青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

理想の憲法 (法規)

2009年04月30日 | 政治

主体とする「主義」ともいえる「法規」を、民主主義とし、基本的人権に置く。そして「自由と平等権」を保障する。

ただし、この「自由と平等権」は、野放しに保障される事は無い。
その理由は、「理念」にあるように、「他との共生、共存、共助」を図っていかなければならない上では、悪戯な「自由権、平等権」は、「他との共生、共存、共助」を阻害するからである。
故に「制約」を受ける。

厳密には「制約」ではあるが、それは「自由権と平等権」の放棄でもある。
例えば「男女同権」といって、男女は「家事、育児、調理」などは平等な行為的権利と主張している。
だが「性権」的に、男性には男性でしかできない役割があり、女性には女性にしかできない役割がある。その各々にしかできない役割を、「平等性」を求めて相手に求めるのは、筋違いになる。
ことにそのように、筋違いなことを相手に求めて満足しようとするのは、「自由権と平等権」の放棄ともいえる行為とみなさなければならない。
こんな事を言うと女性から総攻撃をこらうだろうが、女性が男性のように社会に出て思う存分働こうとするのは、「女性権の法規」ともとられかねない行為になる。

「理念」において、「共栄」は好ましくないと述べた。
「栄える」ということ、「繁栄」は、好ましくないということである。
それは一方が栄えると、一方が貧しくなるからでもあるが、それとは別に、私達人間が「生きる」ということは、その「目的」というか「目標」とすることには、「栄える」とか「繁栄する」という「目的、目標」を持って生存しているのではないからである。
こうした同じ「種」の中で、一部のものだけが栄えようとしたり繁栄しようとするのは、人間だけだ。
では、私達人間が「何故生存しているか」というと、ただ単に「生きる」ためであり、「生かされる」ためだけなのである。

そこのところを間違えると、「理想の憲法」は、成り立たない。

ちなみに、「平等」を正しく理解するなら、給与体系は、「同一賃金制度」の導入となる。役職によって、給与は、差別される事がなくなる。

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理想の憲法 (理念)

2009年04月28日 | 政治
憲法が「理念」という概念と、「国定」という概念に分別されたものであってはならない。
これは何故かというと、「国定」とするということは、その国中心になってしまいがちになる。いわば「利己的」になる。「保守的」にもなる。

これゆえに私達は、「他との関わり」の中で、「共生、共存、共助」していかなければならない、という「理念」を持たなければならない。この「共生、共存、共助」していくという「理念」を「国定」としていく時、その「憲法」は「理想の憲法」となる。

ただし、ここに「共栄」を持ってきては、ならない。
「共栄」を持ってくる時、この「理念」とする「共生、共存、共助」は崩れ去る。

これを「主文」とする。
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引導力 (14)

2009年04月27日 | 人生設計

「草なぎさんの家宅捜索 やりすぎ」 赤坂署に手榴弾 ネットに予告(産経新聞) - goo ニュース

一つの行いは、波及する。
それが、こういうニュースをもたらす。
そういうことを、本人に責任があるという自覚がないし、社会も、自覚していない。

こういうことは、今の政治の世界にもある。
今回問題になっている「世襲」について、こんな事を言っている人がいたな。

   「世襲は、我が国の文化です」

そんな事を言ったものだから、顰蹙を買っている。この言葉によって、どれだけ我が国の「品性」が損なわれたかということを、この人は少しも感じてはいないだろう。


そしてまた、一部の人達の楽しみとか金儲けのため、それは「景気拡大、経済発展」という掛け声のうちに海外来航し、「豚インフル」などの病原菌を持ち込み、国民生活を脅かすということにもなる。

こうした人達は、被害者面していて、事件の張本人という自覚を持っていない。

こういうような「引導力」ではなく、正しい「引導力」を持って欲しいと思うものなのだ。

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引導力 (13)

2009年04月26日 | 人生設計
「ベランダで食事」証言、虐待常態化か 大阪・女児死亡(朝日新聞) - goo ニュース

「虐待、虐待」と言うが、こうした「虐待」で済むような時代では、なくなりつつあるようだ。

定額給付金やエコカー、エコポイント、贈与税減免に資本注入などと甘い蜜を吸わせるようなことをされた末に、補正予算案などが成立されていき、大増税という「大虐殺」の幕開けがが始まろうとする。
それに日本国憲法では、クリスチャンではないけれども、「汝の敵を愛せよ」とか、「汝、右の頬を打たれたら、左の頬もうたれよ」というような精神の、平和的な第九条があるが、北朝鮮制裁とか、海賊対処法制定とかいう「敵視政策」を取ろうとし、かっての軍国主義に国民を引きずり込もうという「虐待行為」をしようとしている。

