鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

石段着工

2021年11月30日 07時56分56秒 | アングル








当地も氷点下となり、野鳥の水飲み場として置いた石の器に氷が張り、立葵の若葉には霜の縁取りができた。
外部周りの雪害対策冬支度はできたので、外に出ることもないのだけれど、晴れているからには何かをやろうと体がうずく。
動けば寒くないので、勢いで石段着工となった。
石組み階段ではなく、一段一段を一個の石でまかなおうという単純な石段なので石選びが一番大事。
直方体に加工された各種サイズの石も倉を解体した時のものが野積みされて在るのだが、それでは面白みがないので自然な形をさがす。
自然だけれど不自然に平たく細長い石はそうそう在るものではない。
壊れた石垣の辺りや、草が枯れて見えてきた半埋まりの石を物色するが丁度良いのはなくて、ついにブレーカーと石頭ハンマーを持ち出す。
俄石工となり、形を整えたりもして、ようやく5段の設置ができた。
あと3段か4段欲しいところなので、また敷地内をひたすら徘徊して探すことになる。
うろうろ歩き回るだけの姿を周りの人に観察されたら、『また何をやってるんだか変わりモンが』と思われるのは必至だ。
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またしても作ったクリーム・シチューと初めての鰈煮付け

2021年11月29日 08時30分50秒 | 食べ方




先日作ったクリーム・シチューが今までになく上手くできたので、残りのルー半分を使って日を置かず作った。
同じ手順で、乾燥ニンニクを炒めてからタマネギを入れ、さらに炒めるという具合にやったのに、今回はシャバシャバ・シチューになった。
私にすれば一応の豪華朝食メニューとなり、恥ずかしげもなくまたしても紹介してみたい。
左上は言わずと知れた柴漬けで、いつもの同級生からのプレゼントなのだが、口直しに重宝している。
次のモロミは醪と書くのかと入力中に知り、おーと思ったりするわけだけれど、これも違う同級生からのプレゼント。
今まで食べた醪のうちで最高に品よく美味しい品だから、思わず『しのぶ』などと名をつけた程で、その心は諸見里しのぶ。
次はこれまた別の同級生からもらったキムチの素をかけただけの大根シリシリは不細工大根の尻尾だが、これがなかなかにイケる。
瓶の中はずっと続いているカスピ海ヨーグルトで、このような小瓶に5個ほど一度に作り、毎日食べるのだが、しみじみ美味しくてありがたい。
味噌汁は、毎度毎度の天然エノキ茸に三月菜と大根シリシリも入れた。
こういう朝ごはんを食べると、昼飯はバナナ1本に食パン1枚を食べる程度で時間が取られなくていい。
ところが、赤札安売りの鰈を買っていたことに気づき、昼には初めての煮付けにチャレンジ。
少し薄味の、これまた病人食風になったが、初めてにしては上出来。
生姜が干からびていたけれど用を成してくれたようだし、ひっくり返したりしなければ尻尾も取れず崩れなかっただろうにとそれだけが残念。
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大雨のち雷のち初雪で池は満水

