●欧州でのナショナリズムの復興
大国フランスの大統領選挙で、FN党首マリーヌ・ル・ペンが約18%の得票率を得たことは、欧州におけるナショナリズムの復興を物語るものである。
フランス大統領選挙の期間、折しもオランダでは4月21日、閣外協力する極右政党が緊縮財政案に反対し、連立政権が事実上崩壊した。オランダは、移民問題において、フランスよりはるかに深刻な状態である。フランスにおける移民の人口比は7~9%だが、オランダは20%に近い。オランダはEUの中で、EU加盟国以外の外国人にも、地方参政権を与えている唯一の国である。増大するイスラム系移民に地方参政権を与えたのだが、それによって大失敗し、国内に混乱が広がっている。
北欧諸国は、旧ソ連から自国を防衛する手段として、外国人を受け入れ、永住外国人に参政権を認めてきた。ソ連解体後もその伝統が続いているが、現在では失業率や治安の面の悪化が懸念され、移民反対派の勢力が台頭している。
平成23年(2011)7月、ノルウェーで爆弾テロと銃乱射事件が起こり、94名が殺害された。犯人の青年は「多文化主義をやめないと、西欧におけるイスラムの植民地化を止めることはできない」として、欧州からイスラム教徒を追放する「クーデター」などを主張していた。ノルウェーは、2世も含めると移民が総人口の1割を超える。事件の前月に行なわれた世論調査では、「移民に対して国境を閉ざすべきだ」と回答した人が54%。移民のノルウェー語試験を求める人も8割に上っていた。
スウェーデンでは自由と平等の名の下に中東からの移民を受け入れてきたが、その結果治安が悪化している。移民は簡単に永住権を獲得でき、故郷から武器を持ち込む。犯罪が激増し、加害者の99%が移民で被害者の99%がスウェーデン人という状態である。警察の人数より暴力的な移民のほうが多いので、警察が太刀打ちできない。
デンマークでは、イスラム系移民規制を訴えるデンマーク国民党が政権に閣外協力し、同党の戦術を取り入れた右派政党がスウェーデンやフィンランドで伸長し、北欧諸国でも多文化主義政策に反対または慎重という意見は増える傾向にある。なお通貨に関しては、フィンランドはユーロだが、ノルウェー、スウェーデン、デンマークは独自通貨を使用している。
他にも、ドイツ、オーストリア等でも、極右の政党の存在が目立つようになっている。かつてしばしばわが国のメディアが報道したネオ・ナチとは異なる民主的で大衆性を持った政党が勢力を伸長している。EU加盟27カ国のうち、極右といわれる政党が議会に議席を持つ国は14カ国。半数以上を数える。それらの政党は、共通して移民に寛容な多文化主義が欧州の伝統や文化遺産、国家のアイデンティティを破壊していると主張し、欧州統合やグローバリゼーションへの疑問や反対を呈する。移民問題と経済危機を背景に、こうした少数政党がキャスチングボートを握り、国内政治を左右する国が増えてきている。また既に欧州議会にも一定の議席を持っており、欧州全体にも影響を与える事例が出ている。
イギリスの独立系シンクタンク「デモス」は23年(2011)、英・伊・独等、欧州11カ国の極右政党や極右活動を支持する1万人超を対象にアンケートを実施した。調査結果によると、スウェーデンで平成22年(2010)に初めて国政進出を果たした極右政党・民主党の支持層は、16~20歳が63%を占めたという。スウェーデンに限らない。欧州各国で、極右政党は若い層の支持を集めている。移民との摩擦、就職難、失業等に苦しむ若い層が、自国や欧州のあり方を根本から疑い、針路を求めているのだろう。
ところで、本稿では、わが国のメディアの報道の多くにならって、「極右」という言葉を用いている。「新右翼」「右翼ポピュリズム」とも言われる。「極右」は、右派に対する極右派である。英語ではextreme rightという。わが国では right を右翼と訳すと、街宣右翼のイメージと重なるので、しばしば右派と訳される。leftも暴力革命主義が後退した現在、左派と訳されることが多い。
