羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

いつかこの恋を~ 1

2016-02-24 21:27:16 | 日記
「せーのっ!」いつかの夕方、靴を脱いだ子供の音とヒールを脱いだ母が声を合わせて公園の砂場でアルプス一万尺の手遊びをしていた。笑い合う二人。母はジャケットにタイトスカートの姿で砂場に入り時間も時間であったが、子供の音は気付かず相手をしてもらい喜んでいた。手遊びの後も砂場で遊ぶ二人。「お母さん、恋って何?」「池におるでしょ?」「ちゃう、りょう君が音にしてるやつ」「そっちのコイか。そやなぁ、帰るとこ」「帰るとこ?」手の砂を払い、音の傍に寄って髪に触れた母。「お家も無くなってお仕事も無くなって」音に髪止めを付けてやる母。「どっこも行くとこ無くなった人の帰るとこ」「うん?」「わからへんか? 大丈夫」音の髪を指で軽くすくようにした母。「いつかわかる。お母さん音にもわかってほしわぁ」顔を見合わせて微笑み合う二人。と音は母の背後に目をやった。「お母さん、犬のうんこ発見っ」「あーっ!!」二人で大騒ぎして笑い合っていた。
(27歳になった。母が死んだ年になった)現在の音は朝、目覚めていた。音の部屋の家具はすっかり揃い、洗濯機もあった。慣れた様子で朝の支度を済ませる音。同じ朝、音が静恵の家を訪ね、成犬になったサスケを可愛がっていると5年経っても元気そうな静恵がネックレスをくれた。「私にはもったいないっ」慌てる音だったが「もったいなくない、女性になってちょうだい」静恵がそう言い聞かせてくると、笑顔で頷いた。
出勤すると音は変わらず懸命に働いたが、新人の男子スタッフはやる気も無い様子。新人女子スタッフは何やらぶっきらぼうで入所者を怯えさせ、音を面食らわせていた。「かんぱーいっ!」仕事の後で音は元同僚の丸山と西野と飲みに出掛けていた。小さな丸テーブルで立食する形態の小洒落た店。「タンシチュー美味しそうっ!」メニューを見て音が言うと「違う違う違う、こっち!」
     2に続く

いつかこの恋を~ 2

2016-02-24 21:27:08 | 日記
丸山はメニューをひっくり返し、安価なサービスメニューを勧めた。全員5年経っても収入は特に増えていなかった。西野は昇給回避で次の契約更新で切られ、また別所に派遣し直されるという。「杉原っ! 生き残れよっ!!」帰り際、酔って西野に支えられつつ、力強く叫んできた丸山に音は笑顔で手を振り返していた。
 その足で音は静恵の家に寄ったが、玄関に見慣れぬブランドのヒールがきちんと揃えて一組あった。居間にゆくと木穂子が静恵と差し向かってワインを飲んでいた。「木穂子さん?!」驚く音。「久し振り」笑顔の木穂子。二人は全てを小夏が御破算にした芋煮の夜から5年会ってなかった。静恵は席を外し、音と木穂子は二人で話し始めた。木穂子は代理店からデザイン事務所に転職し、変わらず羽振りは良さそうで無理に着飾るでもなく、過剰に地味に振る舞うでもなく、のびのびした様子だった。
「ご飯とか行きたいね?」誘う木穂子。「行こうっ」応える音。「焼き鳥とか食べられる?」「好き」「ここね、塩レモンで」スマホでグルメサイトの焼き鳥屋の画面を見せる木穂子。「うわーっ、美味しそうっ」盛り上がる二人。「杉原さんは独身?」不意に聞く木穂子。「です」「うん、一緒一緒。彼氏は?」さらに攻める木穂子。「いますっ」ワインをあおる木穂子。「へぇ、いいな」「木穂子さんは?」「いるんだけど」「いるんじゃないですかっ」「どっちも忙しくて」妙な間ができる二人。
「どんな人なんですか?」「うん、デザイン関係の」意外そうな音。「杉原さんの彼氏は?」「覚えてるかな、ここで1回、私も一緒にいた」「ああっ! あの、シュっとした?」驚く木穂子。「練と付き合ってるかと思ってた」「私も、木穂子さん、そうだと思ってました」「えっ、じゃあ最近練とは?」「あれっきりです」
     3に続く