2021年11月28日 08時04分08秒 | アングル






雨が降っても新しい家は気密性と遮音性がすぐれていて、わからないことが多いそうだ。
わが家の場合、トタン屋根に打ち付ける雨音で、降り方まで把握できる。
夜の間ずっと降っていたのではないかと思うほどの連続降雨で、そのあと雷が鳴ったから、さぁ雪がふるぞという気配十分だった。
大きな雷が初雪の合図と子どもの頃から認識している。
起きて外を見たら、わずかに白くなっている場所も見えたけれど、真っ白ではないみぞれ状態だから初雪と言えるのかどうか。
初雪は積雪何センチ以上というような気象上の決まりがあるのかも知れないと思った。
朝ドラを観ているときに農事の師がやってきて、雪が白菜に掛かると葉っぱが広がって駄目になるからシートをかぶせろと言う。
降って来たら紐で結ぶつもりだと言っても、自分のとこの苗代用長尺ナイロンシートを使えば良いし自分も手伝うからとせっつく。
一応むにゃむにゃとごまかして帰ってもらい、朝ドラも観終わってから、局地的天気予報をネットで見てみると、やはり降りそう。
スマホの予報では雪マークはなかったし、テレビでもさほどのことを言ってなかったのに、長年の勘というのは流石のものがある。
さっそく朝飯も食べずに、師を訪ねると、もう自分の畑はやり終えて、私の畑にナイロンシートを置いてくれていた。
手伝ってもらい覆いを済ませ、これで師の気も済んだだろうと、こちらが恩を着せている気分。
雪は音なく降るので気づかなかったけれど午後からは初雪らしく積もってきて師の面目躍如、いやいや涼しい顔の当たり前か。
1枚目2枚目は朝と午後の池
3枚目は覆いをした白菜畝。
気象庁の気象現象の表を見たら、初雪は【8月1日から翌年の7月31日までに初めて降る雪。みぞれでもよい。】とあった。
当地今冬の初雪は11月27日で間違いない。
裏の畑にも少しある白菜は、雪の降る中をしぼませるように紐でしばり裏の畑の白菜も無事、表の白菜は保護されたから当然ながら無事、師匠ありがとう。
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不細工大根を食べる

2021年11月27日 08時01分31秒 | 食べ方








途方に暮れるというほどではないけれど、どうしたものかと思案の末に、思い切って捨てるということのできない貧乏性なので、工夫して食べるしかない。
ちょっとした気の迷いで買ったもののほとんど使っていないポッカレモンを、大根おろしに掛けると辛味が和らぐと判った。
石油ストーブを居間にいるあいだは点けているのだから、ストーブで煮たらどうかと思いつき、レシピを検索し、簡単なのをやってみた。
初めてにしては意外にうまくいって、十分に染みているというほどではないけれど、病院食くらいの味にはなった。
前々日に作った残りのクリーム・シチューにはウィンナーソーセージが入っているから動物性タンパク質もOK。
例によって天然エノキ具だくさんの味噌汁と、まだ生っていたピーマンのサラダも添えて完璧な朝食になり、これでどうだと記念撮影。
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雨宿りのカマキリ

2021年11月26日 07時58分58秒 | 


みぞれになりそうな冷たい小雨が降るなか、広がった白菜の外葉に身を寄せ雨宿りするカマキリを見つけた。
スマホを接近させても、この期に及んでは威嚇のポーズもとらず、じっとしたまま触角を動かすだけ。
この尖った顔つきに似た叔父がいて、太ったことのないスマートな体つきをしてひょうひょうとしていた。
織田信長の肖像画を観るとカマキリのようだと思い、この叔父も想いだす。
ゆっくりと動き、いざというときの攻めは一発必中の素早さだっただろうか。
養子にいった人で呑助だったけれど。
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苔に空蝉

2021年11月25日 08時24分24秒 | 


しぐれがちで寒いこの頃は苔が生き生きしている。
庭石の窪みに生えた苔に蝉の抜け殻があった。
周りにあった枯れ草ごみは除いたけれど、抜け殻を置いたりの作為的なことはしていない。
普通なら、からからに乾いた蛻(もぬけ)の殻の様相なのだが、湿りの常態化した中にあるからか、薄衣風だ。
服飾評論家の市田ひろみ氏がいにしえの衣装を紹介する講演会を観たことがあって、十二単の実際の着付けをやっていた。
一枚着せては紐で結び、その上に被せると、下の紐は外して、結局十二単は最後を羽織った後の紐一本で留められているのだった。
そうして最後に紐をゆるめ、十二単からモデルがするりと抜けると、十二単だけが首の抜けたお雛様のように座っていた。
『これがほんとの蛻の殻』というのが締めだった。
田辺聖子の源氏物語を読んだときに、光源氏の掴んだはずの女がするりと着物を残して逃げてしまう空蝉の巻が印象的だった。
今回初めて空蝉を調べてみたら、この世に生きている人間と、まるで反対の意味もあった。
現(うつし)人(おみ)から「うつせみ」にその音に空蝉を当てた結果、できた言葉だとか。
いつだって何に対してか現を抜かして抜け殻腑抜けになるうつけ者がいるということだろう。
源氏の空蝉は文字通りの抜け殻で、読者にとっては『いい気味してやったり』だったり、『もう少しだったのになんでそうなる』という口惜しさだったりする蛻なのだろう。
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セスジツユムシ