基本的な政治経済思想は、フランスや欧州諸国の右派は自由主義・資本主義、左派は社会主義・共産主義である。事情が複雑なのは、右派も左派も勢力の主な部分は、欧州の統合という方針を共有していることである。極右がこれらと違うのは、欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策に反対するところである。欧州の極右は、自由主義・資本主義を否定していない。極右と言っても、デモクラシー下の議会政党であり、一部を除けば武闘的な過激派やファシストではない。それゆえ、私は欧州で「極右」と呼ばれているものの主流は、ナショナリズムだと思う。ここでナショナリズムとは、国家・国民・民族と訳されるネイションを形成・維持・発展させようという思想である。ネイションの文化や伝統や社会を保守するという意味では、保守である。欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策は、この点では保守ではない。欧州の極右が表すナショナリズムは、欧州統合主義が席巻する以前のナショナリズム、すなわち18世紀から20世紀前半のナショナリズムの復興だろう。極右といっても、概ね自由主義的なナショナリズムである。欧州のリージョナリズムとともにアメリカ主導のグローバリズムに対抗する運動でもある。欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策の行き過ぎを正すという範囲であれば、排外主義とか人種差別主義という見方は当たらない。私はこのように観察している。
なお、ネイションより下位の集団に、エスニック・グループがある。ネイションが文化的単位と政治的単位がほぼ一致した集団であるのに対し、エスニック・グループは文化的単位の集団であり、いわゆる少数民族や地域言語集団等をいう。エスニック・グループが政治権力の獲得や政治的権利の拡大をめざす運動は、広い意味ではナショナリズムに含まれるが、私はナショナリズムと区別する際にはエスニシズムと呼ぶ。欧州にはバスク、カタルーニャ、スコットランド、ウェールズ、ブルターニュ、シチリア等のエスニシズムがある。1970年代に欧州統合の動きに抗して勃発した動きである。本稿では、ネイションの単位に水準を合わせているので立ち入らないが、欧州の極右の一部にはエスニシズムがあることのみ言及しておきたい。
次回が最終回。
大国フランスの大統領選挙で、FN党首マリーヌ・ル・ペンが約18%の得票率を得たことは、欧州におけるナショナリズムの復興を物語るものである。
フランス大統領選挙の期間、折しもオランダでは4月21日、閣外協力する極右政党が緊縮財政案に反対し、連立政権が事実上崩壊した。オランダは、移民問題において、フランスよりはるかに深刻な状態である。フランスにおける移民の人口比は7~9%だが、オランダは20%に近い。オランダはEUの中で、EU加盟国以外の外国人にも、地方参政権を与えている唯一の国である。増大するイスラム系移民に地方参政権を与えたのだが、それによって大失敗し、国内に混乱が広がっている。
北欧諸国は、旧ソ連から自国を防衛する手段として、外国人を受け入れ、永住外国人に参政権を認めてきた。ソ連解体後もその伝統が続いているが、現在では失業率や治安の面の悪化が懸念され、移民反対派の勢力が台頭している。
平成23年(2011)7月、ノルウェーで爆弾テロと銃乱射事件が起こり、94名が殺害された。犯人の青年は「多文化主義をやめないと、西欧におけるイスラムの植民地化を止めることはできない」として、欧州からイスラム教徒を追放する「クーデター」などを主張していた。ノルウェーは、2世も含めると移民が総人口の1割を超える。事件の前月に行なわれた世論調査では、「移民に対して国境を閉ざすべきだ」と回答した人が54%。移民のノルウェー語試験を求める人も8割に上っていた。
スウェーデンでは自由と平等の名の下に中東からの移民を受け入れてきたが、その結果治安が悪化している。移民は簡単に永住権を獲得でき、故郷から武器を持ち込む。犯罪が激増し、加害者の99%が移民で被害者の99%がスウェーデン人という状態である。警察の人数より暴力的な移民のほうが多いので、警察が太刀打ちできない。
デンマークでは、イスラム系移民規制を訴えるデンマーク国民党が政権に閣外協力し、同党の戦術を取り入れた右派政党がスウェーデンやフィンランドで伸長し、北欧諸国でも多文化主義政策に反対または慎重という意見は増える傾向にある。なお通貨に関しては、フィンランドはユーロだが、ノルウェー、スウェーデン、デンマークは独自通貨を使用している。
