僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

ゴンチャロフ大統領ってどこの人?

2022年07月31日 | ズレズレ草

先日の「チコちゃんに叱られる」という番組で、子供たちの「言い間違い」に関する話題が出ていました。先生に「お母さん」と呼んだり、エスカレーターをエレベーターと言ったり、タレントの「あばれる君」を「がんばる君」と言ったりするような事例が出ていました。まぁ、間違いは大人でもありますからね。

そういえばつい先ごろ、モミィがテレビでロシア・ウクライナ問題のニュースを見ながら、
「ロシアの大統領っていうたら、むかしゴンチャロフという人がおったやろ」
と言った。
「ゴンチャロフ? あのなぁ」と僕は思わず笑ってしまった。
「ゴンチャロフはチョコレートとかのお菓子を作ってる会社やん」と言うと、
「えっ、違うの? でも世界史の授業で習ったで」と再びモミィ。
「それはゴルバチョフや。まだソ連時代の人で書記長やったけど、改革をしはってソ連最初の大統領にならはった人や」と講釈を垂れる僕でした。(後から調べるとソビエト連邦の最初で最後の大統領だった)。
ゴルバチョフとゴンチャロフ。
たしかに似ている。モミィも面白い間違いをしますわ。

さて、僕はこの「言い間違い」とか「聞き間違い」の話は昔に糸井重里の「言いまつがい」という本を読んでからすっかり病みつきになり、その手の間違いを見聞きするたびにメモしています。ほんとにおもしろい話が続々と出てきます。今日は「新人社員の言い間違い・聞き間違い」の話をちょっと書いてみます。

4月に会社に就職して社会人になりたての若い人の話には爆笑してします。
主に電話を受けたときの応対や、上司にそれを知らせるパターンとして

「あ、もしもし、係長さんいます?」
「あ、もしもし、〇〇課長さんに変わってくれる?」
「あ、もしもし、こちら〇〇というものですが」
などと電話がかかってきた時の、新人職員の対応ですが、笑ってしまいます。

「あ、係長はいま打ち合わせ中です」と言うべきところを
「いま打ち合い中です」と言い間違った。係長はボクシング中?

「あ、課長はあいにく電話中です」というはずが、
「課長は相変わらず電話中です」と言ってしまった。課長はいつも電話してるの?

「えっと、部長はいま取り込み中ですが」と言うところを、
「いま取り組み中ですが」と言った。部長は相撲取りか?(笑)

ほかにも、
電話の相手に「おはようございます。いつもお世話になっております」と、何度も機械的に繰り返していると、つい「いつもおはようございます」と言ってしまったり。

「夜分まことに恐れ入りません」なんて言ったり、
「少々お世話になっております」な~んて言ったりね。

ある新人女性は「こちらマーケティング部だけど、主任いる?」という電話を受けて、主任にこう告げた。「主任、豆天狗さんからお電話です」
マーケティング部という部署を知らなかったとしても「豆天狗」とはね~
よくもまぁ、そんなうまいこと聞き間違えますよね。

また、
松丸さんという人からの電話には「マシュマロさんからお電話です」とも。
いずれも、言われた上司は一瞬どう思ったのでしょうね(笑)。

ま、これらは雑誌なんかに載っていた話ですから、
真偽のほどはわかりませんけど(笑)。

 

 

 

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次回朝ドラ「舞い上がれ」は五島列島と東大阪が舞台に

2022年07月29日 | 映画の話やTVの話など

沖縄返還50周年を記念して放映されているNHKの朝ドラ「ちむどんどん」ですけど、僕は期待していた割には面白くないと思っています。これまで、毎日見ていたのですが、最近は週末に1週間分を15分でまとめて放送される「ダイジェスト版」しか見ていません。

その前の「カムカムエブリバディ」はよかったし、いまNHK総合で夕方に再放送されている松島菜々子の「ひまわり」も楽しく見ています。でもこの「ちむどんどん」はねぇ。特にヒロインの暢子の兄(ニーニー)は、画面に出て来ただけでイライラします。

なんか登場人物たちの会話には、共鳴したり感動したりするような心情が感じられないんですよね。「うわべ」をなぞっているような感じ。これは、脚本が悪いんだと思うんですけど、とにかくガッカリしています。