2021年11月24日 08時23分33秒 | 


崩れた灯籠の台の上にこいつがいた。
子どもの頃の暑い夏の夜は戸を開け放っていたから、蚊帳に入って寝るのだが、その蚊帳に度々スイッチョンと鳴く虫が止まった。
スイッチョンという名で呼んでいたけれど、今頃になって調べてウマオイだったのかと思う。
キリギリスかウマオイのどちらか位には思っていたが、区別がなかなか覚えられない。
こいつはスマホを接近させても逃げる元気はなくて、遊び呆けた末のキリギリスかなどと想ったりする。
元気なくアリの巣に近づいたりしたら、いらっしゃいとばかりに、寄ってたかられて解体され餌として巣に運び込まれる。
現実的シリアス童話なんかも思い付こうというもの。
そこで検索してみると、背中という背中がなく、尖った稜線1本の背中が特徴的なのはセスジツユムシと判った。
キリギリス科だったりツユムシ科だったりするようだが、一見するとスイッチョンそっくりだ。
触角にスマホが当たっても少し身じろぐだけで、跳んだり飛んだりの気力はない。
まだモズの声は聞こえないし、近くに私がいる限りヒヨドリも来ないだろう。
画像を観て初めて気づいたけれど、目の縁取りが何かに似ている、何だっただろう。
アフリカとか東南アジアとか南太平洋とか、どこかの少数民族のお面の目か。
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青い実を観たら童謡が浮かぶ

2021年11月23日 08時08分08秒 | 養蜂






赤い実を観ても、あまり感じないけれど、青い実を観たら童謡が浮かぶ。
青い実を食べた青い鳥はどこにいるんだ、などと空想にふけるファンタ爺。
子供時分に正月の箱買い蜜柑を、いくら食べても良いといっても食べすぎると黄疸になるとかなんとか言われたことがある。
あの童謡には黄色い鳥のことはあったのかどうか、例によって検索したら書けないので調べない。
ともあれ、この木はふだん踏み込まない場所にあって、ヤブガラシやヘクソカズラに覆われている灌木。
そのうち切り倒してしまおうという木なのだけれど、花が咲いてるのを観たこともないし、名も知らない。
何となくのはずみで、こんな青い実を観てしまうと切るに切れない。
枝を切って生花に使おうなどとは思わないけれど、程よく刈り込み、目に掛けている風情にして来年は花を確認すべしだ。
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つた(蔦)ともみじ(紅葉)の色づき

2021年11月22日 08時07分08秒 | 身の周りの植物




今、うちの敷地内で色鮮やかな紅葉(こうよう)が観られるのは、この二つ。
つたというのは、樹を伝って成長するから、伝うで「つた」になったのだろうか。
それとも、つたという名詞が先にあって、その様子から伝うという言葉ができたのか。

もみじは紅葉と書くけれど、枯れ落ちる前に広葉樹の葉っぱが赤くなったら、どれだって紅葉だ。
草だって、枯れる前に美しく赤くなったら、草紅葉(くさもみじ)だ。
『もみじ』と読むべきか『こうよう』と読むべきか微妙に分かりにくいものがあるような気がする。
いま、うちの蔦と紅葉が紅葉している。
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たくあん大根を素人が作ると