他にも、ドイツ、オーストリア等でも、極右の政党の存在が目立つようになっている。かつてしばしばわが国のメディアが報道したネオ・ナチとは異なる民主的で大衆性を持った政党が勢力を伸長している。EU加盟27カ国のうち、極右といわれる政党が議会に議席を持つ国は14カ国。半数以上を数える。それらの政党は、共通して移民に寛容な多文化主義が欧州の伝統や文化遺産、国家のアイデンティティを破壊していると主張し、欧州統合やグローバリゼーションへの疑問や反対を呈する。移民問題と経済危機を背景に、こうした少数政党がキャスチングボートを握り、国内政治を左右する国が増えてきている。また既に欧州議会にも一定の議席を持っており、欧州全体にも影響を与える事例が出ている。
イギリスの独立系シンクタンク「デモス」は23年(2011)、英・伊・独等、欧州11カ国の極右政党や極右活動を支持する1万人超を対象にアンケートを実施した。調査結果によると、スウェーデンで平成22年(2010)に初めて国政進出を果たした極右政党・民主党の支持層は、16~20歳が63%を占めたという。スウェーデンに限らない。欧州各国で、極右政党は若い層の支持を集めている。移民との摩擦、就職難、失業等に苦しむ若い層が、自国や欧州のあり方を根本から疑い、針路を求めているのだろう。
ところで、本稿では、わが国のメディアの報道の多くにならって、「極右」という言葉を用いている。「新右翼」「右翼ポピュリズム」とも言われる。「極右」は、右派に対する極右派である。英語ではextreme rightという。わが国では right を右翼と訳すと、街宣右翼のイメージと重なるので、しばしば右派と訳される。leftも暴力革命主義が後退した現在、左派と訳されることが多い。
基本的な政治経済思想は、フランスや欧州諸国の右派は自由主義・資本主義、左派は社会主義・共産主義である。事情が複雑なのは、右派も左派も勢力の主な部分は、欧州の統合という方針を共有していることである。極右がこれらと違うのは、欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策に反対するところである。欧州の極右は、自由主義・資本主義を否定していない。極右と言っても、デモクラシー下の議会政党であり、一部を除けば武闘的な過激派やファシストではない。それゆえ、私は欧州で「極右」と呼ばれているものの主流は、ナショナリズムだと思う。ここでナショナリズムとは、国家・国民・民族と訳されるネイションを形成・維持・発展させようという思想である。ネイションの文化や伝統や社会を保守するという意味では、保守である。欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策は、この点では保守ではない。欧州の極右が表すナショナリズムは、欧州統合主義が席巻する以前のナショナリズム、すなわち18世紀から20世紀前半のナショナリズムの復興だろう。極右といっても、概ね自由主義的なナショナリズムである。欧州のリージョナリズムとともにアメリカ主導のグローバリズムに対抗する運動でもある。欧州統合主義・多文化主義・移民拡大政策の行き過ぎを正すという範囲であれば、排外主義とか人種差別主義という見方は当たらない。私はこのように観察している。
なお、ネイションより下位の集団に、エスニック・グループがある。ネイションが文化的単位と政治的単位がほぼ一致した集団であるのに対し、エスニック・グループは文化的単位の集団であり、いわゆる少数民族や地域言語集団等をいう。エスニック・グループが政治権力の獲得や政治的権利の拡大をめざす運動は、広い意味ではナショナリズムに含まれるが、私はナショナリズムと区別する際にはエスニシズムと呼ぶ。欧州にはバスク、カタルーニャ、スコットランド、ウェールズ、ブルターニュ、シチリア等のエスニシズムがある。1970年代に欧州統合の動きに抗して勃発した動きである。本稿では、ネイションの単位に水準を合わせているので立ち入らないが、欧州の極右の一部にはエスニシズムがあることのみ言及しておきたい。
次回が最終回。
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