鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

大地の芸術祭2015 その13

2015年08月31日 04時02分50秒 | アングル


『遺影写真撮影します』という作品があった。
違う場所の違う作品では、棺のなかに横たわってみる経験をするイベントもあるようだ。
モデルのおじいさんの表情が、穏やかな笑みを含んでとてもいい。
本人の望む遺影、家族が望む遺影、一般的に良い遺影、奇抜な遺影、斬新な遺影等々いろんな遺影があるのかも知れない、なんて思わせる。
写真家が本人と創り出す遺影という、ある種のコラボレーションなのか。
カメラに向かって『おーいぇい!』などとピース・サインをだす人もいるだろうか?
来し方も行く末も茶化したいヒトだっているだろう・・私はたぶんそういうタイプ。
芸術を通して自分の死後を考えることも、アリ・・か。
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大地の芸術祭2015 その12

2015年08月30日 00時32分35秒 | アングル






村の鎮守様の神社を会場にした芸術作品。
一人の作家が村の衆の協力を得て創作したらしい。
作品制作もほとんど(メインのクジャク以外?)村の衆が個々に創ったというようなことが書いてあったような・・。
頑固で難しい人が居たとして、神社をそんなことに使うもんではないと主張していたら、この芸術はできなかっただろうと思われる。
神事として奉納相撲があったりするのだから、奉納芸術があってもいいということなのだろう。
これを書いているときに、偶然にも『日本の祭り』という番組で大分県中津の古要舞いという傀儡の神相撲をやっていたので手が止まった。
千年の歴史を誇る三年に一度の神事だそうで、奇しくも大地の芸術祭もトリエンナーレという3年に1回の芸術祭。
十二神社の額の横で翼を広げている白いメンフクロウはハリーポッターからの影響だろうか。
一人の作家がきっかけを作ったにしても、やがては村の衆が主になって受け継いでいく神事になり、そうしてクジャクやフクロウの被り物をして踊り出すのかも。
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大地の芸術祭2015 その11

2015年08月29日 03時04分13秒 | アングル






山の中の大きい池の畔にある、マザー・ツリー何々という作品だった。
小雨模様のウイーク・デイだったから、誰もいなかった。
誰も居ないんじゃ、階段を登らないではいられない。
マザー・ツリーであるはずだけれど、ただ植わっているだけで何という木か分からない、という無駄足を踏ませるのも芸術作用か。
階段の裏に普通の鉄製ドアがあり、鍵が掛かっていなかったので覗いてみたら、単なる倉庫になっていた。
地下に降りる階段が有って欲しかった。
混沌の渦から抜け出そうとしているような、或いは一瞬で固体に封じ込められたような『爪』のレリーフがあった。
一匹または一人の両手爪だとすると、向きが奇妙だ。
半開きの両手のひらを天にささげかざしている形だろうか。
そう思えば、祭壇との関連付けもできそうで、イマジネーションが湧いてくる。
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大地の芸術祭2015 その10

2015年08月28日 05時11分34秒 | アングル


もしかしたらビックリ・ハウスかと思われる小さな倉庫風建物に入った。
タイム・トンネルを視覚化するときに使われそうなデザインの壁と鏡で構成されている。
ある時間になったら、螺旋が動き出したり、床も揺れるようなアトラクション仕掛けになっているのかも知れない。
パンフレットや説明パネルを熱心に読んで、作品にも作者にも真剣に向き合おうという芸術愛好家ならいざ知らず、通りすがりの旅人にとっては掴み所のない作品。
そこで、ただここに立ち寄った証拠写真を、撮ってみる。
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大地の芸術祭2015 その9

2015年08月27日 00時00分00秒 | アングル




トンネルに似せた会場に、車高50cmくらいのとっても中途半端なミニカーが置いてあった。
すべてがほぼ4分の1サイズだろうか、忠実に再現してあって、トンネルを抜けたら又すぐにトンネルのある景色は写真パネル。
ウフフと笑えるけれど、多くのことを暗示しているのかもしれない。
暗さを演出して不安を煽り、錯覚を起こさせる手法は一部の政治屋がやっている。
『だまされたでしょう?』『人をだますことなんて簡単!』と言ってるような作品。
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大地の芸術祭2015 その8

