羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

いつかこの恋を~ 1

2016-02-10 22:29:01 | 日記
静恵の家の庭の花に水をやる練。書き置きと大学芋を一皿残して、静恵はしばらく家を留守にするらしかった。冷たい庭の水道の水で手を洗い、かじかんだ手に息を吐き掛ける練。庭の花を一束詰んだ練は退院する木穂子に贈った。「ありがとう」受け取るすっかり落ち着いた格好に収まった木穂子。新幹線でしばらく田舎に帰るという。「あんな長いメール送られて、正直引いた人。はいっ」木穂子は冗談めかして練の後ろに回り、自分の手で練の手を上げさせた。「この女、嘘ばっかついててって、怒った人。はいっ」また戸惑う練の手を上げさせる木穂子。「重いから、別れたいなって思ってる人」木穂子は流れで上げさせようとしたが、練は腕を上げさせなかった。「木穂ちゃんは、木穂ちゃんです」そう言って、練は自分で手を上げた。「もうあの人には会わないから」「はい」「くっついていい?」木穂子を抱き寄せる練。「もうダメかと思ってたよ。普通の恋人同士になろうね。なれるよね?」「なろう」練は微笑んで応えた。
給料日、音は今でも養父母に仕送りをしていた為、心許なかったが、たこ焼きのテーマソングと旨そうに焼かれる様子に我慢できず、帰りに買っていた。「お口に青海苔付いてんでっ」バスの座席で、たこ焼きの袋を膝に乗せてたこ焼き屋のテーマソングを嬉しそうに口ずさんでいた。と、途中で練がバスに乗ってきた。よそよそしい態度の練。音は話し掛けようと身を乗り出したが、降りようとした客にぶつかりたこ焼きの袋をバスの床に落としてしまった。それを続いて降りる客がバスの外へ蹴り出した。「ちょっと待って、たこ焼き!」音は慌てたがたまたま機嫌が悪かったのか? 運転手はバスの扉は締め、バスは発車した。練は知らん顔を通していた。
雪が谷に着き、二人でバスを降り「今晩は」「今晩は」練は拒絶するように短く挨拶して
     2に続く

いつかこの恋を~ 2

2016-02-10 22:28:52 | 日記
去ろうとした。「引っ越し屋さん、あのう、この間のこと怒ってますよね? ごめんなさい、急に、ああいう」去る練を追って並んで歩く音。練は音に頭を下げ、立ち止まらせると、足早に去って行った。音は見送るしかなかった。一人、坂道まできた練は一度振り返り、ケータイ電話の音に見せた花の画像を出し、少し迷い、削除した。
それから、音は介護施設で忙しく働いていた。作業中、勢い余って朝陽とぶつかる音。「大丈夫?」「すいませんっ」「最近シフト入れ過ぎじゃない?」「え?」「少し、休みな」助言されたが、音は止まれず、仕事に追われていた。練は、引っ越し屋の作業中、佐引が客の荷物の時計コレクションに手を出そうとしているのに気が付いていた。「これって、どこでしたっけ?」咄嗟に佐引に質問し、手を止めさせる練。
仕事の後「はい、養育費」引っ越し屋の事務所で給料の受け渡しが行われ佐引が柿谷に軽くイジられながら給料の入った封筒を渡されていた。「あんた偉いよ」「俺がいないとどうしようもない、バカ息子とバカ嫁なんで」嬉しそうな佐引。練も受け取り、加持も受け取ろうとすると、中身を確認した佐引が血相を変えて引き返してきた。「社長、これって」「しょうがないじゃん」手取りが減った様子の佐引。「いや、これじゃっ」佐引に構わず、加持に給料を渡す柿谷。「練、2万貸してくれ」受け渡し後、練に言ってくる佐引。「今日中に振り込まないと、バカ息子が小学校に入れないんだよぉ」冗談っぽく頼まれたが、練はとてもじゃなかった。「練は無理でしょう? だって佐引さんがスピーカー壊しちゃった時だって、練が金払わされたワケだし」ケータイをイジりながら、軽いノリで言ってくる加持。「あっ?」「冗談ですよ」佐引は頭突きで加持を床に倒し、馬乗りになり「金貸せぇ、金貸せぇっ」
     3に続く