いつかこの恋を~ 3

2016-02-24 21:27:00 | 日記
「そっか、私もあれっきり」二人とも震災時、練と何度かメールで安否を確認し合い、その後は連絡が途絶え、音が確認しにゆくと練の部屋もその後引き払われていた。木穂子が貸していた金も全て振り込まれていた。「携帯の番号ってまだ持ってる?」まだまだ押す木穂子。音は風呂掃除で水没させてデータを失っていた。「変わってないのかな?」木穂子はキープしていた。「掛けてみようかな? うーん、掛けてみようっ」通話ボタンを触って練の番号に掛ける木穂子。だが、出たのは別人だった。「間違えました。失礼しました」通話を切る木穂子。笑ってしまう二人。
「出なくてよかったぁ。今さら困っちゃうよね?」冗談っぽく話していたが「私、あの時、あなたに負けたって思ったんだ。あなたが今、練と一緒にいないんだったら、私、何で身を引いたんだろう?」本音が出る木穂子。すぐに我に返った。「別に今さら何がっていうワケじゃないんだけどね? でもたまーに、練の名前で検索しちゃったりするの」ワインをあおる木穂子を見ていた音は、目を逸らした。帰宅した音はふと思って『曽田練』で検索しそうになったが、笑って、やめにした。
後日、本社の派遣事業の社員として音の施設に来た朝陽に神部は伺いを立てるような素振りを見せていた。法改正もあり、介護事業の採算を取るのが難しくなり、他の施設は売却が決まっていた。「ウチはどうなんでしょう?」「どうだろねぇ」「何とかして下さいよぉ」すり寄る神部。「そんな権限無いし、まあダメな時はダメなもんだけどね」随分あっさりしたことを言うようになった朝陽。苦い顔の神部に音がコーヒーを持ってきた。「手、洗った?」素早く聞く神部。「洗いました」うんざり気味の音。神部がコーヒーを持って離れると、音と朝陽は黙って顔を見合わせ、朝陽は持参のペットボトル飲料を飲んでおどけて、音を笑わせていた。
     4に続く

いつかこの恋を~ 4

2016-02-24 21:26:49 | 日記
仕事の後で、朝陽は音をレストランに連れて行った。「手、洗った?」神部の真似をする朝陽。「洗いました」返事を再現する音。二人は笑い合った。音は静恵からもらったネックレスを身につけていた。「ネックレス、珍しいよね?」「静恵さんにもらって」「似合ってる」「やめてよ、緊張するから。だからファミレスにしようって言ったのに」落ち着かないらしい音。「これくらい普通だよ」「普段来ないじゃんっ」「それはだって」もう2年付き合っていたが、音はいつも忙しく、クリスマス等も一緒に過ごせていなかった。「仕事」「音ちゃんが引き受けちゃうからでしょ?」「だって、皆、彼氏と約束があるって」そこまで言って、目の前の『彼氏』が苦笑しているのに気付く音。
と、音のスマホが振動した。「どうぞ」朝陽に促され、鞄からスマホ取って確認すると船川からだった。音が席を外し、船川と話しにゆくと、朝陽は知り合いらしい店員と打ち合わせして、デザートを注文したタイミングで照明を落とす等して、プロポーズをアシストしてもらうことを確認した。指輪の箱を見て緊張している朝陽。「デザート何にしよっか?」音が席に戻るとやや焦って朝陽は段取りを進めようとしたが「船川さん、困ってるみたいで」音に船川が朝陽に相談に乗ってほしいと頼まれたと持ち掛けられ、戸惑わせされたが「わかった」プロポーズは一旦諦め、引き受けることにした。
音の家で朝陽が随分暗くなった船川から話を聞くと、受け身の姿勢に突け込まれ、船川は派遣先で相当な残業を手当て無しで強いられ、精神的に病み、診断書まで医者に出してもらったが、甘えていると毎日反省文を書かされていると訴えた。「なるほど、わかった。上に相談してみるよ」やや困惑しつつ、朝陽は答え、船川を一先ず安心させた。船川が帰り、音と二人になり
     5に続く

いつかこの恋を~ 5

2016-02-24 21:26:40 | 日記
「朝陽君ありがとう」と礼を言われると「音ちゃんの友達だしね。本来なら自己責任だと思うけど」ドライに言う朝陽。「その代わり、俺からもお願いがあるんだけど」朝陽は胸ポケットから招待状を取り出した。
「え? 無理っ!」「まだ見せてないし」「10YEARS ANNIVERSARYって書いてあったっ」「人が集まったり飲んだりするだけで」「パーティでしょ?!」「絶対大丈夫っ」「ドレスも靴も一式プレゼントするから」「もったいないっ」頑なな音。「もったいなくないって、音ちゃんの歳だったら、ドレス着てパーティ行く何て、普通なんだよ? はい、もういいんだよ」招待状を渡す朝陽。「君はお母さんより長く生きるんだから。お母さんの分も、楽しい思いしなくちゃ」朝陽の目を見てから、自分に渡された招待状に目を落とした音は、頷いた。
さらに後日、夜勤明けの音が道を歩いていると練の勤めていた柿谷運送のトラックがとあるマンションの前に停まっていた。音がトラックに近付くと、引っ越し作業を終えたところだった加持は「ああ、すいませんっ。今出しますんで」急いでトラックを出そうとした。「あのう、柿谷運送さんですか?」「はい」何事かと、5年を経て、髪型がさっぱりしていた加持は振り返った。加持の案内で柿谷運送に向かった音は焼き芋を柿谷に半分分けてもらいつつ、練が5年前に福島に戻ったまま柿谷運送を辞めていたことを聞かされ、練の詳しい事情は震災からしばらくの間は福島に帰っていたという佐引に聞くよう促された。
「ボルト知ってる? ウサイン・ボルト」荷台で作業しなが、聞いてくる髪を染めるのをやめた佐引。音はボルトのポーズをして応えた。「そう、俺があいつに走り方教えてやったんだ」「え?」「ジャマイカで。俺、高校生で、あいつ小学生の時」「へぇーっ」取り敢えず音が感心すると、
     6に続く