後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

トランプ大統領の入国制限令と日本人の人権意識の低さ

2017年02月01日 | 日記・エッセイ・コラム
日本は良い国です。大好きな国です。こんな良い国に生まれた幸運に感謝しています。
しかしいろいろと不満に思う事もあります。その一つに人権意識の低さがあります。もう少し個人の自由や人権を大切にして貰いたいと何時も思っています。この国では人権は羽毛のように軽いのです。軽いといえばお隣りの中国ほどではありませんが。
この人権を無視する悪習を無くしても、別に日本の魅力は変わりません。

最近のマスコミはトランプ大統領が中東やアフリカの特定の7つの国からのアメリカへの入国を禁止する大統領のことで賑わっています。
日本人の多くも彼の差別主義や人権軽視主義に賛成しています。隣のメキシコを悪し様に言う彼の態度は、韓国の悪を言う人に支持される傾向があります。
7つだけの国からのアメリカへの入国禁止は鎖国主義的な日本人の共感を得るでしょう。
トランプ氏の保護貿易主義は、それによって農協を保護してきた日本人の心情に合っています。
ですから日本には隠れトランプファンが沢山住んでいるのです。

問題は沢山ありますが、表題の人権意識だけを取り上げて考えてみましょう。
7ケ国だけからの入国禁止はアメリカの憲法違反だとしてワシントン州が裁判を起こしました。同時に多くの州や大企業がそれを支持する声明を出しています。
アメリカのマスコミはこの問題で連日大騒ぎをしています。
それを受けて日本の新聞も大騒ぎをしています。しかしこの問題が何故重大かという解説はしません。アメリカが騒ぐから日本のマスコミも騒いでいるようです。これを付和雷同と言います。

事の重大さは大統領自身が重大な人権蹂躙をしているからなのです。ある特定の国の全員を入国禁止にすることが個人の人権の蹂躙をしているのです。一人一人の入国審査もしないで全て拒否というのが人権無視なのです。
多くの日本人はこのことが理解出来ないようです。なにせ日本では人権は羽毛のように軽いのですから。

現在の日本は以前よりは人権が尊重されるようになってきました。改善されつつあるのは確かなことです。
しかし現在に至っても日本では人権は相変わらず無視されています。その実例を3つほど書いて置きます。

(1)残業による人権蹂躙。
サラリーマンは誰でも午後5時には会社を出て家族とともに夕食を楽しむ権利を持っているというのがアメリカの人権意識です。
ところがそんな人権は日本では一顧だにされません。残業が多くて自殺した電通の社員の哀れさを報道しますが、それが重大な人権蹂躙だと非難しないのです。ですから日本では残業が何時までも続きます。

(2)会社の転勤命令による人権蹂躙。
私の若い友人が大会社に就職して結婚もしました。そこで彼は会社の通勤の便利な郊外に新居を建てました。幸せな新婚生活が始まります。その途端、その大会社は西日本の工場へ転勤命令を出したのです。私はその時の暗い衝撃を絶対に忘れません。
会社の言い分は入社時にいかなる転勤命令にも従うという話になっているというのです。
そのいかなる転勤命令にも従うという承諾書は日本では当然のことだと受け入れられています。しかしその条件そのものが重大な人権蹂躙になっていることを誰一人指摘しません。

(3)満員電車による人権蹂躙。
アメリカ人の友人が東京で満員電車に乗って来て、私に怒っていました。「今日、電車の中で私は人権を侵されて来ました!」と鼻息荒く訴えるのです。アメリカでは電車やバスの中で他人の体に触っただけで人権を犯したことになるそうです。ですからその時は丁重に謝ります。
ところが東京の満員電車では無言で押しまくられ、散々な思いをしたと訴えるのです。そして彼は憤懣やるかたない様子で「日本には人権が無い!」と言い放ったのです。
それから数年してラッシュ時のパリの地下鉄に乗った経験をしました。
彼等は車両がほぼ満員になるとそれ以上乗ろうとしません。次の電車を待っているのです。ある人は3台くらい乗らずに空いた電車の来るのを待っています。会社を遅刻しても人権を守ったほうが良いと信じているのです。
ほぼ満員とは人間同士の間にすき間がある状態です。しかし乗り降りに際しては、他人に謝り通路を開けてもらっています。

その他、日本における人権蹂躙の実例はもっと沢山ありますが、今日はこの位にしておきます。
今日の挿し絵代わりの写真は3週間ほど前に茅ケ崎海岸で撮った風景写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)