それで今から、次の朝ドラを楽しみにしています。
今年の10月から始まる次の朝ドラは、「舞い上がれ」というタイトルです。ドラマの概要を見ると、舞台が長崎県の五島列島と、大阪府の東大阪市だということで、初めてそれを知った時、ビックリしました。

長崎県の五島列島は、僕も30歳の時に九州一周の自転車旅行をした時に行きました。長崎から自転車ごと船に乗って五島列島の中心の福江島へ行き、島内を走った後、見晴らしのいい岸壁の近くにテントを張って野宿をしました。朝は、近くの教会の鐘の音で目が覚めましたっけ。

それはもう40年以上前のことですが、そんな思い出のある五島列島は、偶然にも、モミィのママの生まれ育った島なのです。

元々和歌山県に住んでいた彼女の母が、そこで五島列島から来ていた男性と知り合い結婚し、男性の故郷の五島へ移り住み、結婚生活が始まった。そこで生まれた女の子がモミィのママだったのです。彼女は十代の頃に島の生活を捨て、大阪へ出てきて、その後成人し、うちの長男と知り合って結婚し、生まれたのがモミィでした。

だから、五島列島と言うと、僕にとっての自転車旅行の思い出と、その地で生まれたモミィのママのことを思い、胸がザワザワとします。

そして、さらに興味深いのは
ドラマのもうひとつの舞台は、大阪府の東大阪市なのです。

東大阪市と言えば、僕の母校の近畿大学のあるところです。
僕は当時、近畿大学の敷地内にあった近畿大学付属高校へ3年間、そして近畿大学へ4年間と、計7年間ず~っと通った近畿大学があった東大阪市。自分にとっては第二の故郷のような、なじみの深い場所です。

その、五島列島と東大阪市が、次回の朝ドラの舞台というのですから、これはもうワクワクします。

10月からの放送が、今から待ち遠しいです。

 
  ヒロインは福原遥(はるか)さんです。

 

 

 

 

 

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大阪万博のキャラクターが「ミャクミャク」とは

2022年07月26日 | 日常のいろいろなこと

去年、東京で2度目のオリンピックが開催されましたが、その前、つまり初めて東京五輪が開催されたのは1964年(昭和39年)でした。その時僕は高校1年生でした。そして去年の東京五輪が開催された時、モミィも高校1年でした。

そのあと、大阪万博が開催されたのが6年後の1970年(昭和45年)でした。その時僕は大学4年生だったのですが、今回、大阪で2度目の万博が開催されるのが3年後の2025年ですよね。モミィはその時は20歳。たぶん大学に通っているはずなので、僕とモミィは共に大阪万博が大学生の時に開催された、ということになり、これも共通しています。

さらにその2年後、1972年(昭和47年)に札幌冬季五輪が開催されました。僕はその前年の3月に結婚したのですが、その札幌五輪のテレビ中継を見ながら日本選手を応援していた時、妻は妊娠八か月で大きなお腹を抱えていました。
その札幌が、8年後の2030年に行われる冬季五輪の2度目の開催を目指して、招致活動をしていますよね。来年の5月頃に開催地が決まるようですが、もし札幌に決まったら、その時はモミィは24歳ぐらいになっているので、もしかすると結婚してお腹が大きかったりして(笑)。

東京五輪、大阪万博、そして札幌冬季五輪(もし開催されたらですが)と、何だかあの当時と同じことが繰り返されているのですね。

 ………………………………………………………………………………

さて、3年後にわが大阪で開催される二度目の万博のことですが
前回開催された時は日本で初めての万博だったので大いに盛り上がりました。

その前年に、自転車で北海道往復旅行をした時も、どこへ行っても「大阪から来ました」と言うと、「あぁ、来年、万博が行われるんだね。いいねぇ、私たちも行きたいな」とよく羨ましがられました。

もちろん僕もその万博へ行ったのですが、どこのパビリオンも長蛇の列で、入るのに長時間かかりました。特にあの時は、前の年、アポロ11号が人類で初めて月面着陸し、その月から持ち帰った石がこの大阪万博で展示され、それがさらに万博の人気に拍車をかけたのですよね~


