■本
97 歴史戦と思想戦/山崎 雅弘
「南京虐殺」や「慰安婦問題」などの問題を取り上げる周辺国や日本国内の人々は日本を貶める存在と捉え、これらの問題に対する日本に有利な解釈を広めることを「歴史戦」と位置付けて戦闘的な態度で取り組む人たちの主張を、歴史研究者としての立場からロジカルに反論されている本です。少し前に話題になった映画「主戦場」と似たような視点で、いわゆる歴史修正主義者の主張の矛盾をわかりやすく説明してくれます。彼らの主張する、日本の利益や名誉とは、実は現在の日本ではなくて「大日本帝国」のそれであるということ、また、彼らの姿勢が大日本帝国の軍部のような権威主義的傾向を持っている、という主張には説得力がありました。個別の論点については賛否が分かれると思いますが、「自分の姿を第三者的な目線で『客観視』する能力がなければ、相手や第三者から信頼されたり、尊敬されたりすることはあり得ません」という指摘には双方が歩み寄れる余地があると感じました。結局は現在そして未来の日本(大日本帝国ではなくて)の国益を最大化するためには、これらの歴史問題にどういう姿勢で臨むべきかという視点が必要だと思います。個人的にも、少なくとも戦闘的な態度一辺倒では、国益が損なわれる可能性が高いと感じました。
■CD
25 Ode To Joy/Wilco
大好きなWilcoの3年ぶりの新作です。激動の時代への反発か極めて地味で内省的な印象の作品です。アコースティックなしみじみとした味わい深い楽曲が多く、一曲一曲は素晴らしいのですが、トータルで聴いてみると少し一本調子です。私が少し気分が落ちているタイミングで聴いたためかもしれませんが、アッパーな楽曲も聴いてみたかったです。もう少しメリハリの効いた構成でもよかったと思います。
■映画
98 ザ・ウォーカー/監督 アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ
99 50回目のファーストキス/監督 福田 雄一
100 東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜/監督 松岡 錠司
101 イエスタデイ/監督 ダニー・ボイル
98 ずいぶん前に観た予告編が印象に残っていて、こういうディストピア的な世界観の作品が好きなので観ました。ネタバレになるので書きませんが、終盤で明らかにされる主人公の特性についてはツッコミどころが満載で、それは作品の重大な瑕疵だと思うのですが、それでも全体的には大いに楽しめました。「マトリックス」シリーズの制作者が関わっているだけあって、チャンバラを思わせるクセの強い戦闘シーンは迫力満点ですし、その超人的な主人公をデンゼル・ワシントンが好演しています。ケンタッキー・フライド・チキンのお手拭きで身体全体を拭くシーンなど、核戦争後の物資の乏しい世界で生き延びる人たちの、細かい生活描写もよく考えられています。主人公が肌身離さず持っている本がこの作品のキモなので、原作と同じく(原作タイトルは「The Book of Eli」です)、「本」がタイトルに入っていた方が、より分かりやすかったと思います。
99 ドリュー・バリモアとアダム・サンドラーが共演した元ネタが完成度の高い作品だったので、あまり期待していなかったのですが、福田雄一監督らしい、アドリブかと思わせるほどの自由奔放な演出がいい味を出していて、予想以上に楽しめました。主演の長澤まさみさん、山田孝之さんはもちろんのこと、脇を固める佐藤二朗さん、ムロツヨシさん、太賀さんの魅力的な演技もさることながら、改めて原作の脚本がよくできていると感じました。繰り返される日常のコメディと悲劇の要素のバランスが絶妙で、さらにそれをロマンティックな要素でコーティングするという構造が秀逸です。ハワイの美しい映像もストーリーにうまくマッチしていて、絶妙のアクセントとなっています。
100 リリー・フランキーさんの原作も松尾スズキさんのこの映画の脚本も読んでいたのですが、なぜか映画の方はまだだったので観ました。評判度通り樹木希林さんの演技は圧巻で、オダギリジョーさんの演技も安定感抜群です。この二人の演技を観るだけでも価値があると思います。ストーリーの方も、親子の愛情と地方から上京した人間の喜びと焦燥をうまく掛け合わせて、重層的な厚みを感じました。前者はリリー・フランキーさんの、後者は松尾スズキさんの個性が滲み出ている気がしました。ただ、有名俳優のカメオ出演があまりにも多い点が気になりました。タイトル通り、「オカンとボクと、時々、オトン」3人の関係が中心の作品なので、主要登場人物に焦点を当てるという意味でも、この過度に営業面を配慮したキャスティングは逆効果だったと思います。
101 ビートルズが存在しなくなったパラレル世界で、彼らの存在を記憶しているミュージシャン志望の青年が、その音楽を演奏してスターになっていくという、極めて危なっかしい設定ですが、さすがダニー・ボイル監督だけあって、ストーリーの持つ力への信頼感とビートルズの音楽に対する敬意に溢れる、素晴らしい作品となっています。幼馴染の女性との煮え切らない恋愛など、ダニー・ボイル監督にしては、若干甘すぎる展開ですが、マーケティング重視の音楽業界や、本人として登場するエド・シーランのいじり方など、適度な毒も痛快です。パラレル世界での、ジョン・レノンの登場シーンの描き方は特に秀逸で、目頭が熱くなりました。構造的には、タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と似ているところもあり、変化球的なかたちで、自分が影響を受けた1960年代のカルチャーに対する敬意を表すことが、円熟期を迎えた映画監督の間で流行っているのかもしれません。
