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直観に対する合理的思考の優位を心理学者が主張する

2024-05-10 12:40:59 | 読書ノート
キース・E.スタノヴィッチ『心は遺伝子の論理で決まるのか:二重過程モデルでみるヒトの合理性』椋田直子訳; 鈴木宏昭解説, みすず書房, 2008.

  心理学。人間の思考を直観と合理的思考の二種類に分け、前者に対して後者が優位となるよう心掛けるべきことを訴える。著者はカナダ・トロント大学の心理学者で、原書はThe Robot's Rebellion : Finding Meaning in the Age of Darwin (University of Chicago Press, 2004.)である。

  ベースとなる議論はリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』である。直観的な思考は脳の生理学状態によって導かれる。すなわち遺伝的基盤を持つ。しかし、遺伝子は自己を複製することを最大の目的としており、乗り物となる個体の生存や厚生と必ずしも一致しているわけではない(ただし大方一致すると考えられる)。したがって直観的な思考は乗り物となる個体を傷つけたりすることがありうる。また、人類が現在生きている環境は直観的な思考が適応した環境とは大きく異なっている。

  環境の変化に対応して、人間は合理的思考の能力もまた進化させた。この能力は、遺伝子のメリットを抑えて個体の厚生を高めることにも使用できる。乗り物の反乱、原書名に従えば「ロボットの反乱」である。直観的な思考でわたってゆくには、人間の社会はスケールが大きく、複雑になり過ぎている。直観は、身近な人物、せいぜい部族単位のスケールでしか機能しない。しかし、現代国家(あるいは国際社会)というレベルで協力行動を進めるには、直観の範囲を超えたレベルでの抽象的かつ合理的な思考が求められる。

  以上のような議論を、心理学実験の事例を多数交えて論じている。直観的な思考を「適応」すなわち合理的であると単純にみなしてしまう進化心理学への批判も手厳しい。なお、直観的な思考には習慣化によって身についたものも含まれる。また、ドーキンスの言う「ミーム」もまた、遺伝子と同様、自己複製のために個体の注意力や判断力を奪うものとして注意が促されている。

  合理的思考は自動的には作動せず、意識して用いる必要がある。また、合理的思考は失敗することもある。最後の章では、合理的思考の適切な作動のさせ方について議論している。最後の章はかなりの頁を割いて論じられているけれども、試行錯誤せよ以上のことは言えていないように思える。だが、それでも「合理的思考の優位」という著者の議論は説得力があるように感じられた。
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