太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

巧遅は拙速に如(し)かず

2016-10-12 09:13:31 | 日記

新聞のコラム、社説など編集委員が書くものには時々、「よくこんな事まで知っているなあ」と感嘆することがある。特に故事の引用や著名な古今東西の著名人の言葉の引用、四季折々の句のお引用、地方の歳時記など、もし自分の記憶の中に有ったものなら脅威の物知りである。しかし、最近これらが筆者の著作テクニックでは無いかと思いだした。社会との接点が少なくなってきているであろう筆者(偉くなってしまって市井の出来ごとと無縁になっている人)が連載締切に困ればおそらくちょっとした出来事に故事などを重ね合わせるテクニックを使う。目の前の事実が如何に小さくとも探せば修飾に使えそうな、そんな事まで知っているのと読者が驚嘆する事を探す作業である。

ブログをなるべく永く続けようと思った日から、当然ネタに困る時がある。もし、自分が故事ことわざに精通しておれば結婚式のお祝いのスピーチで洒落た文句も言えただろうし、ブログのネタに困ることはない。しかし、偶に試みると頭の良い鋭い読者からは背伸びしていると看破されるから堪らない。物知り、訳知り顔をしても底が知れる。

それでも敢えて書くならば、社説に今問題になっている自衛隊の南スーダンPKOに対して「・・・・日本だけが拙速に撤退したら頑張っている他国のPKO部隊がどう思うか・・・」という一節があった。恐ろしい表現である。敵前逃亡許さずということか。ここで孫子から故事の引用『巧遅は拙速に如(し)かず』というのがある。ぐずぐずしているより上手でなくとも迅速に物事を進めるべきと言う意味である。危ないからさっさと引き上げようぜと思う自衛隊が居るだろうか。言われなくとも可能な限り任務を全うしたいと思っているのに他国がどう思うかを判断基準にされたのではたまったものではないだろう。

(18)・・・

吉沢が課長のところに現状報告に行くと、課長の方から

「砥粒事業部に相談したが、面白いアイデアとは思うがこちらも例年通りの準備を進めているところであり販売店会は重要な顧客の年1回の集まりだ。他事業部と共催となると古田常務と相談しなければならない。生憎ご存知のように古田常務は海外出張中だし。」と話し会いは持ち越しになったと説明された。確かに事業部だけで決めることはできないと吉沢も思った。来週には常務も帰国するので販売店会の会長に話をする前には常務に説明する必要もある。もし、事業部が勝手に話を進めているとなればもしもの時に責任問題にも発展しかねない。ここは慎重に事を運ぼうと本来の仕事の段取りを踏む事にした。その日の夕刻、再び三原ひとみから電話が入った。

「昨日は済みませんでした。変な相談をしてしまったような気がして。」と何やら後悔しているようであった。吉沢の方は頼りにされているのだと嬉しく思うところもあり、迷惑などとは思っていない。

「お詫びと言ったら何ですが、今日お食事でもどうですか、生意気ですけど今のままでは気が落ち着かないので。」と誘われた。吉沢も上から目線でモノを言ってしまったという多少の後悔もあったので出掛けることにした。彼女が予約したイタリアレストランに着くと三原ひとみが待っていた。小じんまりした店だったが静かで落ち着いた雰囲気だった。彼女は店の雰囲気に合わせたかのようにカジュアルだがファッション誌に出て来そうな装いであった。良く来る店のようで、何でも構わないと言うと彼女の方からお勧めのパスタと赤ワインをさり気なく注文した。向かいに座る三原ひとみは何時ものように真っすぐ目を見て喋り始めた。改めて彼女の目を見るとやや茶色掛った大きな瞳と丁寧に彫刻で仕上げたような二重瞼は人工の産物のようでありながら、やや上向き加減の鼻がどこか悪戯小僧を思わせるため妙な親しみを感じさせた。

「昨日はプライベートなことを喋り過ぎました。でも本当に誰からも祝福される結婚って難しいですね。吉沢さんが羨ましいです。」吉沢が来年の秋に結婚する予定であるという噂は社内に広がっていた。しかし、羨ましがられるほど順調ではないことは誰も知らない。三崎の両親は吉沢が母子家庭で苦労してきたこと、母親の愛情が強すぎて世に言うマザコンではないか、何れは母親の介護をすることになるだろうと不安要素ばかりが先立ち諸手を挙げて賛成してはいないことを三崎から聞いて知っていた。反対していると言うより心配であった。世間の親なら誰でもそうであろう、しかしそれでも最後は喜んで賛成してくれると吉沢は確信はいていたが・・・。

「羨ましがられるような結婚ではないよ、色々あるから。」と答えるのが精一杯であった。