97 歴史戦と思想戦/山崎 雅弘
「南京虐殺」や「慰安婦問題」などの問題を取り上げる周辺国や日本国内の人々は日本を貶める存在と捉え、これらの問題に対する日本に有利な解釈を広めることを「歴史戦」と位置付けて戦闘的な態度で取り組む人たちの主張を、歴史研究者としての立場からロジカルに反論されている本です。少し前に話題になった映画「主戦場」と似たような視点で、いわゆる歴史修正主義者の主張の矛盾をわかりやすく説明してくれます。彼らの主張する、日本の利益や名誉とは、実は現在の日本ではなくて「大日本帝国」のそれであるということ、また、彼らの姿勢が大日本帝国の軍部のような権威主義的傾向を持っている、という主張には説得力がありました。個別の論点については賛否が分かれると思いますが、「自分の姿を第三者的な目線で『客観視』する能力がなければ、相手や第三者から信頼されたり、尊敬されたりすることはあり得ません」という指摘には双方が歩み寄れる余地があると感じました。結局は現在そして未来の日本(大日本帝国ではなくて)の国益を最大化するためには、これらの歴史問題にどういう姿勢で臨むべきかという視点が必要だと思います。個人的にも、少なくとも戦闘的な態度一辺倒では、国益が損なわれる可能性が高いと感じました。
■CD
25 Ode To Joy/Wilco
大好きなWilcoの3年ぶりの新作です。激動の時代への反発か極めて地味で内省的な印象の作品です。アコースティックなしみじみとした味わい深い楽曲が多く、一曲一曲は素晴らしいのですが、トータルで聴いてみると少し一本調子です。私が少し気分が落ちているタイミングで聴いたためかもしれませんが、アッパーな楽曲も聴いてみたかったです。もう少しメリハリの効いた構成でもよかったと思います。
■映画
98 ザ・ウォーカー/監督 アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ
99 50回目のファーストキス/監督 福田 雄一
100 東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜/監督 松岡 錠司
101 イエスタデイ/監督 ダニー・ボイル
98 ずいぶん前に観た予告編が印象に残っていて、こういうディストピア的な世界観の作品が好きなので観ました。ネタバレになるので書きませんが、終盤で明らかにされる主人公の特性についてはツッコミどころが満載で、それは作品の重大な瑕疵だと思うのですが、それでも全体的には大いに楽しめました。「マトリックス」シリーズの制作者が関わっているだけあって、チャンバラを思わせるクセの強い戦闘シーンは迫力満点ですし、その超人的な主人公をデンゼル・ワシントンが好演しています。ケンタッキー・フライド・チキンのお手拭きで身体全体を拭くシーンなど、核戦争後の物資の乏しい世界で生き延びる人たちの、細かい生活描写もよく考えられています。主人公が肌身離さず持っている本がこの作品のキモなので、原作と同じく(原作タイトルは「The Book of Eli」です)、「本」がタイトルに入っていた方が、より分かりやすかったと思います。
99 ドリュー・バリモアとアダム・サンドラーが共演した元ネタが完成度の高い作品だったので、あまり期待していなかったのですが、福田雄一監督らしい、アドリブかと思わせるほどの自由奔放な演出がいい味を出していて、予想以上に楽しめました。主演の長澤まさみさん、山田孝之さんはもちろんのこと、脇を固める佐藤二朗さん、ムロツヨシさん、太賀さんの魅力的な演技もさることながら、改めて原作の脚本がよくできていると感じました。繰り返される日常のコメディと悲劇の要素のバランスが絶妙で、さらにそれをロマンティックな要素でコーティングするという構造が秀逸です。ハワイの美しい映像もストーリーにうまくマッチしていて、絶妙のアクセントとなっています。
100 リリー・フランキーさんの原作も松尾スズキさんのこの映画の脚本も読んでいたのですが、なぜか映画の方はまだだったので観ました。評判度通り樹木希林さんの演技は圧巻で、オダギリジョーさんの演技も安定感抜群です。この二人の演技を観るだけでも価値があると思います。ストーリーの方も、親子の愛情と地方から上京した人間の喜びと焦燥をうまく掛け合わせて、重層的な厚みを感じました。前者はリリー・フランキーさんの、後者は松尾スズキさんの個性が滲み出ている気がしました。ただ、有名俳優のカメオ出演があまりにも多い点が気になりました。タイトル通り、「オカンとボクと、時々、オトン」3人の関係が中心の作品なので、主要登場人物に焦点を当てるという意味でも、この過度に営業面を配慮したキャスティングは逆効果だったと思います。
101 ビートルズが存在しなくなったパラレル世界で、彼らの存在を記憶しているミュージシャン志望の青年が、その音楽を演奏してスターになっていくという、極めて危なっかしい設定ですが、さすがダニー・ボイル監督だけあって、ストーリーの持つ力への信頼感とビートルズの音楽に対する敬意に溢れる、素晴らしい作品となっています。幼馴染の女性との煮え切らない恋愛など、ダニー・ボイル監督にしては、若干甘すぎる展開ですが、マーケティング重視の音楽業界や、本人として登場するエド・シーランのいじり方など、適度な毒も痛快です。パラレル世界での、ジョン・レノンの登場シーンの描き方は特に秀逸で、目頭が熱くなりました。構造的には、タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と似ているところもあり、変化球的なかたちで、自分が影響を受けた1960年代のカルチャーに対する敬意を表すことが、円熟期を迎えた映画監督の間で流行っているのかもしれません。