  
「月の石」をひと目を見ようとする人たちの、ものすごい行列。

いやぁ、さすがにここに並ぶのはあきらめました。

そんな活気にあふれた万博だったのですが、今回の場合、地元大阪でも盛り上がりに欠けているように思います。僕もほとんど関心ありませんし。

そんなとき、先週だったか、この万博の公式キャラクターの名前が決定したという報道がありました。


 そのキャラクターがこれ。

 

決定したのは「ミャクミャク」という名前です。
私たち人間の素晴らしさをこれからも「脈々」と受け継いでいってくれるように、という希望が込められている、というのが決定理由だそうです。

ミャクミャクねぇ。
う~む…… 脈々かぁ。

語呂はイマイチだしなぁ。

「脈々」なんていう言葉を聞くと、
僕はすぐに別の言葉が浮かんでくるのです。

ず~っと悩まされている持病の「不整脈」ですわ。

みゃくみゃく みゃくみゃく ふせいみゃく~ 
と、つい、つぶやいてしまいます(なんのこっちゃ)。

 

 

 

 

 

 

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米ドルを日本円に両替した話ですが

2022年07月24日 | 日常のいろいろなこと

先日、
妻が「アメリカのドルを日本円に両替したい」
といきなり言ったので、
「えぇ?」
と、僕は首をひねり「ドルなんて、家にあったの?」
突拍子もない感じだったので、妻に問いただした。
しかし、そういえば
よく考えてみたら、え~っと、あっ、あれか、と思い出した。

もう十何年も前のことなので忘れていたけど、妻と、妻の姉と僕の3人でアメリカ・ニューヨークに旅行しようということになり準備していた。しかし出発日が迫ってきた時、たまたまアルゼンチンに住んでいる妻の姉の息子ヒロユキが久しぶりに日本へ一時帰国するという連絡が突然に入った。日程が重なったので、それでやむなくニューヨーク旅行は中止になりました。

しかし、妻はすでにその時、旅行に備えて一定額の日本円を米ドルに両替していたのです。

ヒロユキについてはこのブログでも書いて来ましたが、1995年に料理の修業のために日本を出国。そのあと、アルゼンチンのブエノスアイレスのレストランでシェフをしています。そして2009年の9月に僕たちが義姉を誘い、3人でヒロユキに会いに、アルゼンチンへ旅行に行きました(当時のブログにも詳しく書いています)。

それをきっかけに、その約半年後の2010年3月、ヒロユキから出国後初めて日本に一時帰国するとの連絡が入った。それがニューヨークに旅行する直前だったので、やむなくキャンセル。そんなことで、わが家に米ドルがそのまま残っていたというわけです。

妻は、それはまたいつか旅行に行って使うこともあるだろう、とそのままにしていた。僕はそのことをすっかり忘れていたけれど、妻は、何年か前からモミィが高校になったら短期で海外留学をしたい、と言っていたので、その際に米ドルが役に立つと思い、両替はしなかったということでした。本来なら、高校2年生の夏休み、つまりちょうど今のこの時期ですが、モミィはアメリカに短期留学する予定でした。

しかし、コロナ禍でそれも出来なくなったので、そこで妻はもう米ドルを持っていても仕方ない、日本円に替えようと決めたようです。

「あぁ、なるほど」と、僕はわけがわかりました。妻がドルを持っていたなんて全然忘れてしまってましたけどね。

「ところで、何ドルあるの?」と聞くと、
「え~っと、何ドルだったかなぁ」と妻。
まだはっきりと確認していないんだね。
「え~っと、1,000ドル? 1,500ドル?」
「ふ~ん。わりに沢山あるね~」

そんなことを言い合いながら、先日、妻がネットで見つけたという梅田にある大阪第三ビル地下1階のチケットショップへ行き、ドルを円に両替した次第です。


   
 ここが先日行った梅田のビルの地下のチケットショップ。
 柱の左側に、チラッと妻の後姿が見えています。
 
ドルは100ドル札から10ドル札まであったのですが、応対に出た若い女性はテキパキとしていて、妻が出したドル紙幣を受取ると、まずそれをパラパラとめくってみて、そのうちの1枚だけ引き出し、
「この1枚は旧札ですのでレートは少し低いです」
と説明をしてくれたあと、
「合計1,140ドルですね。少々お待ちください」
と言い、しばらくすると日本のお札を持ってきて、
「ではお預かりしたのが1,140ドルなので、15万〇千〇百円でございます」
と、自動計算器にお札を入れ、カチャカチャと数秒間音がしてそのとおりの金額が表示されたので、そのお札をもらい、残りの硬貨もくれました。両替には時間がかかるのかなあ、と思っていましたが、あっけないほど短時間で終わりました。