2021年11月21日 09時20分40秒 | 農事




たくあん大根というものがあることを知って、今年はその種を蒔いてみた。
耕運機を最大限深く耕すよう下げたけれど、雪解け水が引いていなくて土がこなれなかった。
ゲートボール用に固められていた上に道路拡幅工事で余った土をかぶせた畑なので一定程度の深さからは硬いままだ。
畝を高くしたので、いくら細長く育つたくあん大根でも硬い地層までは届かないだろうと考えた。
周りの人達が大根を抜くようになってきたので、それならばと、多少細い気はするけれど全数25本を抜いてみた。
大根は普通ならすっと抜けるものだけれど抜けないのが殆どで、下膨れが多かったり複数股に分かれていたりでかなりの力仕事だった。
25本のうちの5本が最初の写真で、こんなによじれてこぶができたのは、どうしたものだろう。
大根おろしにしたら、少し辛くて硬めのような気がするけれど食えないことはない。
たくあん漬けは20本でも多すぎるくらいなので、とにかく毎日毎食大根おろしをしてジアスターゼを摂取すべしだ。


訂正;タカジアスターゼではなくジアスターゼでした。昨日につづき余分がありました。
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ムラサキシメジのガーリック ソテーにアスパラ菜を添えて

2021年11月20日 12時49分49秒 | 食べ方








家の裏に毎年生える茸のうち、食べるに手頃の大きさで、多くはないけれど複数本でて、いかにも食べられますという感じのやつを採った。
ネットで何回かに分けて調べ、判別アプリを使う遠方の同級生にも画像を送って確かめてもらい、紫色のものはムラサキシメジに違いないと確信した。
よく似た白いのは、どうも怪しいので今年は食わないことにした。
レシピを調べて一番簡単なのはガーリック ソテーで、オリーブオイルもあるので、やってみた。
昨日、近くの同級生が持ってきてくれたアスパラ菜というのを茹でて添える。
シイタケもそろそろ食べなくてはならないのが採ってあり、それをムラサキシメジを取り出した後のフライパンに投入し、バターと醤油でいつものパターン。
昨夜は雲がでて月蝕は観られなかったばかりか真夜中には雨も降ったので、そうなるといつものようにエノキタケが出ていて、味噌汁にする。
茸尽くしに卵かけご飯の豪華朝食になった。
シイタケは3つも食べられなかったが、一番最初に食べたムラサキシメジは確かに美味しくて4時間近く経ったいま異常はない。
間違いなくムラサキシメジだったようで、もうこれからはこの時期に採る茸として、私の中に定着した。


訂正;アスパラガス菜ではなくて、アスパラ菜でした。
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籾殻(もみがら》をもらいに隣の集落へ

2021年11月19日 08時24分24秒 | アングル








昨年は籾殻軽トラック2杯分を農業法人から無料でもらい受けた。
そのときに、毎年同じように持ってきてくれるよう頼んだのに、いつまで経っても持ってきてくれない。
山に捨てにいくところを、近くでもらってくれるのは助かるなどと言っていたのに、どうしたことだろう。
聞いてみたら、私が1ヶ月ほど前に催促したのも連絡が途中で伝わらず、結局総ての籾殻は処分済みで無くなってしまったとか。
タダのものだから強く抗議もできずに、困るなぁと言ったら、その時そこにいた内の一人が隣の集落の人で、自分の籾殻が近くの山に捨ててあるのをいくらでもどうぞと言ってくれた。
今回はワンボックスカーで帰省していたので、土木工事で使う大袋を同級生から借りて、もらい受けに行く。
土を入れたら1トン入るということだと思われる1トン袋に、いくら籾殻でも半分も詰めたら重くて持てない。
持てるだけの加減で2回取りに行き、また本日2、3回行く予定だ。
鎮守様は各集落にあるのだが、こちらのもしっかりきっちり冬支度がしてあった。
銀杏がたくさん落ちていて、砲弾型の渋柿《ズッポガキと言っている》が成り年らしくて鈴なり。
銀杏を拾う人はいるのだろうか、焼酎漬け《サワシガキと言っている》の渋抜きをする人がいないのだろうか、などと要らぬ心配をする。
水平の線は信濃川で、1段あがって水平になっているのは妻有地方十日町盆地で顕著に見られる河岸段丘。
この景色がわがふるさとの姿で、隣の集落の方が鄙びた捨てがたい昔をとどめているようだ。
いやそうでもないか、昔は細い道がくねくねしていて、田畑の総てがこじんまりとしていて、不規則なジグソーパズルのようだった。
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クビボソゴミムシ

