本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

オッペンハイマー

2024-04-14 05:50:36 | Weblog
■本
32 婚礼、葬礼、その他/津村 記久子
33 だからあれほど言ったのに/内田 樹
34 新版 ランチェスター戦略 「弱者逆転」の法則/福永 雅文

32 生きにくい世の中での生きる意味を、自然体で問い続ける津村記久子さんは今最も読まれるべき作家のひとりだと思っています。今年の本屋大賞で「水車小屋のネネ」が2位になったことは個人的にもとても喜ばしい出来事でした。本作は2008年に出版された短編集です。表題作の方は、津村さんらしい、会社(本作はそれに加えて社会)の理不尽なルールや慣習に翻弄される主人公が描かれた作品です。バイタリティーは低めながらも生真面目で心優しい主人公が、続けて参列した結婚式と葬式でのさまざまなハプニングに悪態をつきながらも誠実に対応していく一日が描かれています。私個人も父親の葬式の日は、いろいろな問題や感情が噴出して、人生最悪の日の一つだったので、他人の葬式とはいえ、式中に過去のいろいろな思い出に心中がかき乱される主人公にとても共感しました。その混乱の一日に、ささやかなご褒美を与えて締めくくる津村さんの優しさに温かい気持ちになりました。もう一つの短編は、とある町の十字路での自転車通学高校生の衝突事故を描いた作品です。様々な登場人物の視点からの描写により、事件の真相や登場人物間の関係が徐々に明らかにされる、津村さんの作品にしては珍しい緊迫感のある作品です。筆者お得意の、学校の先生、スーパーのパートタイマー、普通のOLといった現場労働者の描写が冴えわたっていますが、もう一つの得意分野のスクールカースト中位層の小学生、高校生の描写も見事です。結局みんな、それぞれの場所で戦っているのだという思いに至り、切ない気持ちになりました。どちらの作品も、それぞれの「生きにくさ」に寄り添う姿勢に救われます。

33 内田樹さんが、近年に様々なメディアで発表された文章を集めた本です。いつもの内田さん節ですが、ウクライナやイスラエルなど最近の社会問題に対する考察もされていて、その独特の観点からの分析や予測は参考になりました。少子化問題や教育についての文章がたくさん収録されている点が特徴的で、近年の内田さんの問題意識が垣間見られて興味深かったです。個人的には子育てにおいて「子どもを愛すること」と「子どもを傷つけないこと」では後者を優先すべきと仰っている点が印象に残りました。私自身子どもを「愛してきた」という自信はありますが、「傷つけずに育てられたか」という点については、かなり自信がありません。これまでの子育てについて反省させられる点が多かったです。今流行りの「心理的安全性」にも通じる話だと理解しました。

34 最近読んだ本のどこかに「ランチェスター戦略」について書かれていたのと、「弱者逆転」の話は大好物なので読みました。基本的には、弱者は差別化集中戦略、強者は自社よりすぐ下の序列の会社の模倣戦略を取るべし、という教えだと理解しました。自社が優位な勝てる領域が見つかるまで、場所、商品・サービス、価格、販路などの差別化を徹底的にはかり、見つかった場合はそこに集中して対応することの大切さも繰り返し強調されています。その教え自体に目新しい気づきはあまりないのですが、筆者自身がまさしく差別化要因として用いている史実も交えながら、成功事例をふんだんに盛り込むことにより、読み物としての魅力が増しています。また、強者弱者の判定基準となる、差別化した領域ごとのシェア分析の緻密さも説得力があり、この本の信頼性を高めています。ポジショントークの色合いも強いですが、それで片付けるにはもったいない、行動を変えるための知見に満ちた本だと思います。


■映画 
33 オッペンハイマー/監督 クリストファー・ノーラン
34 カリートの道/監督 ブライアン・デ・パルマ
35 奇跡のシンフォニー/監督 カーステン・シェリダン

33 今年のアカデミー賞で、13部門でノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞を含む7部門で受賞した傑作です。クリストファー・ノーラン監督が大好きなので、日本公開を心待ちにしていました。日本では広島と長崎での惨状が描かれていないことの是非が議論されていましたが、私は被爆地の描写はあってもよかったと思いますが、その描写がなかったことにより、この作品の価値が損なわれることはないと思いました(被爆地の描写に価値がないという意味ではありません)。オッペンハイマーやクリストファー・ノーラン監督(そして、アメリカ国民)と日本人との間に、原爆に対する認識に乖離があるという事実をあぶり出したという点では、見せかけの共感を示されるよりは意味のあることだと思いますし、そのような問題の可視化や感情のゆさぶりも、映画も含む芸術が存在する意味だと思います。作品自体はさすがに3時間は長く、特に序盤は少ししんどかったですが、人類を滅亡しかねない武器を開発した人間の苦悩と、その彼を取り巻く醜い政治的抗争という、一見エンターテイメント要素に乏しいテーマで、ここまで観客を没入させ、さらに、興行的にも評価的にも大成功を収めたという事実にただただ感嘆します。特に中盤のプロジェクトX的な、難事業を卓抜したリーダーシップで成功(といったん言っておきます)に導く姿を描いたところや、終盤の緊迫感のある討論シーンの展開は圧巻でした。基本的には天才がその卓抜した能力が故に(そして、いささか性的にだらしなかったために)苦悩する姿を描いた作品だと思うのですが、その苦悩を圧倒的な情報量(特に音の使い方が過剰なまでに巧みです)で描くことにより、類似作品を凌駕しています。主演のキリアン・マーフィーだけでなく、ロバート・ダウニー・Jr.、マット・デイモンといった主演級の俳優も脇に回って好演されていましたが、個人的には妻役のエミリー・ブラントによる、悪妻と紙一重の芯と情の強い女性を表現した演技が印象的でした。繰り返しになりますが、この人物とテーマでエンターテイメント作品として成立させていることは、この監督以外にはできない偉業だと思います。


34 アル・パチーノが5年の刑期を終え出所した元麻薬王を演じた、1993年公開作品です。5年の間に仁義が通じなくなったアウトロー社会で翻弄される主人公の姿が、高倉健さん主演のやくざ映画と重なります。自分なりの筋を通そうとするあまり悲劇に巻き込まれる主人公に、共感し通しでした。日本人はかなり好きなタイプの作品だと思います。アル・パチーノはこういった犯罪者役を演じると実に見事です。正邪が入り混じる複雑な人物を魅力的に演じています。主人公の友人である悪徳弁護士役のショーン・ペンも、彼が得意なハイテンションで神経症的な人物を好演しています。ブライアン・デ・パルマ監督も、アクション映画とは真逆の全くスタイリッシュではない生々しい暴力シーンを、これまた、らしさ全開で描いています。監督、俳優とも自分の特徴を前面に出している素晴らしい作品です。三人とも作品による当たり外れが激しいですが、この作品は当たりです。


35 音楽の才能に恵まれた孤児がその才能に導かれて、実の両親と再開する過程を描いた2007年公開の作品です。劇中で流れる音楽はロックもクラシックも前衛音楽もどれも聴きやすく、各登場人物の才能の豊かさをわかりやすく説明するのに効果的でした。ストーリーは、オカルティックでご都合主義過ぎると思いました。母親の父のクズ人間ぶりも、常軌を逸しています。一種のファンタジーと割り切って観るともっと楽しめたのかもしれませんが、偶然の出会いや気づきが多用されているのと、主人公の才能の進化が速すぎる点に、頭の中だけで考えた作り物臭さをどうしても感じてしまいました。予定調和のクライマックスを引っ張り過ぎずに一気にエンドロールへと流れる展開はよかったです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする