無心

日記

泉岳寺

2014-04-05 07:59:10 | 日記
四十七士の墓があることで知られる泉岳寺では、春・冬と年二回赤穂義士祭を開催している


赤穂義士が本懐成就後、吉良上野介の首級をこの井戸水で洗い主君の 墓前に供え報告したので「首洗い井戸」と
呼ばれている


元禄15年12月14日、江戸本所の吉良屋敷に押し入って、主君の仇.吉良の首級を上げ、翌年2月4日に切腹となった
赤穂義士の墓である


内蔵助が当時の風俗である元禄羽織を身につけ、連番状を手にして東の空(江戸方向)をじっとにらんでいる姿を
表したものです


討ち入りの前に大阪奉行所が討ち入りの支援について詰問されるが「天野屋利兵衛は男でござる」と言って
口を割らない。恩ある人を裏切らない男気ある大阪の豪商、赤穂義士に資金援助したとも伝えられている


元禄15年(1702)赤穂四十七義士が吉良 上野介の屋敷に討ち入りをし、主君の墓前に報告した史実にちなんだ祭事


門前には、赤穂義士に因んだ装束や土産物が沢山並んでいます
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