世界変動展望

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毎日新聞の記事-2014年4月18日

2013-02-28 21:25:15 | 社会

特集ワイド:続報真相 ぬるい理研の危機管理 トカゲのしっぽ切り?で泥仕合、「証拠」パソコンは確保せず特集ワイド:続報真相 ぬるい理研の危機管理 トカゲのしっぽ切り?で泥仕合、「証拠」パソコンは確保せず

 「1人の未熟な研究者が……」。新たな万能細胞「STAP細胞」の論文不正問題が理化学研究所を揺さぶり続けている。調査委員会の最終報告に小保 方晴子さん(30)が真っ向から反論し、事態は収拾に向かう気配すらない。理研の危機管理体制は一体どうなっているのだろうか。

 「率直に言えば、非常に心が痛んだ。ああいった場面に(小保方さんが)出ないといけなくなった原因は論 文に過誤があったから。それを防止できなかったシニア(上級、年長)な共著者、アドバイザーとしての責任を非常に強く感じた」。16日、報道陣の前によう やく姿を見せた理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)の笹井芳樹副センター長はそう吐露した。ちょうど1週間前、日本中の注目を集める会見をした 小保方さんを気遣いつつも「アドバイザー」、すなわち助言者の立場にあったことをさりげなく言い添える。

 その笹井氏を「責任は非常に重い。第一に反省してもらい、今後、どのような態度を取るか、研究者として 表明してもらう」(3月14日会見)と断罪したのが理研トップの野依良治理事長だ。小保方さんについても「未熟な研究者がデータをずさん、無責任に扱っ た。徹底して教育し直さなければならない」(同)と切り捨てた。だが、自らの責任になると「機関の所属長として(論文不正は)察知すべき問題ではない」 (4月1日会見)と否定する。

 元NHK記者で科学コミュニケーションに詳しい隈本邦彦・江戸川大学教授は「会社の場合を考えてくださ い。社員の不祥事が発覚した時、社長が『未熟でけしからん』と公に発言したらどう思われますか? 野依理事長の発言は不祥事を起こした研究機関トップとし てはあり得ない。名選手が名監督になれなかった典型例です」と語る。

 野依理事長の「未熟」発言は、小保方さん側から「未熟さゆえ」の悪意のないミスとして調査報告に不服を申し立てる足がかりを与えてしまったとも言える。

 STAP細胞論文の捏造(ねつぞう)、不正を認定した調査報告書に対しても、隈本教授の評価は辛口だ。 「報告書は一方的に責任を指摘しただけで、けしからん若手を懲らしめてやろうというレベルです。本来、組織に所属する人間が起こした不祥事は徹底的に調査 した上で、発表前に本人の同意を取るもの。発表後にひっくり返されたら泥仕合になるのは目に見えているからです」

 小保方さんは不服申立書で再調査を求めているが、その調査委員会に理研の研究者が入れば「派閥争いやトカゲのしっぽ切りなどさまざまな臆測が生じる」と述べている。現在の調査委も6人中3人が理研の所属であることを思えば、何とも皮肉が利いている。

 理研には“前科”がある。2004年に論文不正に関与したと理研が発表し、退職した研究員から名誉毀損(きそん)訴訟を起こされたのだ。裁判は「理研が発表内容をホームページ上から削除する」ことで10年に和解が成立したが、事態収拾まで5年以上かかっている。

 「小保方さんの私物なので……」。調査委の会見で石井俊輔委員長(理研上席研究員)が、小保方さんの ノートパソコンを証拠として確保していない理由をそう語ると、記者席にため息が広がった。理研の規定では、調査に必要があれば研究室を一時閉鎖(ロックア ウト)したり、物品を確保したりできることになっている。しかし、STAP論文の不正調査で強制的な調査は行われなかった。

 科学界の研究不正を調査しているサイエンスライター、片瀬久美子さんは「理研の調査は後手後手に回って います。小保方さんから実験ノートの提出を受けたのは本格調査開始の約1週間後。時間が空けば実験ノートの信頼性は損なわれます。その間に記載内容を細工 したり、すり替え用ノートを作ったりすることも可能になるためです。小保方さんにとっても疑惑を晴らすための証拠の信頼性が失われ、双方に不利益が生じま す」と指摘する。

