写楽爺の独り言

写真好き爺の撮った写真の
紹介をメインにしています

川越城 本丸御殿

2006年11月29日 | 写真
先日喜多院に行った時に川越市立博物館と川越城本丸御殿を見学し川越の歴史を学んできた。

『川越城』は1457年上杉持朝が大田道灌等に命じ築城された。
その後江戸に徳川家康がきたことにより、川越城は江戸を守る北の重要拠点として幕府の要職を務める大名が藩主となっていた。

『本丸御殿』は1848年時の藩主松平斉典が造営したもので、相当の規模であったと言われるが現在は玄関や広間などが現存するだけである。


     本丸御殿中庭の紅葉

川越の喜多院-3

2006年11月27日 | 写真
☆☆喜多院周辺散策☆☆
喜多院境内では「川越菊祭り」が行われていた。
あまり興味は無いがチョコット覗いて見た。


慈眼大師天海をまつる『慈眼堂』がある
天海僧正は寛永20年寛永寺において亡くなったが正保2年に徳川家光の命によりこの御堂が建てられ、厨子に入った天海僧正の木像が安置されていると言う。


喜多院の隣にあり小さな丘の上に『東照宮』がある。
徳川家康の遺体を日光に改葬の途中「喜多院」に数日間留め大法要をした事から東照宮が造営されたと言う、その後明治維新の神仏分離令により分離された。

      「慈眼堂」も「仙波東照宮」も国指定重要文化財となっている。

川越の喜多院-2

2006年11月24日 | 写真
喜多院の境内には『五百羅漢』がある。
1782年から約50年間に渡って建立されたらしい、高座に座る釈迦如来や地蔵菩薩などを合わせると530体を越えると言う。

右の写真は中央の高座から羅漢様群を見下ろすように座る「釈迦如来」様。


羅漢様は顔かたちや態度も皆違う、立って神妙に手を合わせているものから寝転んでいるものや酒を酌み交わせていると思われるものなど一体一体見ていると飽きない。

<「①ロープウエー」><「②ロープウエーからの景色1」><「③ロープウエーからの景色2」><「④ロープウエーからの景色3」><「⑤山頂からの景色」><「⑥ロープウエーからの景色1」>
「ロープウエーからの景色」


川越の喜多院-1

2006年11月22日 | 写真
昨日埼玉県川越の『喜多院』へ行った。
『喜多院』はその起源は奈良時代にもなるという古刹であるが、
「徳川家光の誕生の間」や「春日の局の部屋」がある事でも有名である。
江戸寛永時代山門を除き全て焼失した時、3代将軍家光が復興を命じ江戸城の別殿をここに移築したためで、江戸城内にあった「徳川家光の誕生の間」や「春日の局の部屋」が川越にあると言う訳である。


目的は紅葉であったが、残念ながらモミジの紅葉には早かった。
桜の木や庭の一部では紅葉が見られたが息を呑むような真紅のモミジには出会えなかった。





ディズニーシー

2006年11月19日 | 日々雑感
先週、孫の誕生日記念に「ディズニーシー」へ連れて行った。

前から「ディズニーシー」へ連れて行って欲しいと言われていたので、誕生日のプレゼントだ。

前日に葛西臨海公園の水族園に行き舞浜のホテルに泊まり、翌朝開園と同時に「ディズニーシー」に入場した。
ホテルに泊まることも楽しみにしているので爺としては大奮発である。

首を長くして待っていたものだから、入場するとスキップをしてドンドン先へ行く、次から次へ今度はあれに乗ると大変だ。
こちらは歩くだけでも疲れるので途中園内の船で移動したり、ゴンドラに乗って風景を楽しんだ。

   下のアラビアの建物の写真中程に白いゴミの様なのはお月様です。


   ゴンドラからの景色(船頭さんがオーソレミオを歌ってた)


  前日には臨海公園の「鳥類園」も散策したが早く水族園に行こう行こうとうるさい。
  下の2枚はかろうじて撮った「鳥類園」と「水族園」の庭の写真


湖東三山-最終回

2006年11月17日 | 写真
☆☆『 百済寺 』☆☆

湖東三山の最後3寺目は『百済寺』である。
『百済寺』は聖徳太子が彫られた「十一面観世音菩薩像」を本尊として1400年前に建立された、
近江の最古刹である。

聖徳太子が湖東に訪れた時、幹が切られて光明を放つ杉の巨木があったそうで、
理由を尋ねると上半分は百済国に運ばれて「龍雲寺」という寺の本尊十一面観世音菩薩像になっていると聞き、太子が根を張ったままの下半分の幹に十一面観世音菩薩像を彫ったことから「植木観音さま」とも呼ばれている。

