ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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欧州債務危機とフランスの動向9

2012-06-03 08:43:28 | 経済(ユーロ)
●トッドと国民戦線の違い

 フランスの人類学・人口学・歴史学の巨人エマヌエル・トッドは、ヨーロッパ各国の社会構造・精神構造の違い、言語の問題、国家・国民の自律性、人口動態の違い、移民に対する態度の違いーーこれら五つの理由を挙げて、ヨーロッパの統合に懐疑的な意見を表明している。ヨーロッパの通貨統合には構想段階から反対し、平成11年(1999)のユーロの導入後も反対を続けている。平成12年(2002)には、「私は、単一通貨ユーロの創設にも拘わらず、確固たるEU反対の立場を取り続けるものである」と宣言した。その後も一貫している。トッドもサルコジと同じくユダヤ系フランス人である。
 ユーロに反対し、欧州統合に反対する点では、トッドは国民戦線(FN)と主張が共通する。だが、トッドは基本的な立場が左派であり、マルクス主義を擁護する。この点では、FNと対極的である。そして、トッドはFNに批判的であり、同党が勢力を伸ばしていることを警戒している。これは左派のナショナリズムと右派のナショナリズムの違いと見ることができる。ナショナリズムには、右派と左派がある。左派にも、ナショナリズムとリージョナリズムやインターナショナリズムがある。
 トッドは、移民政策において、普遍主義をよしとし、差異主義に反対する。普遍主義と差異主義とは、家族型の価値のうち、遺産相続における兄弟間の平等・不平等という対にしぼって抽出した概念である。普遍主義は兄弟間の平等に基づき、世界中の人間はみな本質的に同じと考える。差異主義は兄弟間の不平等に基づき、人間は互いに本質的に異なると考える。フランスはパリ盆地を中心に平等主義的核家族が主であり、普遍主義的な価値観が強い。イギリスは絶対核家族、ドイツは直系家族が主であり、ともに差異主義的な価値観が強い。トッドは、英独の差異主義的な価値観を批判し、普遍主義的な価値観を広めようとしている。その根底にあるのは、権威より自由、不平等より平等という自由と平等の価値を広めようとする思想だろう。フランス革命を理想化し、フランスという国家に期待するナショナリズムが、トッドにはある。
 トッドは「国民共和主義者」と呼ばれる。フランス革命が産み出した共和国の理念を擁護する共和主義者であり、同時にフランスというネイション(国家・国民・民族)を愛する愛国主義者である。だたし、トッドの国民国家必要論は、普遍主義を普及するためにフランスという国家が必要ということであって、各民族の固有の文化の保持が目的ではない。それゆえ、私はトッドはフランスのナショナリストである以上に共和主義者であり、普遍主義者であると見ている。
 こうしたトッドにとって、FNはフランスにおいて差異主義を説く政党として警戒の対象である。フランスには南部のオック語地方のように直系家族の地域もあり、FNのような思想は直系家族の価値観の表れとトッドは見ている。トッドは直系家族の価値観を批判し、これを差異主義とし普遍主義的な価値観を広めようとしているので、ユーロに反対し、欧州統合に反対する点ではFNと主張が共通しながら、より基本的な価値観において違いがあるのである。この違いは、左派と右派という違いより、大きい。そして、トッドとフランス以外の諸国における極右政党の多くとの立場の違いともなっている。

●結びに~わが国は欧州模倣で針路を誤るな

 わが国は直系家族を主とする社会であり、フランスや英米のような核家族的な価値観とは異なる価値観を持つ。欧州にも直系家族の地域が広く存在し、ドイツ、オーストリア、ドイツ語圏スイス、ベルギー、スウェーデン・ノルウェーの大部分等がそうである。核家族的な価値観は個人主義だが、直系家族的な価値観は集団主義である。それによって国家と国民の関係の考え方が異なり、移民に対する対応も異なってくる。私は、フランスや欧州諸国における極右のナショナリズムは、こうした集団主義的な価値観の表れと見ることができると思う。
 欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策を進める思想は、単一通貨・単一市場を勧める思想と結合し、脱国家・脱国民・脱民族を志向する。欧州の経済的な繁栄が続いていた間は、そうした思想が大きな勢力を持っていた。これは資本の論理、市場の論理ともいえる。だが、経済的に行きづまり、社会的な矛盾が増大すると、国家・国民・民族の論理がこれへの抵抗力を増す。欧州における極右政党の伸長は、欧州のリージョナリズム、アメリカ主導のグローバリズムに対抗するナショナリズムの復興と見ることができると思う。ナショナリズムは、各国家・各国民・各民族における個別的な運動である。この点で、リージョナリズム・グローバリズムのような国際的な連携・統一を図る動きと異なり、広域的に大規模化することは難しい。だが、欧州の債務危機が深刻化する今日、この新たなナショナリズムが、欧州でどのように発展するか興味深いところである。
 わが国には、1970年代から欧州での統合の動きを先進的とみなし、東アジアでも統合を進めるべきという意見がある。1999年のユーロ導入後は、東アジアでも共通通貨を創設するのがよいという意見がある。私は、一貫してこうした意見に反対してきた。歴史・文化・宗教を共有し、各国の経済的発展段階も近い欧州でさえ、広域共同体や単一通貨には困難な課題がある。全く条件の違う東アジアでは、よほど慎重に考えるべき事柄である。だが、一部には鳩山由紀夫元首相のように東アジア共同体やアジア共通通貨を説く政治家や学者がいる。そういう人たちは、欧州の複雑な事情を見ずに、観念的な模倣に走っていると私は思う。東アジアに位置するわが国は中長期的な方向性を誤らないようにしなければならない。(了)

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