愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題382 源氏物語(三帖 空蝉) 空蝉の 身をかえてける 紫式部

2023-12-25 09:21:20 | 漢詩を読む

先の「帚木」の帖で“女”として言及されていた人は、ここで“空蝉”と明かされます。源氏は、小君を使って、空蝉に文を届けるが梨の礫で一向に返事が貰えず、「私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだが、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。」と嘆きます。

 

「あんな無情な恨めしい人はないと私は思って、忘れようとしても自分の心が自分の思うようにならないから苦しんでいるのだよ。もう一度逢えるようないい機会をおまえが作ってくれ」と、小君に訴えるとともに、次の歌を託して届けさせます。

 

ooooooooo  

空蝉の 身をかえてける 木のもとに 

  なほ人がらの なつかしきかな  (三帖 空蝉)

 [註] 〇空蝉:蝉の抜け殻、また作中人物名、亡き衛門督(エモンノカミ)の娘、伊予

  介の後妻。 

 (大意)蝉が抜け殻を残して去ってしまった木の下で 薄衣を残して去った

  あなたの人柄をなおも懐かしんでいます。   

xxxxxxxxxx     

<漢詩> 

   越增恋慕     越增(イヤマス)恋慕  [上平声十三元-上平声十二文韻] 

留下蟬蛻渾不存, 蟬蛻(ヌケガラ)を留下(トドメオキ)て、渾(スベテ)存せず, 

蕭蕭木下寂寥氛。 蕭蕭(ショウショウ)たり木の下(モト) 寂寥(セキリョウ)の氛(キブン)。 

纏綿深切思弥漫, 纏綿(テンメン)たり深切(シンセツ)なる思い弥(イヨイヨ)漫(アフ)れ, 

放下薄衣躲避君。 薄衣を放下(トドメオキ)で 躲避(タヒ)せし君。

 [註] 〇留下:残して置く; 〇蟬蛻:セミの抜け殻; 〇蕭蕭:木の枝が

  風に鳴って寂しげなさま; 〇寂寥:ひっそりとしてもの寂しいこと;

   〇氛:雰囲気、気分; 〇纏綿:からみつく、つきまとう; 〇深切:  

   しみじみとした、情が深い; 〇漫:充満する; 〇躲避:身を隠す。  

<現代語訳> 

  弥増す恋慕

蝉は抜け殻以外に、何も残したものはなく、

留まっていた木は蕭蕭と風に鳴って その辺りは侘しい気に満ちている。

纏わりつく、しみじみとした思いがいよいよ深くなっていく、

薄衣を残して去っていった君への思い。

<簡体字およびピンイン> 

  越增恋慕         Yuè zēng liànmù  

留下蝉蜕浑不存, Liú xià chántuì hún bù cún,  

萧萧木下寂寥氛。 xiāoxiāo mùxià jìliáo fēn.     

缠绵深切思弥漫, Chánmián shēnqiè sī mí màn,   

放下薄衣躲避君。 fàngxià báoyī duǒbì jūn.     

 

紀伊守が任地に赴き、女だけの家族になったある日の夕、小君は自身の車に源氏を同乗させて紀伊守の家に来た。西の対屋では、恋人の空蝉とその継娘(軒端荻、紀伊守の妹)が碁盤を挟んで囲碁を打っていた。

 

源氏は覗いて見ようと、東隅で妻戸と簾の間に立つと、西向きにずっと向こうの座敷まで見えた。中央の室の中柱に寄り添って坐ったのが恋人らしい。紫の濃い綾の単衣襲(ヒトエガサネ)の上に何かの上着をかけて、頭の格好のほっそりした小柄の女である。

 

もう一人は、顔を東向きにしていたからすっかり見えた。白い薄衣の単衣襲に小袿(ウチキ)を引っ掛けて、着物の襟がはだけて胸が出ていて行儀のよくない風である。色白で、目つきと口元に愛嬌があって派手な顔、髪は二つに分けて顔から肩へかかったあたりがきれいで、全体が朗らかな美人と見えた。

 

夜中、皆が寝静まったころ、小君に導かれるままに、源氏は中央の母屋の几帳の垂絹を撥ねて室内へ入ろうとした。源氏がこの室へ近づいて来た時、暗い中にも静かに起きて、薄衣の単衣を一つ着ただけで、そっと寝室を抜け出る人がいた。源氏の衣服の持つ薫物の香に気づいた空蝉であった。

 

室に入ってきた源氏は、一人で寝ているのに安心し、てっきり恋人だと思い、上に被っていた着物をのけて寄って行った。あまりによく眠っていたので不審に思ってはいたが、ここでやっと人違いで、碁の相手の娘である事に気づいた。

 

やっと目が醒めた女はあさましい成り行きにただ驚くばかりであった。源氏は、「人違いでした」とも云えず、安っぽい浮気男の口ぶりで、上手く取り繕い、恋人がさっき脱いでいったらしい一枚の薄衣を手にもって出て行った。

 

源氏は、小君を車の後に乗せて二条の院へ帰った。恨めしい心から、小君に小言を言い、持ってきた薄い着物・小袿を寝床へ入れて寝た。しばらく目を閉じていたが、寝付かれず、起きて硯を取り寄せて上掲の歌を認めた。

 

この歌を小君に託して、空蝉に届けた。空蝉も冷静を装いながら、源氏の真実が感じられて、娘の時代であったなら とかえらぬ運命が悲しくなるばかりで、源氏から来た歌の紙の端に次のような歌を書いた。

 

うつせみの 羽に置く露の 木隠れて 忍び忍びに 濡るる袖かな 

 (大意) 空蝉の羽に着いた露が木に隠れて見えないように、私の袖も人に知  られないよう、ひっそりと涙で濡らしています。 

 

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