いつかこの恋を~ 3

2016-02-10 22:28:42 | 日記
加持の後頭部を繰り返しはたき始める佐引。「佐引さんっ」止める練。「離せよ。なんだ、その目?」練の自分を見る目に、手を止めた佐引は去って行った。
音は雪が谷の電気屋の前で咳き込みながら安い電気ストーブの前で暖を取っていた。「これ、現品限りだからね」店員は言い「ああ、さぶっ」吹いてきた冬の風に音は身を縮めていた。「サスケ、待て」練はまだ静恵の戻らない、静恵の廊下でサスケと名付けられた件の犬に餌をやっていた。そこへ小夏の使っていた部屋からミシン等を抱えた晴太と小夏が出てきた。舞台の衣装だった物らしい帽子を被って出てきた小夏は一度練を見てから顔を逸らし帽子を取った。「あっ、泥棒」居間の炬燵に入る晴太に近付く練。「友達にあげるんだって」隣の部屋で背を向けて座り、荷物を大雑把に整理する素振りをする派手な格好をしている小夏。以前晴太に勧められ、きっかけになったコートをまだ着ていた。
「あげるって、これ東京さ来る時、おじさんおばさんが持たしてくっちゃやつだべ」「欲しい人にあげた方がいいでしょ?」「安物じゃねぇのに」寄ってきた練に小夏は鞄から名刺を差し出して牽制した。「スカウトされたの、モデル事務所の人に。契約金もらえるし、青山にマンション借りてくれるの、ミシン代くらいすぐ仕送りして返すよっ」荷物を紙袋にしまいながら練の反応を伺う小夏。「おめぇ、金の問題じゃ」「何、嫉妬っ?!」振り返ってムキになる小夏。「あたしだけ先に上手くいってるから」睨むが長く見ていられず目を逸らして袋に荷物を詰め込む作業に戻る小夏。
「上手くいってんのか?」手を止める小夏。目が泳ぐ。「それなら俺も嬉しい」目を見ず振り返る小夏。練が返そうとした名刺を小夏は取ろうとしたが、傍に来ていた晴太がひょいっと名刺を取り上げた。「聞いたこと無い事務所だなぁ」
     4に続く

いつかこの恋を~ 4

2016-02-10 22:28:34 | 日記
軽い調子で名刺をしっかり凝視する晴太。小夏は荷物を持って立ち上がり「行こう!」晴太から名刺を乱暴に取り、練を見ないようにして部屋から出ていった。「晴太」練は小夏のミシンと炬燵の上の菓子を取って去ろうとする晴太を止めた。「ん?」「小夏、大丈夫なのか?」「練君、ここ禿げてきているよ?」晴太ははぐらかして右側頭部の辺りを示した。気にする練。「ほら、ここ」晴太がさらに練の禿げを示そうとすると、練のケータイに着信が入った。「なんかあった?」「なんも無い」練は小夏の話は今回も案外簡単に忘れてしまい、晴太から離れケータイを確認した。木穂から声を聞きたいというメールだった。晴太は練を少し見ていたが、部屋から去っていった。
音は部屋の窓にガムテープを張って、すきま風を防ごうとしていたが、メールで風邪だという同僚の背の高い西野に明日の早番の交替を頼まれていた。朝、練は木穂子に出勤をメールで伝えつつ、バス停に走ったが、1本逃してしまった。と、バス停のベンチで音が眠りこけて、横に倒れそうになって慌てて起きいるのに気付く練。固く会釈だけして、構わないように、時刻表の傍に立つ練。音は居たたまれない様子だった。バスに乗ると、隣に乗っていた母親が連れていた赤子が泣き出し、傍の中年の会社員が悪態を吐き始めた。平謝りの母親。「うるせぇのはお前の方だろ?」さらに近い席の若者が子供が泣くのはしょうがないといったことを言ったが口が悪く、苛ついていた会社員と口論になり、しまいに「死ねっ」と言い出し、会社員も「警察呼べよっ!」等と返し、酷い有り様になった。それを見て見ぬフリをする練を見ている音。
やがて厄介な客達は降り、赤子も泣き止み、母子は音からも離れた席に座っていた。眠りながらも苦し気にしている音。バスは練が降りるバス停に停まったが、音は座席で倒れ、
     5に続く

いつかこの恋を~ 5

2016-02-10 22:28:24 | 日記
構わないように降りようとしていた練は驚いてバスの中に戻った。
音の施設では朝陽が事務所で父と兄が揃って『親子の絆』等としてインタビューに答えている雑誌を手に取っていたが、そこへ本社が人員を減らす意向を示しているという神部とシフトも組めなくなると食い下がる丸山が入ってきた。朝陽が雑誌から顔を上げていると内線が入り、朝陽はロビーに走った。倒れた音が運び込まれていた。連れてきた人物は既に去っていた。朝陽は朦朧として「おはようございます」と言ってくる音を抱えて医務室に運んだ。朝陽はその足で某所の駐車場に急行し、和馬がドアを開けた車に乗ろうとしていた征二郎に頭を下げた。
「なんだ? こんな所まで来て」やや呆れた様子の和馬。「今でさえギリギリ、もう破綻しているんですっ」施設の経営について訴える朝陽。「これ以上人を減らされたら、全員倒れます」「倒れたら、新しい人材を雇え」征二郎の代わりに答える和馬。「人は消耗品じゃありません!」「不満があるなら代案を出せ、理想があるなら自分の会社を作ればいい」諭す和馬。あくまで同じ土俵で言ってくる兄の正しさにため息をつく朝陽は征二郎に向き直った。「僕は敵じゃありません、あの施設をより良くする為に」朝陽に笑顔で近付く征二郎。
「中々いい靴履いてるじゃないか」朝陽は簡素な介護作業用のスリッポンを履いていた。「こんなことが、俺に逆らってまでしたかったことか?」「僕は」「俺の前に出てくるなっ」車に向かう征二郎。「失敗作を見るのは哀しい」征二郎は車に乗った。「勝ってから言え」後部席のドアを閉め、改めてこの期に及んで父を頼ってきた弟を諭し、和馬は運転席に乗り込み車を出して行った。朝陽はその場に取り残された。
「この部屋、寒過ぎ」音を連れ帰った船川は暖房の無い音の部屋に呆れていた。
     6に続く