2015年08月26日 05時54分01秒 | アングル


ウサギ頭の二宮金次郎と、トリ頭の天使が二体ずつ在るが、ロバは一体だった。
ファンタジー要素はなくロバそのものだったので、前の方から撮る気にはならなかった。
おとなしくて従順で力持ちの鈍重さが哀しい生き物。
どういうわけか無駄に大きい耳が、せめてもの自己主張のようで切ない身の上。
わが妻有地方にはいない家畜だったと思われる。
18年の故郷生活で飼われているのを見たことはない。
本や画像・映像の中だけの動物を、初めて見たのは動物園でだったか、幼い頃にやってきたサーカスでだったか。
そういう里山に創られた、地中海風オブジェを構成する一体の等身大ロバが、森の裾にある稲田を眺めて佇む。
そうして何となくその尻を撮る。
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大地の芸術祭2015 その7

2015年08月25日 09時06分15秒 | アングル




この嘴(くちばし)は文鳥(ぶんちょう)とか十姉妹(じゅうしまつ)などのものだ。
粟なんかの穀物をウニャウニャして殻を剥いて食べる嘴だ。
鼻こぶがないから鳩ではない。
背中の翼は翼竜や蝙蝠(こうもり)のもの。
人の腕に相当するものが鳥類や翼竜の翼だということを思うと、背中に付いた翼は天使の翼系のものとなる。
ポケットに手を突っ込んで立つ姿は何を表して、何を言いたいのだろう。
猛禽類の目ではないから可愛らしい。
こんな翼を持ち、つぶらな目で世界を鳥瞰しているということか。
寓意がストレートに入ってこないけれど、何だか気になる。
それで良いといえば良いような、だから成功しているのだともいえそうな違和感。

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大地の芸術祭2015 その6

2015年08月24日 00時00分00秒 | アングル




兎は地道にコツコツの亀に負ける慢心性格の間抜けでなければならない。
行動力も繁殖力も旺盛なものが勤勉に働き突っ走ったあげく、大量生産大量消費の世を作り自然を汚している。
そんなメッセージを込めた社会風刺作品。
書物に集中するあまり、かわいい筈の兎の目が伏し目がちで細い。
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大地の芸術祭2015 その5

2015年08月23日 00時30分36秒 | アングル


川っぷちに赤フンをした木偶(でく)の坊の皆さんが立っていた。
作りたては色白だっただろう。
防腐剤をほどこして、日焼け姿になったのだろうか。
ミロのヴィーナスに腕がないのは女体美を表すのに不要だからと美術の本で読んだ気がする。
こちらの木偶にも芸術性や主張のために腕は不要だったのだろう。
一見したところ、夏休みに川で遊ぶ日焼けした小童(こわっぱ)どものようだ。
軍国時代の水泳教練を思い出す人もいるだろう。
郷愁のようでいて、ブラックユーモアなのかも知れない。

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大地の芸術祭2015 その4

2015年08月22日 00時00分00秒 | アングル


道路脇に並んだ下半身は泥だらけのズボンをはいていた。
田んぼの中にも下半身案山子(かかし)がたくさん立っていた。
穂を食う鳥を寄せ付けないための案山子は、上半身がないと役立たない(あるいは上半身だけあればよい)。
動物には意味のないのが芸術というもの・・ということでもあるか。
実際形状が見えなくても、ここに立っている下半身達には何かしら表情があって、上半身や顔さえもそれぞれに想像できそうだ。
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大地の芸術祭2015 その3

2015年08月21日 01時24分01秒 | アングル






この地に生まれ育ったとはいうものの、18歳で家を出たために知らないことが多い。
『まぶ』なんていうのは初めて知った。
でも、こういう水のトンネルは遊びまわった範囲内にいくつか思い当たる。
まぶを請け負う特殊土木技術集団がいたのだろうか?
1枚目と2枚目は廃校になった山の分校を利用した展示場にあった。