とろこで
最近「円安」が言われていますよね。
「円安というのは円が安い。ということは、ドルを円に替えると、受け取った円が安くなっているってわけ?」と僕。
「さぁ、私にはわからないし」と妻。
頼りない夫婦ですわ。

でも、よく考えてみると、たとえば1ドル100円だったら、1,000ドルを日本円に替えると10万円だ。それが円安で1ドル130円だったら1,000ドル13万円ということになる。だから円安だったらドルを円に替えるとお得、ということ?

よくわからないけど、妻が家にあった米ドルを円に替えようと思ったのは、あくまでもモミィの海外留学が実現不可能になったことがきっかけなので、円安がどうのとかいう理由ではありません。

だいたい、二人とも経済オンチですからね。

ちなみに、この梅田のチケットショップのHPを見ると、

本日の外貨通貨レートはこちらです

というページがあります。
むろん、宣伝しているわけではありませんが、
このレートが「円安」なんですかね。

昔は1ドル360円と決まっていたのに(古すぎるやん!)。
ややこしいことですわ。

 

 

 

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モミィが英検2級に合格 えっ? また2級

2022年07月21日 | 日常のいろいろなこと

先月、モミィは英検2級を受け、一次試験は合格でした。
そして今月、二次試験(面接)がありました。
その結果が数日前に発表され、モミィは無事合格しました。

と、まぁ、ここまではめでたい話なのですが、このブログを以前からお読みいただいている方なら「えっ?」と思われた方もおられるでしょうね。なぜなら、モミィは2年前の夏に英検2級に合格しているのですから。

2年前のブログです 

英検2級 結果が出ました

しかし、
すでに2級を持っているのに、なんでまた2級を受けるの?

と、不思議な話ですよね。

それは、
大学入試のシステムがそうさせたわけなんですね。

2021年度から導入された新しい大学入試制度のひとつに、英語の成績に外部検定試験の資格(英検など)を考慮に加える、ということが報道されたことはご存知の方も多いかと思います。つまり、入試の英語は、英検でいえば2級以上の資格を持っていたら、それが英語の試験の代わりになるということでした。

しかし、いろんな論議があって、結局その制度は見送られたのですが、それでも今も英検2級以上を持っていたら優遇措置が受けられる大学はかなり多いようです。だからモミィも2級を持っているのだから、大学入試には有利だと思っていたら、それが

2級以上といっても、何年も前に取得していた、というのは対象外で、入試までの2年以内に取得したことが絶対条件になっていたのです。いくら英検2級以上を持っていても、最近でないと力は落ちているかも、ということなんでしょうね。

う~ん。
ということは、モミィが2級に合格したのは2年前の8月ですから、大学入試の時点では2年を超過しています。つまり優遇措置は受けられない。
「英検2級」を願書に書くためには、もう一度受けて合格しなければならないということになります。

ということで、塾(ECC)の女先生の勧めもあって、今回また、2級に再チャレンジしたのです。

モミィは今は英語だけではなく、いろんな学科を勉強しなければならないので、また2級を受けると聞いた僕は、ひょっとしたら、今度は落ちるのでは、と心配していたのですが、いい結果が出てホッと一息です。

モミィはこれまで生徒会(自治会)の役員をしていたのですが、このたび、会長になったそうです。家ではまだまだ小学生のようなおぼこい子なのに、会長なんて務まるのかと、首をかしげてしまいます。

しかし、まぁ。
ついこの間、高校に入学したばかりのように思っていたのが、もう、生徒会会長になったり、大学入試に向けて始動したりと、早いこと早いこと。

3か月後に17歳になるモミィの運命は、さて、どうなりますことやら。

まぁ、なるようにしかなりませんわね。ケセラセラ~。

 

 

 

 

 

 

 

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doiron(ドイロン)君の絵が今度は毎日新聞に

2022年07月18日 | 日常のいろいろなこと

6月22日のブログで、友人のdoiron(ドイロン)君の絵手紙が産経新聞に掲載されたことを書きました。そして今度は一昨日16日(土)の毎日新聞に、またドイロン君の絵が掲載されました。いや、すご~い!