「百済」は日本ではクダラと呼んでいるが百済国ではハクサイと発音していたとのこと。



<「百済寺①」><><「百済寺③」><「百済寺④」><
「百済時」

湖東三山-4

2006年11月15日 | 写真
☆☆『 金剛輪寺 』☆☆


『金剛輪寺』は湖東三山の一つで天平13年聖武天皇と行基菩薩により開山された古刹。
本堂は国宝に指定されている他、国重文建造物もある。

紅葉の名所であるだけでなく、四季折々の花々が咲くと言う。

本堂前に立つと左側に三重塔があり、紅葉時期には思わず息を呑む景観が見られる。

一つ一つの木々の紅葉はなんでもなくともそこに古い建物があるだけで一枚の絵となから好きだ。


右と下の写真はほぼ同じ位置から縦と横で撮ったものだが、見た感じが違う。




   本堂前の紅葉

湖東三山-3

2006年11月13日 | 写真
☆☆『 西 明 寺 』☆☆

『西明寺』は湖東三山の一つで平安時代に創建された古刹である。

十数のお堂や数百の憎坊あったと言う。
源頼朝が戦勝祈願したとも言われ、また織田信長が比叡山焼き討ちの後、当寺も焼き討ちにあったが、
本堂や三重塔などは焼失を間逃れ現在国宝になっている。

紅葉の名所として知られているが、梅・桜をはじめツツジ・紫陽花・サルスベリ等々の花々も咲くと言う。


                      二天門の紅葉


    西明寺『本殿と三重塔』


    西明寺『本殿』前の紅葉










西明寺『三重塔』

塔内部には『大日如来坐像』が安置されている。










次回は「金剛輪寺」です。

湖東三山-2

2006年11月10日 | 写真
☆☆『多賀神社』と『竹生島』☆☆

『多賀大社』は伊邪那岐伊邪那美の2大神を祭神とし、古事記にも名が出てくると言う古刹である。
莚命長寿や縁結びののご利やくがあるとして「お多賀さん」と呼ばれ親しまれているそうだ。
滋賀県「多賀町」にあり、近江鉄道沿いである。



『竹生島』には『宝厳寺』と言う寺院がある、聖武天皇時代の建立と言われ、
伝教大師・弘法大師などが修業されたと伝えられてる古刹である。
船着場からすぐ土産屋などが並ぶ階段があり登ると「宝厳寺」である。
この日は風が強く空気も澄んでいたので遠く対岸が見え、湖面が光って眩しいくらいであった。


高台からこの鳥居に向かって「かわらけ投げ」ができた。
素焼きの小さな皿に願い事を書いて投げ、投げたからわけが鳥居をくぐれば願い事が叶うとか。


宝厳寺は豊臣秀吉との関係も深いらしく、秀吉のご座船「日本丸」の廃材で作られたと言う廊下がある、
「船廊下」と呼ばれ重要文化財となっている(船底を逆さまにしたような屋根)。


宝厳寺には「三重の塔」があったらしいが江戸時代初期に消失したといわれ、
平成になって古来の工法に基づいて再建された。

    次回は湖東三山の一つ「西明寺」の紅葉を紹介します。

湖東三山-1

2006年11月09日 | 写真
☆☆プロローグ☆☆


『湖東三山』とは滋賀県琵琶湖の東岸にある「百済寺」「金剛輪寺」「西明寺」の古刹を言い、紅葉の名所である。


このシリーズ写真は今年のものではない、
紅葉時期は11月中旬以降となる。
琵琶湖周辺には数多くの史跡や神社仏閣があり、この時は彦根を拠点に湖東三山の他彦根城・多賀大社・竹生島等を巡った。



             右写真は「彦根城」



「竹生島」は琵琶湖の西の中程にあり、
彦根や長浜等から遊覧船で巡る。
下の写真は竹生島の桟橋に着いた遊覧船。

  次回は多賀神社の紅葉と竹生島から見た琵琶湖を紹介します。