河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2216- ノルマ、グルベローヴァ、プラハ国立歌劇場、2016.11.6

2016-11-06 23:23:22 | オペラ

2016年11月6日(日) オーチャード

ヴィンチェンツォ・ベッリーニ 作曲
菅尾 友 プロダクション

ノルマ

キャスト(in order of appearance)
(序曲)
1.ノルマ(黙役)、エディタ・グルベローヴァ(S)
1.ポリオーネ(黙役)、ゾラン・トドロヴィッチ(T)
2.子供(黙役)

(オペラ)
1.オロヴェーゾ、オレグ・コロトコフ(Bs)
2-1.フラヴィオ、ヴァーツラフ・ツィカーネク(T)
2-2.ポリオーネ、ゾラン・トドロヴィッチ(T)
3.アダルジーザ、ズザナ・スヴェダ(Ms)
4.ノルマ、エディタ・グルベローヴァ(S)
5.クロディルデ、シルヴァ・チムグロヴァー(A)
5.子供(黙役)

ペーター・ヴァレントヴィッチ 指揮 プラハ国立歌劇場

(duration)
序曲 6′
第1幕 73′
Int
第2幕 58′


タイトルロール、1946年生まれですし、歌に多くを求めるものではありませんが、70を前にどのような声を出すのか、興味をひくところはありました。独唱パートはカスタディーヴァはじめ、至難の業と思われるところが少なからずあるし、で、かなり厳しい。半面、重唱や掛け合いのところでは相手方とのバランスが良くて美しいハーモニーが聴けました。
ノルマは滔々と流れるベッリーニ節があまりないというところもあってかなくてか、指揮、オケ、ともに腫れ物にでも触るような伴奏がユニーク過ぎる。結果、ほとんど、流れない。みんな、良かれと思ってしているわけだし、流れが無くても別に悪い話でもない。停滞するベッリーニ、ユニークな出来、味わいはありました。平土間の聴衆の妙な静けさもなにか積極的に輪をかけているようなユニークな雰囲気を醸し出していましたね。

第1幕は全部聴きどころで、
ソロが、ポリオーネ、ノルマ、アダルジーザと続き、
アダルジーザとノルマの二重唱と掛け合いが美しくつなぐ。
締めは、アダルジーザ、ノルマ、ポリオーネによる怒りの三重唱。
緊張感ある歌が続きました。

頭のところいきなり、トドロヴィッチのポリオーネ、至難なテノール。清教徒なんかでも同じでタイトルロールよりも相手役の方が困難極めつくしのテノールで。
丁寧にきまっていたと思います。ちょっと乾いた声質、最初はいっぱいいっぱいでしたが緊張感が、良いテンションを引き出してきました。徐々に滑らかに。まぁ、それにしても難しそうな歌ですね、聴いているほうは楽ですけど。
次のソロ、グルベローヴァのカスタディーヴァ、息切れしないけど声は頻繁に切れる。そしてフラットに。当方、あまり語りません。
ただ、パッセージがプツプツ切れて進行するのは妙な味わいがある。点が過去の栄光でつながって聴こえてくる。オケ伴はピアニシモの静寂、そしてスローにスローに、腫れ物に少し触る感じで。妙に、じっくり聴ける。まぁ、ユニークな伴奏ですが。

次の歌い手、アダルジーザのスヴェダ、ベッリーニはこの曲でタイトルロール越えの技をアダルジーザに与えないように意識して配慮していると思われますが、お見事な歌唱でロールの一役できますよね。
次の二重唱と掛け合いからわかるようにグルベローヴァとほぼ同じ声質で、ソプラノ二人による重唱が非常にバランスよく、美しく響く。
スヴェダさんはソプラノだと思うのですが、メッゾですかね。この1500円のバカ高いプログラム冊子には写真付き歌い手紹介欄に、ノルマはソプラノよとあるが、それ以外、声種が書かれていない。誤植もあり、粗末な1500円プログラムで、メモラビリアにもならない、ガベッジ行きのスーヴェニアーレベル。それは言い過ぎ。少しは役に立つ。

そして御三方の重唱、掛け合い。ここもバランスがいいです。ノルマが突出して目立たないのが良い方向に作用していると思います。均等な厚み、美しいハーモニーバランス。ベッリーニの流れが、ここで少しだけ出てきました。怒りの局面で、とはちょっと戸惑いもありますけどね。
トドロヴィッチのポリオーネ、奮闘。

場に緊張感が持続している。


第2幕は、さらに場の緊張度が高くなる。ストーリーの内容がドラマチック性をおびてくるので、ひしひしと伝わる空気感。
最後の、自ら火刑を科す下りのあたりからのドラマはお見事。オロヴェーゾのコロトコフも加わり、重唱に重みがよく出ている。
ベッリーニの筆の素晴らしさだけでなく、シンガー、オケ、舞台、三位一体、結集の強さを感じました。

演出は割と濃い味付け。
序曲の第一音が始まる前に緞帳が暗闇の中に開き、ノルマとポリオーネの抱擁。そして序曲、途中、お子も加わる。本編の内容を暗示させるものですね。
イタオペだと、どうもこのような味付けがワーグナーのようにしっくりこないものが多々あったと記憶しますが、この日のこの演出、重みがあると言いますか、違和感なく、しっくりときました。

場の明確な区切りはありません。上のほうから変な声が何度か飛んできましたけれど、そのうちの一つは場の区切りのところであったのかもしれませんね。つまり、ツウが鑑賞の邪魔をする。演奏会でもヲタクが一番邪魔なことをしている。クレームの矛先が大体ヲタクに向けられたものであると認識しない限り、永遠に続く悪いテーマ。まぁ、自刃しなければいけない覚悟は時として必要かもしれない。
それにしても突拍子もない大声の雄たけび何度かありましたね。あれ、なんだろうね。叫ぶのは死活問題なのか、叫び屋なのか。

舞台は終始、暗めで、その中に壁のような大きな積み木のようなものが動きながら進行。戦いには、フラヴィオ、ポリオーネ、ともにピストルで。服装共々、時代設定を変えているような気配だが、それ以上のものはなくて、ここは今ひとつな説得力。
暗めの舞台は、最後、奥から強烈なライトを照らして火刑をイメージさせるためにあったのかと、効果的でした。そして、幕直前、お子が上手から現れ中央に。ベッリーニの短いエンディングではちょっと動きが足りない感じでしたけれども、序曲からの登場人物とのつながりと、この先どうなるか、といったあたりの事をうまく暗示させる秀逸な演出になっていたと思います。
おわり






  

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