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バスで通う音楽の先生と、バス停に向かう道が一緒になった。咲子はコーラス部に所属していて、音楽の先生の指導を受けているのだ。
バス停が近くなったとき、頭上を雁が渡った。七八羽の雁がか細い声で鳴き交わしながら薄暗くなりかけた中空を横切っていく。
先生がいきなり立ち止まった。革鞄を脇に挟んで、神妙な顔をして目をつぶっている。
咲子は先生が病気になったと思い込んで、
「どうしたの?」
と傍に寄って顔を見上げた。先生は依然目をつぶって、何かに集中している。
「どうもしない。かまわずに君は先に行ってくれ。僕はここで雁の声を聴いていく」
そう言って、目をきつく閉じた。その顔はさっきより深刻で、どうして目を開いては聴けないのだろう、と訝った。さすが音楽の先生だと思う一方で、こんなふうに私の歌声も聞かれているのかと不安にもなった。
雁は最初の七八羽は前へ行ってしまい、次の群れがやって来るところだった。そのか細い声が暮れかかる街並みを突き刺すように響いてきた。
咲子がまだ心配で立ち去れずにいると、
「カリガネというだろう。あれは飛ぶ姿のことではなく、雁の音だ。雁の鳴く声のことだ」
と言った。咲子の姿なんか見もしないで。明日学校で、誰かに言わないと、心がおさまりそうもなかった。
おわり