その日の毎日新聞11面の「みんなの広場」というページに載りました。

 
  真ん中にドイロン君の絵が掲載されています。

 
 
  その部分を拡大しました。

高齢の女性と若い女性が、バラ園で仲良く笑顔を見せている姿が微笑ましいですね。その二人は、「とっても仲良し」なんですよね。

実は、この絵に出て来るお二人の女性は実在の人がモデルで、ドイロン君が通っているジムのお友だちだそうです。左側の若い女性は、ドイロン君が絵手紙展を開いた大阪本町の有名な珈琲店で写真展を開催され、その縁でドイロン君にそのお店を紹介してくれた人だそうです。

そして右側の高齢の女性は3年前にキリマンジャロに登ったということです。
えぇ~! 
キリマンジャロ!

高校の時にヘミングウェイの小説「キリマンジャロの雪」は読んだのですが、アフリカのどこかの国の山で、アフリカ大陸では最高峰だということは覚えていますが、もう長いことその名を聴くことはなかった。それが、この絵に出てくる右側の高齢の女性がつい3年前に登ったというのですから、ビックリです。

この女性お二人は、親子以上に年が離れているかも知れませんが、仲良くバラ園で笑顔を見せるというあたたかい絵です。

「高齢者と若い人では目に映る景色が違う」と、ある作家が書いていましたが、この絵に出て来るお二人は、そんな世代の違いを超えていて、目に映る景色はまったく同じだと思います。
そして、「二人はとっても仲良し」
という言葉が心地よく響きます。

それにしても、ドイロン君は僕より7歳下ですが、この「お絵描き」だけに限らず、彼の前向きに年を重ねようとする姿には、いつも心を打たれます。

できれば見習いたいのですけど。
その「できれば」が、難しいんですよね~

 

 

 

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ケイが半月板損傷で手術を

2022年07月15日 | 心と体と健康と

次男の一人息子であるケイは、この春から中学生になり、小さい頃からしていたサッカーの選手として地域のチームで頑張っている。今年はお正月にわが家に遊びに来たあと、4月の中学入学時にも自転車で30分以上かけて次男と一緒に挨拶にやって来た。本当に運動の大好きな元気な子だ。(その点、体育の授業が一番嫌い、というモミィとは対照的ですけど)。

ところが…
そのケイが、今週の日曜日、サッカーの試合中にアクシデントがあって、おそらく転倒したときに負ったのか、半月板を損傷する大怪我をした、との連絡があった。そして近くの島田病院という地域で実績ある病院に入院したけれど、面会は両親以外は許されない。その両親ですらわずかな時間しか許されないのだから、当然僕らが見舞いに行くことはできない。次男夫婦によると、怪我の程度はかなり深いとのことで、僕らは心配だった。

そしてきょう、手術をしたと連絡が入った。半月板の損傷といっても程度の差はあるが、かなりの重症のようで、手術のあとも、今月いっぱいは入院をしなければならないということだった。

とても心配だけど、退院するまで見舞いにも行けないのが悔しい。

さらに靱帯も損傷したようで、これは固定して回復を待つだけという。

今こうしている時も、ケイが病院で膝や脚の痛みと戦っているのかと思うと、心が痛む。

1日も早く回復してほしいと、祈るばかりである。

 


 
  今年のお正月にわが家で撮ったケイとの2ショット。

 今はつらいだろうけど、頑張って、ケイ。
 

  
  

 

 

 

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モミィの北海道修学旅行 ニセコが最高だった! 