 実験ノートは後で実験を再現するためにも必要なもの。不正を疑われた研究者が実験を適正にしていたことを証明する根拠になる。だがここでも、調査委は小保方さんの実験ノートが3年間で2冊しかなかったと発表し、小保方さんは4、5冊あると食い違う。

 パソコンの磁気記録も実験ノートと同じように重要な証拠だ。「調査委が捏造とした画像について、小保方 さんはパソコン内のパワーポイントによる説明資料の画像を取り違えたと反論しましたが、それまで調査委はパワーポイントに言及していなかった。知らなかっ たのでしょう。小保方さんが素直に資料を提出してくれるからパソコンを確保する必要がなかったと調査委は説明していましたが、それが裏目に出た形です」 (片瀬さん)

 パソコンはまだ小保方さんの手元にある。調査委としては「新証拠」がいつ出てくるか予測できない状態だ。「泥仕合」が現実になりつつある。

 ◇内部告発者、保護徹底が急務

 失われた信頼を取り戻すにはどうすればいいのか。技術を経営資源として戦略的・効率的に活用するための 学問、技術経営(MOT)を研究する竹内健・中央大学教授は「論文を製品と置き換えると分かりやすい。クレームが寄せられたらいち早く経営トップに情報を 伝え、真剣に調査し、安全に関わると判断したら発表してリコール(回収・無償修理)する。少しでも遅れればリコール隠しを疑われて信用を失う。大衆消費財 を製造する世界中の企業が生き残りをかけて取り組む、危機管理の鉄則です」と解説する。

 危機管理の「お手本」とも言われる1982年の米国のタイレノール事件では、鎮痛剤カプセルを服用した 12歳の少女が死亡し、シアン化合物の混入が疑われた。製造元企業は疑惑の段階から大々的にテレビコマーシャルを打って回収を呼びかけ、大きな損失を出 す。しかし、その徹底した対応は消費者の信頼をつなぎとめ、混入を防ぐために開発した三重のパッケージも評価され、2カ月後には事件前の8割まで売り上げ を回復した。

 竹内教授は「タイレノール事件では、トップのみならず現場の素早く果断な決断が危機管理につながった。 研究教育機関のトップに権限と責任を持たせようとしても、横並び組織の日本の学術界では簡単ではないでしょう。むしろ一人一人の研究者が危機管理の意識を 持つべき時代になっている」と意識改革を訴える。

 今回の論文不正問題はネット上での疑惑追及が先行したが、理研が重い腰を上げ調査委を設置したのは内部 告発がきっかけだった。だが理研は告発者の存在を公の目から隠すどころか、調査報告書の冒頭で言及し「役員を通じて」と告発ルートまで明かしている。前出 の隈本教授は「私が知る若手研究者も正義感から研究不正を内部通報し、そのことが周囲に知られて研究室を追われたケースがある。理研を含めて日本の研究機 関には内部通報者保護の意識が欠けている」と話す。

 米国では80年代にバイオ分野で研究不正が相次いだことから「研究公正局(ORI)」という公的機関が 92年に発足した。ORIは通報者保護を徹底し、不正の告発を呼びかけている。不正が認定された研究者には一定期間、公的機関からの研究資金配布が禁じら れ、ORIのホームページで実名を公表されるなど厳しいペナルティーが科せられる。

 「成果主義が徹底され、研究費獲得競争の激しい米国では研究不正の誘惑は大きい。しかし、一度でも不正 が認定されれば事実上、研究者生命が絶たれるORIの制度は大きな抑止力になっている。日本の若手研究者も同様の状況であり、製薬会社ノバルティスファー マの臨床研究不正など健康・人命に関わる大規模な不正が相次いでいる。安心して告発者が通報でき、それに基づき調査される仕組みができれば、抑止力になる はずだ」(隈本教授)

 論文不正問題を受けて、理研は10日から有識者会議を開き、5月の連休明けまでに改革案をまとめる方針だ。調査を棚上げし、改革案を急ぐのは、今国会に理研を「特定国立研究開発法人」に指定する法案を政府に提出してほしいからだろう。

 「倫理指針、規定を厳しくするだけの小手先の改革では不正がなくならないことを、そろそろ分かるべきだ。法制化の必要があることを今回の件は教えてくれている」。隈本教授はそう語る。

 「未熟な研究者」たちが繰り広げる騒動はいつ終わるのだろうか。【浦松丈二】

毎日新聞 2014年4月18日