伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

訴えられた遊女ネアイラ

2006-11-18 20:54:55 | 人文・社会科学系
 古代ギリシャのアテナイで、弁論家のアポロドロスが、政治的な思惑での裁判への復讐のためにその相手方の内妻を訴えた裁判の弁論を元に、古代ギリシャでの娼婦の生活、裁判の実情について論じた本。
 研究書的な性格のものですが、内容的には娯楽読み物に近い感じがします。第1部は裁判にかこつけて古代ギリシャの売春の話をし続けてますし。第3部になると、私が弁護士で、違う社会の裁判制度に関心を持てるから娯楽として読めるのかも知れませんが。

 アテナイでは、職業法律家はいなくて、弁護士も裁判官もおらず、当事者が時間制限以外は自由に(ウソも言い放題)に弁論して、素人の陪審員が合議もせず結論だけ投票して多数決で結論を出していたそうです。
 この裁判自体は、アテナイでは外国人がアテナイ市民と結婚状態で同居していることが法律違反で、それをアテナイ人なら誰でも(全く関係ない人でも)訴えることができて、勝訴すれば被告の財産は全部没収の上その3分の1を訴えた原告がもらえるというしくみ(208頁)にもとづいて起こされています。原告が陪審員の5分の1の賛成を得られなかったときは1000ドラクマ(職人の2年分程度の稼ぎ)を支払わなければならない(181頁)という抑制があるとはいえ、ずいぶん危ない制度ですね。こういう制度の下では原告となることを職業というか金儲けの手段と考える輩が生まれてきます。登場するネアイラの夫または愛人のステパノスもアポロドロスに2度裁判を起こしているほかに度々その人生で裁判の被告や原告となり、アポロドロスも度々裁判の当事者となっているようです。裁判では相手を「告訴乱発者」と罵りあっています。この裁判は、そういう者達の諍いの手段として、相手方の家族ないし愛人が狙われたもので、かなり気の毒な話。
 アテナイといえば訴訟中毒の社会として有名(161頁)と著者も書いていますが、全財産没収とか死刑とかいうことがかかった裁判が度々起こり、しかもそれが出していい証拠の制限もなく、法律家もいないから法律の内容についてまでウソの言い放題で、それをゆっくり検討することなくその場で全くの素人が投票して決めるって、かなり怖い。この裁判について、アポロドロスの弁論しか記録が残っていないので、結果はわかりませんが、著者はアポロドロスの弁論を分析しても、ウソや誇張が多く、弁舌は爽やかだが実は重要な事実はほとんど論証できておらず主張の根拠は薄弱としています。陪審員がそのアポロドロスの弁論に引きずられて原告を勝訴(ネアイラを敗訴)させたのかはわかりませんが、なんかかわいそうに思いますね。
 古代ギリシャのアテナイの社会と民主制について、だいぶ印象が変わりました。


原題:TRYING NEAIRA : The True Story of a Courtesan’s Scandalous Life in Ancient Greece
デブラ・ハメル 訳:藤川芳朗
草思社 2006年8月30日発行 (原書は2003年)

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