2022年07月11日 | 日常のいろいろなこと

7月4日に北海道への修学旅行に出たモミィが8日に帰宅した。
4泊5日の行程で、まず札幌のホテルで2泊、そのあと小樽のホテルに2泊したという。

帰宅日の夜、重いスーツケースや何やらと荷物があるので、妻が空港バスが着く阿倍野まで迎えに行き、僕は藤井寺駅の改札口で2人を待った。午後10時ごろに2人が改札に姿を見せ、僕はモミィの手荷物を自分のリュックに入れ、スーツケースを持ったり押したりして、わが家まで歩いた。スーツケースを運ぶのは疲れますね~。モミィも移動の時は大変だったと言っていました。

帰り道、モミィは「疲れたわ~」を顔をしかめたりしながらも、旅行中のいろんな話を次から次と際限なくしゃべる様子を見て、
「う~ん。本当に楽しかったんやな」
と思った。まずは元気に戻ってきて、本当によかった。

道々、「旅行で一番強く印象に残ったところは?」
と聞くと、モミィは、
「え~っと、そやねぇ」と少し考えてから、
「ニセコやなぁ。バスで何時間もかけて行ったニセコ! 前に朝のドラマでやっていた『なつぞら』で牧場が映っていたやろ。あれによく似た景色で牛がたくさんおった。あのニセコが一番よかったわ!」

 

やはり、札幌・小樽の街も魅力だけど、モミィら大阪から来た高校生たちは、広々とした場所に牛が放牧されているような光景に大きな魅力を感じるんでしょうね。「これぞ北海道!」という風景ですもんね。

さて、モミィは家に帰り着くとすぐに「眠た~い」と言い、バタンキューと眠ってしまった。そして翌9日の土曜日は学校が休みだったので、午後3時ごろまでぐっすりと眠っていた。

  ………………………………………………………………………


これまで何度も書いたように、北海道は十代からの僕の憧れの地だった。
モミィが帰宅した翌日の夕食時、
「ところで、のんちゃんは何回北海道へ行ったことがあるのん?」
と聞いたので、「え~っとねぇ」と改めて記憶をたどってみた。

自転車で北海道を一周したことは以前からモミィに言っている。さて、それ以降となると、2度目は青春18切符で大阪から札幌まで鈍行列車に乗って一人旅をし、その翌年、妻と小学生だった2人の息子を連れて寝台列車に乗り、函館や札幌を巡った。そして次は3人のマラソン仲間とサロマ湖100キロマラソンに行った。さらにその数年後に、今度は札幌で行われた北海道マラソンに出場し、同伴の妻とそのあと富良野や阿寒湖、釧路湿原などを巡った。

これで5回だけど、あとは市議会議員の視察に随行する仕事で2回行っているので、北海道へは計7回行ったことになる。

「へぇ、7回も行ってるん?」とモミィが感心したように言った。

「でもね」と僕。
「ニセコには1回も行ったことがないんや」
と言ったら、モミィは、「えっ?」と目を見開き、
次の瞬間、「やった~」と笑顔で叫んだのだった。

むむっ。
その「やった~」って、何やねん?
「のんちゃんの行ってないところへ行ったんや。やった~」
と、パチパチと手を叩いている。

なんのこっちゃ(笑)。

 

 

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安倍元首相が銃撃されて死亡

2022年07月08日 | ニュース・時事

お昼の12時ちょうどにテレビをつけたとたん、
「速報」という字幕と共に、驚くべきニュースが飛び込んできた。

安倍元首相 撃たれる

というニュースだった。
「えぇ?」
目と耳を疑った。

テレビ画面では安倍晋三元首相が参院選の応援演説をしていた。
「さとう けい」という名前のタスキをかけた候補者の応援のようだった。そこで銃声が響き、画面は乱れ、次の瞬間、容疑者が警視庁のSPたちに押し倒されている様子が映し出されていた。

「散弾銃のようなもので撃たれ、意識不明、心肺停止」
と聞き、僕は驚いて、テレビの画面にくぎ付けになった。
日本中で同じような思いをした人は多かったろうと思う。

場所は奈良市の大和西大寺という駅の前。ここは近鉄奈良線の駅だ。
近鉄電車はわが家の最寄り駅も近鉄南大阪線の藤井寺駅なので、近鉄電車というと身近に感じる。そのあと安倍元首相が運ばれた病院は橿原市にあり、ここは橿原神宮があるところで、藤井寺駅から同じ線で行くことができる。こんな身近なところで日本中を震撼させる凶行が起きたことに、重ねて驚いた。

