29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

軍政がもっとも厳しかった時代のブラジル大衆音楽

2016-05-06 11:43:15 | 読書ノート
クリストファー・ダン『トロピカーリア:ブラジル音楽を変革した文化ムーヴメント』国安真奈訳, 音楽之友社, 2005.

  1960年代後半のブラジルにおける音楽ムーブメント「トロピカリア」を主題にした音楽本。原書はBrutality garden : Tropicalia and the emergence of a Brazilian counterculture (The University of North Carolina Press, 2001)で、著者は米国人の研究者。中身はかなり硬めで、当時の軍政に言及するだけでなく、ブラジルにおける階級闘争や人種差別、ナショナルアイデンティティをめぐる議論も扱っている。邦訳では細川修平が解説を記している。

  議論を単純化するとこう。1960年代半ばのブラジル大衆音楽は、ボサノバの発展形であるMPBと、「ジョーヴェン・グアルダ」と呼ばれるロック系音楽の間で売上を競っていた。前者の代表はシコ・ブアルキで、サンバとジャズの影響下にあり、アコースティック楽器を用い、中流・大卒層が好んだ。一方、後者の代表はホベルト・カルロスで、ビートルズの影響下にあり、エレキギターを用い、下層階級の若者が支持した。1960年代後半に起こった「トロピカリア」は両者を統合する試みで、ボサノバを参照しつつ、サイケデリック・ロックを演奏する。ムーブメントを主導したカエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルは北東部の貧しい地方出身だが、中流階級出身で大卒であるというのがアンビバレントである。

  当時サンバ~ボサノバという系譜がブラジルにおける正統とされていたのだが、これに対しトロピカリアは文化的雑食性(すなわち英米音楽からの影響の肯定)を掲げた。結果、以降のブラジル音楽への(ロックという)生産的な窓口が確保され、またブラジルのナショナルアイデンティティをめぐる論争を新たな段階に引き上げた、というのが著者の評価のようだ。こうした話のなかに「左翼的な闘争との距離感」「トロピカリアの資本主義に対する批評性」「軍政に反対するプロテストシンガーは拘留されなかったのに、なぜヴェローゾとジルは留置所に入れられたのか」「1990年代における米国での再評価」などのトピックが語られている。

  読み物としては面白い。だが、現在の耳でトロピカリア系の作品を聴いても古臭さのほうを強く感じてしまい、ボサノバ~MPB系の魅力に遠く及ばないというのが率直な感想である。文化的雑食性というコンセプトも、大衆音楽の世界でしばしばみられる「ジャンル横断」肯定論とそう変わらない。それはブラジルだけでなく、日本、さらには英米の大衆音楽にあてはまってしまう話だ。このムーブメントの革新性を過大評価するのも禁物だと思う。
  
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ボサノバの歌姫晩年のスタン... | トップ | 亡命者からブラジル文化大臣... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書ノート」カテゴリの最新記事