Masayukiの独り言・・・

老いの手習い日記です。

「勤労感謝の日」を考える

2016-11-23 21:26:17 | Weblog

 11月23日は「勤労感謝の日」である。最近は祝日と云っても、国旗を掲げる家も少なく、ただ休日であることのみで、その意義を考える人は少なくなった。私自身11月23日が何の祝日なのかを思い出すのに時間がかかったほどであった。そこで「勤労感謝の日」のことを調べた。「勤労感謝の日」が国民の祝日になったのは、昭和23年7月20日、祝日法が制定されてからである。その中には「勤労をたつとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」との趣旨が書かれている。しかしこの11月23日は、戦後制定されるまで、「新嘗祭」として長い歴史を持っていた。農業国家である日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があった。収穫物に感謝する大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まった「新嘗祭の日」がその起源とある。しかし第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって、天皇行事・国事行事から切り離され、改めて「勤労感謝の日」となったものである。

 「新嘗祭の日」は、明治41年9月19日制定の「皇室祭祀令」では大祭に指定され、国民はこの日を祝ってきたが、敗戦により昭和22年5月2日廃止された。これは明治維新後の政府は、この国を神代から続く国家神道を基に国のかたちを進めてきた。それはそのまま第二次世界大戦に突入して敗戦した。GHQは、皇室の行事を国民に押し付け天皇を主権とする国家にしてきたことを嫌い「新嘗祭」を祝日として廃止した。しかし宮中では従来通り行われ最も重要な祭祀となっている。それ故天皇は、五穀の新穀を天神地祇に勧め、自らもこれを食して、その年の収穫を感謝している。宮中三殿の近くにある新嘉殿にて行われている。

 戦後「新嘗祭の日」は、「勤労感謝の日」として生れ変わったが、戦後教育を受けた私達はそうしたことを知らないで来ている。農耕民族の日本人は、生きていく糧は五穀である。それも七世紀の皇極天皇の時代から続いている(一時応仁の乱から元禄時代に掛け中止している)行事である。その新嘗祭を「勤労感謝の日」に改めたことに違和感を感じる。「勤労感謝の日」なら5月1日のメーデーの日が一番合っているように思う。戦後日本人は、周りの人や他国のことを気にし自己主張しない民族になったような気がする。単純なことではないが日本人の誇りを持ちつづけることも必要であると思う。

 近隣諸国と協調し永遠の平和を築いていくためにも、歴史ある「新嘗祭」を国民の行事として祝日にすべきでないかと思う。いろいろ難しい問題もあるが、これは日本人として大事なことと考える。