この平和なはずの日本の国で実績ある元首相が銃撃されるとは

そして午後5時過ぎ、安倍元首相が亡くなったと報じられたのだった。

テレビは、お昼からどのチャンネルもこのニュースを取り上げ、今(午後8時15分)もずっとそれが続いている。それほど衝撃的な出来事なのだった。

安倍さんが52歳で首相になった時、僕にとっては生まれて初めて年下の首相の誕生だった。
「あぁ、僕も総理大臣より年上になったのか」と思ったことを覚えている。

その人がこんな最期を遂げることになるなんて、何というむごいことだろう。

報道によると、安倍さんは今日は長野県へ応援演説に行く予定だったという。それが、昨日に急きょ奈良へ行くことに変わったそうだ。それは党のホームページ等で記されていたというので、奈良市に住む容疑者はそれを見て犯行を思い立ったのだろうか。いずれにせよ、この男は何を考えてこんな犯行に及んだのだろうか。想像もつかない。

それにしても、悲痛な事件だった。
元首相がこんな形で殺害されるとは、今も信じられない。


 今日の夕刊の一面。

 

 

ちなみに、このブログの顔写真でかけている僕のマスクは、アベノマスクです。

 

 

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7月6日は サラダ記念日

2022年07月06日 | 読書

一昨日の7月4日にモミィが修学旅行に出発しました。飛行機で約2時間、無事に新千歳空港に着き、その後、予定通りの日程をこなしているようで、まずは一安心です。

ところで、この7月4日という日は、アメリカの独立記念日ですね。
それは昔、「7月4日に生まれて」というトム・クルーズが主演した映画で覚えました。独立記念日の7月4日に生まれた主人公が、愛国心にあふれてベトナム戦争に参加するけれど、戦争の中でさまざまな残酷な体験をさせられ、やがて反戦を叫ぶようになっていく、という物語です。

モミィが早朝に出て行ったあと、
「あぁ、今日はその7月4日か」と思いながら、朝刊を手に取ってテレビ欄を見ると、NHKBSプレミアムでその映画「7月4日に生まれて」が放送されることを知りました。テレビ局も粋なことをしますね。

これまで何度か見た映画ですが、一応録画したので、近いうちにまた見ようと思っています

そして今日は
カレンダーを見たら7月6日です。
これまた「えっ、7月6日?」と、何か記憶に残っている。
なんだったかなぁ、と、思い巡らすと、「あっ、そうそう」と思い出しました。
俵万智さんの「サラダ記念日」だったのです。
あの有名な短歌、

この味が いいねと君が言ったから 7月6日は サラダ記念日

そうですね。あの、「サラダ記念日」に「7月6日」が出てくるんです。

この大ヒットした短歌集は1987年(昭和62年)の5月に初版が発行され、たちまちベストセラーになりました。万智さんは大阪生まれでもあったことから僕もファンになり、本を購入したのですが、僕が買ったのは初版が発行されてから5か月後なのに、なんと192版とありました。ものすご~い売れ行きだったのですね。びっくりしました。

 

俵万智さんは1962年(昭和37年)生まれで、この本が初出版された時はまだ25歳の若さでした。当時は、それはそれは大人気でした。その俵さんも今年でちょうど60歳。還暦を迎えられるんですね~
そりゃ僕らも年を取りますわ(笑)。

それにしても、俵万智さんのこの「サラダ記念日」。
何度読み返しても、いいですね~

この本には、彼女が20歳の時から24歳の時まで作った約430首が収められています。いずれも恋の歌ですが、基本、失恋の歌です。と言っても、暗さやしめっぽさは微塵もなく、カラリと明るい。そこが魅力なんですよね。

いくつかあげてみますと、

「寒いね」と 話しかければ「寒いね」と 答える人のいるあたたかさ
(このあたりは、温かい恋ですけど。ここからは

男という ボトルをキープすることの 期限が切れて今日は快晴

嫁さんに なれよだなんて 缶チューハイ 2本で言ってしまっていいの

我だけを 想う男のつまらなさ 知りつつ君に それを求めり

咲くことも 散ることもなく天に向く 電信柱に吹く春の風

愛人で いいのと歌う歌手がいて 言ってくれるじゃないのと思う

というような短歌がひしめく「サラダ記念日」でした。


ちなみに、今年の3月18日のこのブログで、

「カムカムエヴリバディ」と「サラダ記念日」

という記事を書きましたので、よろしければ覗いてやってください。

それと、もうひとつ
毎週土曜日に、BSで「男はつらいよ」のシリーズが放映されているのですが、今週9日の土曜日は、なんと、
「男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日」
なのです。びっくりしますよね~。
ぜひ見なければ。

