ろな物が置いてあるのです。
 ナンテンの赤い実があれは、まだ青いぶどうもあります。そのほ
か、名も知れぬいろいろな草の種。
 またこれは、もずが捕まえてきたものでしょうか、いもりさえ置
いてあるのです。どこで捕まえたのか、たにしや、どじょうも置い
てあります。そしてお赤飯によく似た、赤まんまの花もありました。
とうもろこしが、一粒だけなんてのもあります。
〈ははあ、これはみんな、昨日お赤飯を貰ったお礼のつもりだな〉
 と太郎は思いました。
 ところが、どうしてもお礼の品物を、見つけられない鳥がいたの
でしょうか。小豆色のきれいな羽根が一本、縁側の真中に置いてあ
りましたよ。考えたすえに、自分の羽根を抜いていったものでしょ
う。
 この羽根を置いていったのが、何という鳥か分かりますか?
「ちょっとこい」と言われたような気がして、太郎は庭の隅の草か
げに目をやりました。でも、そこには、鳥なんか一羽もいませんで
した。
                おわり


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