写楽爺の独り言

写真好き爺の撮った写真の
紹介をメインにしています

天橋立旅行-6

2007年06月11日 | 旅行など
〔2日目 廻旋橋(カイセンキョウ)〕
廻旋橋は『天橋立』への入り口にある「小天橋」と言う橋で、
船が通過するために、橋が90度回転する事から『廻旋橋』と呼ばれる。

  通常は普通の橋である、この橋とこの先にある「大天橋」を渡って松並木へ行ける。


  船が近づくと係員が出て来てクサリを張って通行止めにする。


  橋はおもむろに回転を始める。


  回転する橋の上には安全確認のためか係員が1人いる。


  橋が完全に川と平行になると、船が通過する。


  回転する橋の中央部に橋げたが一つあり、ここを中心にして回転する。
  大正12年に完成し当初は手動で回転させていたいたが、現在は電動となっている。


天橋立旅行-5

2007年06月10日 | 旅行など
〔2日目 元伊勢 籠神社 (モトイセ コノジンジャ)〕

『籠神社』は傘松公園の下側にある丹後一ノ宮である。
  古伝承で、別名を彦火火出見命とも云われた御祭神彦火明命が、
  竹で編んだ籠船に乗って、海の彼方の海神の宮(これを龍宮とか、常世とも呼ぶ)に行かれたとの故事で、
  社名を籠宮と云うと伝えられている。
  因みに籠は、日本の古代音では「コ」と発音されていた。(籠宮名称起源より)


「豊受大神」「天照大神」を祀っていたが、
両大神が伊勢に移ったため、伊勢神宮の元宮である事から『元伊勢』と呼ばれる。



社殿前には一対の狛犬がある。
精魂こめて作られた狛犬は魔物と間違えられ剣豪岩見重太郎に斬られたと言う伝説がある。
このため「魔除の狛犬」と云われ、石造狛犬として日本一の名作と言われる。

              

天橋立旅行-4

2007年06月09日 | 旅行など
〔2日目  伊根の舟屋 〕
「舟屋」とは、わかり易く言えば家屋の下がガレージになっている家であるが、
ただ道路でなく海なのでガレージにしまわれるのは船である。
若狭湾の中でさらに伊根湾という入り江になっているため、水位の変動が少なくまた海も穏やかだから可能だと思う。
この様に舟屋が200件以上並ぶ風景は珍しく、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されているそうだ。

 高台に「舟屋の里公園」があり伊根湾を一望できる。



舟屋の状況は遠くからでは良く分からない、近くによっても海側は見えない。
そこで「舟屋めぐり」の遊覧船に乗ることにした。
下左の写真が遊覧船乗り場、小さな売店がありそこで乗船券を売っていた。
観光地の遊覧船に比べれば何にも無い殺風景な乗り場だ。


 遊覧船に乗って伊根湾を進むと舟屋の集落が見えてくる。


 1階は海につながり小さな漁船がしまわれている、2階部分は住居だったり作業場だったりの様だ。


 最近は船が大型化し中に入らず係留されているものも多くなったと言う。

天橋立旅行-3

2007年06月08日 | 旅行など
〔2日目 傘松公園〕
『傘松公園』は成相山の中腹にあり、
       ケーブルカー か リフトで登る。

ここから望む天橋立は「斜め一文字」と言われ、股覗きをすると空と海が逆となり「天に架かる橋」のように見えると言う、
また「神が架けた橋」との伝説もあるそうだ。




  ここは宿泊先のホテルの対岸にあたり、遠くにホテルの建物が望めた。


  現地での股覗きではそうかなと言う景色に見えるが、写真で撮ってしまうと良く分からない。
  股覗きは頭が下がることから視覚や三半規管の影響があるから有効なのだろう。
  正像の写真を股覗きすればいいのかも知れませんね・・・?


天候も曇天で思うような写真が撮れず最終日に傘松公園とは反対側の「天橋立ビューランド」という遊園地へ行こうと思った、天候しだいであるが。
3日目は快晴で行く事ができたがトラブルが・・・・・。

天橋立旅行-2

2007年06月06日 | 旅行など
〔2日目 成相寺(ナリアイジ)〕
2日目は予約したタクシーにホテルに迎えに来てもらい、観光スケジュールを相談後10時過ぎに出発。

『成相寺』は傘松公園の後ろ側にある成相山の山麓にある。
傘松公園から登山バスがあるが下車後も階段等の登りがあるため、本堂脇までタクシーで登ってもらった、
本堂近くの道はジェットコースターの様なキツイ傾斜である。
下の方にある天橋立股覗きで有名な「傘松公園」は団体客も多いが、ここまで登ってくるのは個人客でも少ないようで数組にしか出会わなかった。