その上に、食糧危機、環境危機、異常気候、地殻変動、人口変動危機などの差別、格差、健康保険、年金に介護保険の値上げらという「虐待」に見舞われる。
その上に、病原菌の攻撃という「虐待」にも襲われる事になった。
こうした「虐待」を迎えるに当たり、私達はよほどの「我慢、堪忍、忍耐」を持って挑まなければならない。
タレントがすっ裸で公園で喚いていて、警察に逮捕されたのを「かわいそう」と抗議するような甘い事では、この難局を乗り切れない。

何せ政治家などは、自分勝手なことをいったりしていても、このように「虐待」みたいな事が上手なのだから・・・・
だがこれには、我々自身にも、にも自分で自分を「虐待する」というようなところもあり、「引導力」を持たない事の、愚かさがある。
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なぞなぞ

2009年04月26日 | 政治
【底流 ニュースの裏側】与謝野財務相が再始動 大盤振る舞いの後は大増税(産経新聞) - goo ニュース

赤字国債発行して、定額給付金やエコカー、省エネ電化製品購入し、贈与税減免処置していい気持ちになり、後は増税して国民にしわ寄せするもの、なーに  ?

答え、   麻生 太郎 首相。
      与謝野馨財務・金融・経済財政担当相
      自民党
      公明党

どうも、こういう答えになるらしい。
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引導力 (12)

2009年04月26日 | 人生設計
米NYで生徒8人、感染の可能性=メキシコに旅行-豚インフル(時事通信) - goo ニュース

”豚インフルエンザウイルス”の発生というものは、突然変異の法則に基づいている。これはもともと「自然的な進化、変異」で行われるものだったが、それが人間の「楽、豊かさ」を求めるという行為による、「科学技術の発達」によって、品種改良とか耐性菌製造とかいうような遺伝子操作が行われることにより、加速化してしまっているらしい。
ことに大気汚染などや土壌、水質変化に対する生成菌らの生物環境に対する生存対処は、目に見えないだけに、核やミサイルよりも脅威になる。
この脅威は、人間達が、「核だの、ミサイルだの、経済金融危機だの、景気だの」と騒いでいるまに、静かに大きく広がろうとしている。

こういう状況にさいし、タレントが全裸で真夜中に騒いでいた事で涙の会見とか、それを警察に逮捕された事に抗議するとか、裏金、ごまかし、偽装、捏造、覚せい剤や大麻汚染などと言う事でいつも頭を下げているけれども、下げても下げても少しも正常化しない。

それは、全て「人任せ」にしていることにある。
「景気回復、経済発展」といったって、赤字国債を人任せにしなければならないのだから、それで簡単にできるものなら、”豚インフル”も恐れる必要は無い。

「人任せ」にせず、各々が独り立ちすべきで、そこに「引導力」の大切さがある。
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引導力 (11)

2009年04月25日 | 人生設計
全裸で警官に抵抗、改める意思見せず…草なぎさん逮捕は不可避(読売新聞) - goo ニュース

何でも「簡単」に、やろうとしているみたいだ。

>「逮捕は行き過ぎではないか」といった抗議の電話が続いた

ということだが、これは例えていえば、病気になって手術しなければならないのに、「手術する事に抗議する」と言うようなもので、本人のためになるものでは無い。ことわざに言う「情けは人のためならず」なのだ。
相撲界や芸能界、そしてまた学生の間でも「覚せい剤や大麻」に汚染され拡大している。こうした「人気取り者」たちが、一々「逮捕は行き過ぎではないか」といって抗議するのは、甘ったれている。

こうしたことは経済危機だの、不況だのと言って、だから金融機関や企業に「資本注入」すればいいかということと、似ている。
もちろん「資本注入」を受けなければ、金融機関や企業は淘汰するだろう。それによって退職者が溢れても、くるだろう。
しかしそれは経営責任者の責任であっての職員の退職解雇である。
経営責任者の社運攻勢を目指すと言ってことが、反目に出た結果になったわけだし、国家的には国際化が裏目に出てきたわけだ。外需頼りがそうだ。
それが金融危機に面して不況になったか、だから「景気拡大、経済成長」するように補正予算などを成立させれば簡単に景気は、回復すると目論んでいる。
しかしただ物事の本質、原因を直視しないで、「定額給付金」とか、そして今度は「エコポイント」なんかを持ち出して、「抗議ばかりしていて」と言うのをはぐらかそうとしているが、景気悪化は下がり続いている。ただ下がり具合は、鈍化しているそうだか、これまでの施策の効果は、現れてこなくて、負債だけが膨らむ結果になっている。