3枚目は信濃川を越えた反対側の場所の作品銘板に記述されていたもの。
蛇行する川にバイパスを作り、川だった沢を農地にした馬蹄形の地が多くある山間地を紹介するというオブジェ(?)。

『まぶ』というのを検索してみると、美しいこととか遊女の情夫とかがすぐに見つかる。
伊豆地方にまぶ湯というのがあり、まぶは坑道のことをいうとの記述もあり、十日町地方のまぶの説明も2ページ目3ページ目くらいに見つかる。
何となくの下心があって、語源調べの検索をしてみたけれど、そういう芽は自然に摘まれた。
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大地の芸術祭2015 その2

2015年08月20日 01時53分53秒 | アングル




もしかしたら草間彌生の作品かと思ったら、やはりそう。
いつから展示されているのか、この作品は開期中ではない5月に線路を挟んで眺めた。
芸術祭全体のパスポートを得たので、今回は松代の郷土資料館や農舞台という作品を観て、この作品も間近に観た。
近づいたときに、見られている感じがした。
鳥を近づけないためにCDをぶら下げるのは、天敵の目と錯覚させるためだというのを何かで読んだ。
どこからか見られているという感じは警戒感緊張感を起こさせる。
草間彌生の水玉模様は、目玉模様ではないのだろうし、これは単なる偶然の宇宙人なのだろう。
こんなところを目に留めてどうする。
制作する方は真剣に面白がって創っているのだろうけれど、観る方はいい加減に面白がって観る。
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大地の芸術祭2015 その1

2015年08月19日 14時02分21秒 | アングル


円や楕円の鏡を床、壁、天井、外壁に貼り付けた家があった。
周りは茅原。
屋根に葺く茅を調達する茅場だったのだろうと同行者が推測。
建物の全体を把握しないで、この画像のように切り取ると、無数の穴があいた壁の向こうを見ている気になる。
完璧な垂直面に歪みなく鏡を一様に貼り付けたら、そのように撮影されるのだろうと思うけれど、この画像では二重部分のような残像のようなズレが微妙にあって面白い。
こちら側の左右だけ逆転して視える世界が、鏡の向こうだ。
境界ではなく、鏡界と書いてみたくなる。
室内の同様な貼り付け鏡が、板バネを使ってるのか、軽く触れると揺れるのもあった。
窓から風が入ったら一斉に揺れるのだろうと、目の前の10枚程を揺らしてみたら、目が回りそうな酔いそうな具合悪くなりそうな感じになった。
鏡って面白い。
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朝食&昼食(20150817)

2015年08月18日 12時45分45秒 | 食べ方




朝食。
冷蔵庫を空にしてコンセントも抜いて生家を後にするので、総ざらえの地味ながらバランス良さげ朝食になった。
本当なら昨夕飯時に2合炊いて、ふりかけもあるので握り飯にしたらどうかなどという考えもかすめたけれど、そこまで調子こく必要もないだろうと事なかれ主義に流れた。
納豆を小皿に移すこともせず、誰かさんのいう通り、大皿1枚ひとまとめ。

昼食。
月曜の朝一番でないといけない用事を済ませ、帰りの高速は料金所を出るときに午前零時を過ぎる必要条件を満たすため、雨のなかを独りで大地の芸術祭巡りをした。
食堂に入り、これからダイエットをしなくてはならないと決めたくせに、カツ丼を注文。
肉よりも野菜魚がどちらかと言えば好みなのだが、肉断ちの1週間を過ごした後の豚肉はうまい。
こんなにも噛みごたえのある美味を食していいのだろうか。
バチが当たるという心配よりも、500Kmを走破するエネルギーが必要なのでがっつり完食。