2021年11月18日 09時52分52秒 | 




これも家に入り込んで、居間のカーペットの上を歩いていたのだが、ひと目でゴミムシの仲間だと分かった。
他の虫を捕食するやつらしいので、手でつかめば噛みついてくるのではないかと思われるが、小さな牙では痒くもないだろう。
漢字で書くなら首細塵虫かと思うけれど、検索しても漢字表記を見つけられなかった。
芥虫と書いてゴミムシというのはあったが、それならアクタムシと読ませたら良いのに。
いろんなゴミをあさる小さな虫を狙って、いつもゴミの周辺にいるということになってゴミムシは残念な名だ。
こいつが見られる時は、いつだって早足でせかせかと、いかにも目的がはっきりしている様子で直線的に歩く。
飛べば良いものをと思うくらいだ。
蹴飛ばしてひっくりかえしたりすると、じたばたとしてから何とか起き上がるのだが、すぐには動き出さない。
『この身になにごとが起きたのだ?』という風情でしばし動きを止めるから撮るのも楽にできる。
ブレているけれど、かなり前に撮った緑鮮やかなゴミムシの仲間が2枚目。
検索しても名が判らなかった謎の真打ち。
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キアシナガバチ(黄脚長蜂)

2021年11月17日 07時46分46秒 | 


小さな生き物はたいてい何でも好きだが、蜂は怖い存在だから尚のこと惹かれる。
この脚長蜂の中で最大種であるキアシナガバチは、おそらく私が初めて刺された蜂なので印象深い。
今いる生家の裏に流れている小川の縁にあったグミの木に営巣していたものを、木の棒で落とそうとしていて攻撃された。
こいつの毒はスズメバチ級らしいけれど、半世紀以上前なので額を刺されても医者に掛かることもせず、ただ痛みをこらえていただけ。
アナフィラキシー・ショックがよく言われるけれど、その後の私は数年前にオオスズメバチに1回と、ニホンミツバチにはほぼ毎年刺され続けている。
ニホンミツバチに関しては、だんだん毒に慣れてきたのか、初めは1週間近く痛んだのに最近は1日で治る。
このキアシナガバチは、居間に入り込んでいたもので、おそらく来春1匹で巣を造り子育てもしていく新女王の越冬蜂。
越冬場所と決め込んで、この時期カメムシなんかと同じく家に入ってくることが多い。
巣の近くにいるわけではないので、つかんだりしない限り刺されることはないと承知してるから気軽に接写した。
ちょうどバックに青緑の座布団があり、良い具合に撮れたと自画自賛の1枚になった。
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石の下に季節を飛び越えた春の兆し

2021年11月16日 07時30分50秒 | 身の周りの植物


先日一人でやれる程度の大きな庭石をどけた跡に土筆(つくし)があるのを見つけた。
11月の半ばなのに、いくら温暖化が言われているにしてもこれは早すぎ。
石に潰された凹みでも地下茎は延びていくようだけれど、土筆は芽を出しにくいだろう。
地下王国といった格好で蟻の迷路の一部が石の下に広がっていることはある。
そのような何かしらの変化があって隙間ができ、地下茎から土筆が出てしまったは良いけれど、成長できないままとどまっていたということだろうか。
もしかしたら、私がどの石を運ぼうかと物色して揺らしたりずらしたりした結果、長い雌伏を解かれて芽を出したのか。
まだ晩秋だけれど、これから冬となり雪が降り積もり、フリーズの数ヶ月を過ぎてから、雪解けしてようやく春の陽の目を見ることになる。
土筆の葉っぱの役目は杉菜(すぎな)だけれど、こいつは蔓延るとどうにもならないほど根深い。
春には土筆を必ず卵とじにして食べると言う人がいるけれど、他に春の山菜がいくらでも生えるこちらでは食べることなどほぼ無い。
子どものころに、摘んできた大量の土筆を姉たちと一緒に袴取りした記憶はある。
遊びの延長で競争するよう子供らに袴を取らせることができたら調理してみるか、という母親の作戦だったのだろうと思われる。
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