そうした折、連休初日には「豚インフルエンザ発生」のニュースが世界を駆け巡っている。
このブログで何度も警告していたが、国際化とか「グローバル社会」となると、こう言う弊害が出てくる。「豚インフルエンザ」は、素人には発生過程は知る由も無いが、科学の発達による遺伝子操作が一役買っているのかもしれない。

「公園で裸になって騒いだタレント」に抗議しているまに、豚インフルエンザにおびえなくなっている。
どこにも「引導力が無い、ばらばらな状態では、抗議者自身も、甘えの見本になっている。

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引導力 (10)

2009年04月25日 | 人生設計
海賊対処法案、衆院通過=今国会成立へ―海自活動を拡大(時事通信) - goo ニュース

「批評あるところに、平安は無い」というような事を言われたのは、確か「マザー・テレサ女史」だったかな。
批評だけしていると、ろくでもないことになる。
そういう私自身もこのように批評文めいたことをあれこれ記しているが、しかし「こうすべきでもある」というように、一つの道筋を示しているつもりだ。

”海賊対処法案”という事についても、それは何のためかというと、よく似たものに「エコエネルギー、エコポイント」というものがある。
これは「より楽しく、より豊かな暮らし」のために、そういうことをする、という事であって、「あるもので我慢し、忍耐する」というものでは無い。
言ってみれば、それは一部のものの「欲望を満たす」だけのもののために、こういう大事をしている訳だ。

「大事」をして立派な事をしているかというと、かえって環境を汚染している。第一、そういうことをするのに、どれほどのエネルギーを使用しているか、計算されていない。人的にも、物的にも、多額の費用をかけて、それで”海賊対処法案”などの実効が上がるかというと、国内感情までもが混乱している。

「エコエネルギー、エコポイント」は、環境対策であることは、判る。しかし今言ったように、何も「より楽しく、より豊かに」を目指すために「エコ・・・・」というのではなく、「我慢と忍耐」で過ごす事も大切だ。
そして進み行き、深刻化する「地球温暖化」を阻止するために、「国際環境救助隊」ともいえる、組織が必要になる。軍隊なんかよりも・・・

「エゴ」を捨てて、「引導力」を持つ、必要がある。
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引導力 (9)

2009年04月24日 | 人生設計
「SMAP」草なぎさん、今夜おわび会見(読売新聞) - goo ニュース

俳優でもあり、歌手でもあり、タレントでもあるものが、深夜酔っ払って全裸で暴れて逮捕された。
総務大臣が「最低の人間だ」といって怒っている。
ところが、それに対して、総務大臣の言い方は「言い過ぎだ」というファンの抗議が殺到しているという。

どうも実情というものが、どちらも判らないらしい。
これまでにどれだけの実績を積み立ててきても、たった一つの「酔態」を見せれば、全ての実績は「無」になってしまうものだ。
これまでも、昔ながらの「老舗」であり何百年もの歴史を持つものであったものでも、たった一度の食品偽装で廃業に追い込まれている。これは政治家にも通用するが、面の皮が厚いから、「禊が済んだ」でいい顔になっているが、汚点は残ってる。
「実績、実績」といって再建をたくみようとしても、結局廃業に追い込まれている。
甘えるべきでは無い。

第一、ことは「虐待行為」といわなければならない行為である。
「虐待」というと、「親が子供のするとか、老人に行うとか、いじめや誹謗の事だが、ここで言う「虐待」は、自分自身に対して行う虐待」を言う。
「自分を本当に大事にしていない」で、いい我見にしている。その結果として現れるのが「覚せい剤や大麻に汚染」されたとか、「酔っ払い運転や酒による暴行騒ぎ」となる。
「自分を虐待せずに、引導力」も足せるように、自分探しに精を出したがよい。
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引導力 (8)

2009年04月24日 | 人生設計
「切りもち」で特許侵害 越後製菓、「サトウ」提訴(共同通信) - goo ニュース

全ての(特許権)というものは、偏在したものでは無い。そしてこの「全ての特許」は、自然世界が保有する。しかし自然界は、「特許権」を保有していても、保持していず公開している。
「俺のもの、私のもの」と言っているのは、人間だけである。

これは「領土」や「資源」にしてもそうだ。「領有」とか「領海」とかいって線引きしている。他の動植物や空気や海水なんかには、領土も領海もないのに、である。

血縁という事でも、子供に恵まれないからといって「体外受精」はまだしも、「代理出産」までして子供を欲しがる。そしてその子供に、なんだか「特許権」を与えようとするような、そういう有様になっている。

しかし自然世界には、「ある」という事も、「無い」という事も、「無い」。
「無い」という事に、我々はいつか訪れる「死」と向かい合わなければならない。
「死」と向かい泡かいとき、「特許権争い」などが起こる。
そこに「引導力」のあり方がある。
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