塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

ペナルティ、南長野でペナルティ・ディを開く

2016-06-27 00:52:46 | 日記
 スポンサーというものは、クラブからお願いするのか、それともスポンサーの側から打診するのか、どちらでしょうか?

 よく日本サッカー協会とキリンビールの間柄が、ご近所だったからスポンサーをお願いした、というのは語り草ですが、2010年代の今では考えにくい発想です。

 昨日、パルセイロはスポンサーのペナルティの協賛による「ペナルティ・ディ」を設けましたが、これは湘南ベルマーレではお馴染みの光景です。

 パルセイロはペナルティと契約前はデュエロ、デレルバからジャージの供給を受けてきましたが、サプライヤー協賛により催しは、今回が初めてのはずです。

 長野都市ガスが企画する催しに、選手が幾度なく参加しているように、スポンサーとクラブ、お互いに利益がある企画を今後もできれば、同時にファンも喜ぶと思います。

 実際

 「営業の大橋が企画する目安箱はいい」
 「朝パルや座席掃除の企画は、今までなかったよね」
 「今季はフロントが頑張っているな」

 という声は、自然と生まれています。

 スポンサーの中でも胸スポンサーは本当に影響力があり、機能も「ホクト」のコマーシャルは中継中、幾度も確認できました。

 我々は、長野パルセイロを応援しています。

 このスローガンを企業が胸を張ってさらに使うためには、やはりJ2への昇格が期待されます。

 その際はペナルティも今以上に、協賛してくださるはずです。
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写真に残すという動作の意義

2016-06-27 00:26:09 | 日記
 16秒と16分

 これは何の違いかと言いますと、前者は僕が先日まで使用していた折り畳み式携帯の撮影時間、後者が新調したスマートフォンの撮影時間なんです。

 2010年当時はこの16秒という時間は、時代の最先端だったのでしょうね。

 このころはまだカタログは折り畳み式携帯の方が多かったくらいですし、スマートフォンやタブレットでサッカーを楽しむ、という環境にはなかったと思います。

 選手が自分で情報を発信する形ではありましたが

 1・インスタグラムで自分の服装や休日を知ってもらう
 2・ツイッターで自分の意見を投稿する

 という潮流はありませんでした。

 スマートフォンで写真を何枚か撮影してみましたが、独身の僕でも親心とはこういうものなのかな、と感じました。

 自分の子供を写すならば、やはり綺麗に残したい
 写すのならば、操作は簡単であってほしい

 という両親の願望を、恐らくデジタルカメラよりも、スマートフォンの方が叶えているのでしょう。

 単純にスマートフォンで画質を追求すれば、カメラを買わなくても大丈夫、という意見もあると思います。

 僕は今年、そして一昨年と飼い猫をそれぞれ病気で失いました。

 今思うと、勇気を出してスマートフォンに速い段階で切り替えていたら、彼女たちとの暮らしを鮮明に残せたのかもしれない、と後悔しています。

 16秒という映像時間では、やはり物足りない面がありますしね。

 折り畳み式携帯は今も手許にありますが、そのなかには

 1・改修前の南長野の風景
 2・千曲市サッカー場で行われた試合の様子

 が残されています。

 人間、何か記憶に残したいという欲求が、絵画、書籍、そして写真という芸術を生み出したのだと、最近は痛感しています。
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