青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

民主主義の真髄

2015年10月05日 | 人生設計

我けを人間は、何やかやと民主主義を主張している。
しかしそれは単なる言葉だけの、口先だけのものになっているに過ぎない。本当に民主主義を理解してそれを実行して行こうとするものではなく、数の論理を使用して強行にしてやることとても、民主主義と言って止まない。それが国の指導者としての行いともなっており、これが人類社会にも地球環境にも自然環境にも混乱を引き起こしている。
人間世界に夥しい争いや戦争、いじめや虐待の横行に殺人事件の絶え間ない勃発。これらを撲滅することもできずして、何の民主主義と言えるだろう。

聖書には、人は禁断の実を食べたと述べられている。
禁断の実とは、知恵の実である。
人はこの知恵の実を食べて知恵を身につけたことによって、それが正しく身につけられたかと言うと、そうではない。
人はこの知恵を、利己的に自分の都合のいいようになるようにと、欲望と物欲を起こすことに使っている。どんなに知恵の使い方によって何とかの発明をしたと言っても、それは欲望と物欲を満足させようとしているものに過ぎない。医科学の発達にしても、死を恐れているからに過ぎない。この医科学の結果治療が出来たとしても、人は必ず死んでいく。どんなに医科学が発展したとしても、人の、と言うよりも生命に必ず訪れるしを止める手段はあり得ない。ただの一時しのぎでしかないことになる。

私たち人間に与えられ授けられた知恵とは、それを利己的に使うべきではない。自分の都合次第に使うべきではない。
生命に与えられ授けられた知恵は、自己を放棄して全てのもののために使うべきものである。自分の生死を投げ出し、命懸けで世のために、人々のために、また自然世界のためにも尽くすべきものが知恵を持ったものの義務と言える。宿命ともいえる。
これを民主主義の真髄としてしなければ、民主主義は壊滅して行く。
こうした精神は、信仰的なものであり、宗教的なものから生みだされる。

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