成相寺の由来は・・・
一人の僧が山の草庵に篭って修行中、深雪のため食料が絶え餓死寸前となった。
死を予感した僧は「今日一日生きる食物をお恵み下さい」と本尊に祈った。
すると夢ともうつつとも判らぬ中で堂の外に狼のため傷ついた猪(鹿)が倒れていた。
僧として肉食の禁戒を破ることに思い悩んだが命に変えられず、決心して猪(鹿)の左右の腿をそいで鍋に入れて煮て食べた。
やがて雪も消え里人たちが上って来て堂内を見ると本尊の左右の腿が切り取られ鍋の中に木屑が散っていた。
それを知らされた僧は観音様が身代わりとなって助けてくれた事を悟り、木屑を拾って腿につけると元の通りになった。
此れよりこの寺を成合(相)と名付けた。

===「成相寺参拝ガイド 成相寺由来」より===

  成相寺本堂 開基は西暦704年と言われる古寺で、本尊は聖観世音菩薩。


 本堂脇の風景、深い緑に包まれている。


 「一願一言の地蔵さん」唯一願を一言でお願いすればどんな事でも叶えて下さると伝えられる。
 約600年以上前に創られたと言う。


 本堂前から見た下界の景色、木々の間から若狭湾が望める。
 まさに寺名由来が分かるような深山の寺である。


天橋立旅行-1

2007年06月05日 | 旅行など
ほんの数日の留守がちょうど月替わり時期だったので何かと慌ただしくしていましたが、やっと落ち着ついてきましたのでBlogを再開します、今後ともよろしくお願いいたします・

5月31日から2泊3日で日本三景の一つ『天橋立』へ行ってきました。
「安芸の宮島」「陸奥の松島」はすでに行っているので、これで日本三景はすべて行ったことになります。
「伊根の舟屋」や「宮津市内」等々を含め宮津湾と丹後半島の若狭湾寄りを周った事になり、タクシーをチャーターしての強行軍となりましたが度々行ける所ではないので見たい所は見てきたとの想いでいます。


      下記地図の赤印が見学した主な観光場所、旅程に沿って紹介させていただきます。
         

 [1日目]
朝起き抜けで朝食もとらずに5時過ぎに出発、
レッドアロー号という特急で都内へJR山手線で東京駅へ。
東京からは新幹線で京都へ、新幹線車内で朝食を取りました。
京都からJR山陰本線・北近畿タンゴ鉄道乗り入れ直通特急「はしだて号」で宮津へ向かいました。

福知山は狭いながら地方都市の雰囲気がありましたが、その他の窓景は山ばかりとの印象です。

足を自由に伸ばせる事などを考慮してグリーン車を取っていましたので、車内はガラガラで気分は爽快です。

「宮津」へ昼過ぎに到着。
「天橋立」はもう一つ先の天橋立駅が最寄り駅なのですが今回ホテルが栗田半島という所にあるので宮津を乗降駅としました。
駅前はひっそりとした街で観光地の駅前の風景ではありません、
とりあえず昼食を駅前のうどん屋さんで取ったのですが、他に数件はあったものの食堂や喫茶店などが少なく選択の余地がありません。
天橋立駅前に比べるとまったく普通のローカルな駅前でした。


昼食後、送迎バスでホテルに向かいチェックイン。
ロビーには結婚式用のオープンチャペルがあり、その正面には「天橋立」が遠くに見えます。


部屋の窓からは「天橋立」を真横から見る景色で、知らなければ単なる松並木といった景色です。
左手が文殊堂のある天橋立駅方面、右手が傘松公園方面。
この日は日が差したり雨がパラパラしたりの天候だったので観光はせず、ホテル内でゆっくりすごしました。


ホテルの庭に咲いていた花「マツバウンラン」、今回の旅では唯一の花の写真です。


智光山公園の花々

2007年06月03日 | 写真
旅行から帰って来ました、旅行記は写真の整理がつきしだい報告します。
留守中にいただいたコメントにもまだご返事差し上げていません、
今日は市の一斉清掃日で旅行バッグもそのままの状態です。
ほんの数日の留守なのにしばらく忙しそうで皆さまのBlog訪問もままなりません失礼お許し下さい。

<>
5月22日智光山公園のバラを撮りに行った時、バラ以外の花々も少し撮りました。
今回はそれを紹介して「智光山公園」は終了です。



右写真は「マロニエ」、この写真もマウスオンで拡大部に表示されます。


     小写真にマウスオンで拡大部に表示されます
<「①セイヨウシャクナゲ」><「②ハマナスム」><「③シラン」><「④ツキヌキエンドウ」><「⑤ハコネウツギ1」><「⑥ハコネウツギ2」>
「シラン」