さて明日は7月7日。七夕様ですね。
「記念日」が続きます(笑)。

 

 

 

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モミィが明日から修学旅行

2022年07月03日 | 日常のいろいろなこと

モミィが明日から4泊5日で修学旅行へ行きます。
行く先は、北海道です。
修学旅行とは言っても、まだ高校2年生になって数ヵ月ですから、なんだか早いですよね。僕らの時代と違って、今はこんな時期に修学旅行へ行くようです。

それで、スーツケースを買ったり、服を買ったり、あんなものこんなものと、モミィのいろんな要望に妻は応えていました。大変やな~と思いながら横で見ていた僕でした。

明日の集合時間がまた早いんですよね。
集合場所は大阪伊丹空港ですけど。

近鉄電車の藤井寺駅を早朝の5時過ぎに出る始発電車に乗って阿倍野まで行き、そこから空港バスで伊丹空港まで行くとのこと。妻が阿倍野まで同行するということなので安心ですけど、集合時間がメチャ早いですよね。

僕も明日は3時半に目覚まし時計をセットして、モミィと妻が起きるのをフォローする予定です。

で、今はまだ午後9時半にもなっていませんが、もう寝ます。

お休みなさ~い。

★これは、モミィが学校からもらって来た小冊子の表紙です。


 

 

 

 

 

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今日からやっと7月 暑い暑い暑い!

2022年07月01日 | 日常のいろいろなこと

今日から7月ですね。
早くも1年の半分が過ぎてしまいました。

それにしても、「えぇっ、まだ7月になったばかり?」
と思いますよね。連日これだけの猛暑日が続いているのですから。

いや~、本当に暑い。真夏はこれからなのに、昨日は全国各地で6月の観測史上最高の気温を観測し、新聞にも、
「猛暑日179地点 今夏最多」などと書かれています。
そして今日もまた全国各地で
「最高気温」のオンパレードです。

僕と妻は午前10時前後から、いつも決めたコースを歩いて駅前まで行き、ぶらぶらとイオンなどで買い物をして、昼に家に戻って来ることが多かったのですが、さすがにここ数日はやめています。暑すぎますわ。熱中症は怖いですよね。自分たちは大丈夫と思っていても、そういう感覚が落とし穴になって、暑さにやられて気分が悪くなってからでは手遅れですしね。

今年は梅雨もほとんどなく、すでに各地で梅雨が明けています。
本当に異常気象が続きます。

そしてテレビではしきりに節電を訴えています。
「無理のない範囲で節電をお願いします」というふうに。
冷房を我慢すると熱中症になるので、「無理のない範囲で」と言うしかないんでしょうね。

ニュース番組でも冒頭で、「節電対策としてスタジオを薄暗くしていますのでご了承ください」などと言ってます。大阪市役所では、照明を真っ暗にした事務室の中で職員さんたちが黙々とパソコンで仕事をしている光景が移し出されていましたが、なんとも異様な光景でした。

東京電力では、電力需要のひっ迫注意報というのを出しています。電力ひっ迫が予想されるときはそれを発信して住民に注意喚起をする。

電力の安定供給に最低限必要な予備率3%は上回っているが、5%を切っている場合は「需給ひっ迫注意報」を、3%を下回ると「需給ひっ迫警報」を発令し、節電要請を行なう、と新聞に書かれていました。

注意報とか警報とか、まるで天気予報のようだな、と思っていたら、昨日、どの番組だったかは忘れたけど、ニュースを見ていたら、司会者が、
「ではこのあとは、でんき予報です」と言ったように聞こえた。
「『でんき予報?』。天気予報の聞き間違いかいな」
と自分で思いながらテレビ画面を見ると、実際に、

「電気予報」という文字が出ていた。
ほんまに「でんき予報やったんや」

笑おうにも笑えない話です。

それにしても、
コロナやら戦争やら円安やら異常気象やら。
また、それやこれやの理由から、いろんな物が値上がりするそうで、さっそく今日7月1日から、食料品をはじめ、あらゆるものが値上がりすると大きく報じられています。

いいニュースは一つもありませんわ。
ぶつぶつ

 

 

 

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