波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

夏掛け

2018-09-04 17:13:23 | 超短編


あるようで
ないようでもある
夏の掛け布団
その過不足が夢に
ふと湧く

君が短大を卒業して、故郷に帰るとき、
僕に贈ってくれたもの。
それは純粋な綿織物だから、肌触りが
よく、移りゆく季節にもあって、随分
重宝したものさ。けれど季節も進んで
早朝の寒さが増して来ると、夏掛け一
枚ではもたなくなった。特に最近はそ
んな日が続いている。と言って、毛布
をプラスすればちと暑い。僕は肌の感
覚に合わせて、足を伸ばしたり、縮め
たりしながら、君の心中を推し量って
いた。
どうして僕に、こんなものをプレゼン
としてくれたのかなって。シツレイ!
そんな君へのいとおしさと、もどかし
さを、半々に感じながらの明け暮れをし
ている折りも折り、ついさっき、近く
にある町工場の正午のサイレンが鳴ら
されるのと同時に、君からの宅配便が
届いたのさ。これは正直、嬉しかった
な。羽根布団が実用を満たしてくれる
だけではない。添えられていた文面が
僕を欣喜雀躍させたのさ。
君が母校に戻って、あと二年間学びた
いということ。実家の経済状況を考え
れば仕送りは無理だから、アルバイト
でも、家庭教師でも、率先してやると
いうこと。何より嬉しかったのは、君
が僕のことを母親に告げてくれたこと
だった。
「だって無理でしょう。その羽根布団は
誰に送るのかって、それはそれは執拗に
訊いてくるのだもの」
と君は、母親に負けないくらい、しつこ
く書いているけど、それは話してくれて
よかったのさ。僕にも母親に執拗に訊か
るだけの価値があったわけだからね。た
だあの夏掛けのことは、母親にも内緒だ
ったと思うから、小さくまとめて押し入れ
の一番上にでも隠しておくよ。

        了