夕食。
高速のサービスエリアで菓子パン2個と、眠気覚ましホットコーヒーと、レジ横に置いてある餅にまんまと引っかかって1個と、生家で余ったお茶菓子数種を運転しながら食べた。
これで久々の自炊生活は終わり、自宅でくつろぐ今日一日。

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朝食&昼食&夕食(20150816)

2015年08月17日 01時14分22秒 | 食べ方






朝食。
卵が二つ残っていたので、このブログのコメントで教えてもらった茹で方を試してみたら、厳密に時間を計ったわけではないけれど成功。
大成功と言えないのは、私好みの黄身半熟ではなくて、少し硬めにできたから。
白身が半熟ではなくおいしい柔らかさに仕上がって意外だった。
昨夜煮たジャガイモの残りを二個チン。
キュウリの生味噌付け生齧りはこれを最後にするつもり。
トマトはもらった3個のウチの2個目、やはり抜群においしい。
昔ながらの酸っぱいトマトを丸ごと齧るのが好きだという人がいるけれど、郷愁に浸っているだけで本当はおいしくない筈。
完熟してもほんのり酸っぱさが残るのを皮付きでこんな感じにスライスして食べるのが最高だと思う今日この頃。
青汁も飲まなくちゃで1本。

昼食。
近所の酒好き同級生が、自作スイカ半分と皮を剥いたトウモロコシ5本を持ってきてくれた。
こちらの実家に用のあった幼なじみ同級生未亡人がボディガード付きで、訪ねて来てくれたので4人でしばし歓談したあと、未亡人にスイカ半分の半分とトウモロコシ2本を渡し、彼らが去ったあとでトウモロコシを茹でる。
ちょっと食べ頃を過ぎたかもしらんなどと言っていたが、どうしてどうしてすごくおいしかったが3本は食べきれないので、1本夕飯に残す。
この辺の人は自信作を謙遜しがちに分けてくれるが、おいしくなかったためしがない。
冷奴にかける削リ鰹節を探したが切らしたみたいなので、醤油を垂らすだけの素冷奴。
キュウリとナスがしなび始めていたけれど、1本と二個でやたら漬け。
塩加減は分かってきたし、時間のかけ方も分かってきたが、やはり青ジソとかミョウガの香味野菜が味を引き立てる訳で、残念な生野菜摂取というだけ。
醤油を垂らすのさえ忘れてしまった。
実は全体の片付けをしていたら一袋鰹節が見つかった。
豆腐にもやたら漬けにもかけたら、ぐんと値打ちが上がったのに残念。
トウモロコシを茹でているときに、鍋が大きくて空いてる場所があったので、ジャガイモを2個いれた。
どちらかに悪い影響があるかも知れなかったし、塩を入れてるのにどうかとも思われたけれど、できてみたら両方何ともなかった。
茹でる時はみんな一緒にして、茹で上がってから、それぞれ別の調理をするのもあるのかな?
一緒にする悪影響や相乗効果や相性もありそうだ。
ジャガイモは1個で腹一杯になり、残り1個は夕飯にスライド。

夕食。
3時のおやつにスイカを半分の半分の半分は8分の1食べたが、本当に自分で作ったのかな? 始めから冷えていたから、買ったものではないかと疑うくらいにうまかった。
残りも食べなくてはならないので、8分の1を夕食に。
トマトも最後の一つ。
これは一番始めに食べるべきだった。
トウモロコシの後に食べたら、酸っぱさが目立って、最後の一切れでようやくおいしくなった。
昼に残したトウモロコシを冷蔵庫に入れておいたら、皺くちゃになってしまった。
ラップを巻かなければいけなかったのかな。
でもおいしさにあまり変わりはなかった、というより水分が少し減って甘さが増したような気がする。
お下がりの桃は自分で買ったものだが、桃として普通。
長野の親戚からもらう桃はこれより大きくて断然うまい。
ということは相当高価なのか!?
ジャガイモは腹一杯で食えずに、昼からのスライドをさらに明朝にスライド。
画像だと毎食ジャガイモみたいだけれど、本日は計3個。
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