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「自由読書」(Free Voluntary Reading)について

2008-04-29 15:27:38 | 読書ノート
スティーヴン・クラッシェン『読書はパワー』長倉美恵子ほか訳, 金の星社, 1996.

 『反社会学講座』でも引用されていたこの本は、そもそも読書が語彙や読解力形成に役立つことを、さまざまな研究をレビューしながら明らかにしようとした本である。結論は、「自由読書」は効率的な能力育成方法だということだ。

 専門家の手になるこの著作の主張は、『ヤバい経済学』や『反社会学講座』よりは信用できるのかもしれない。だが、注意しなければならない点もある。ここで「読書によって獲得できる」とされている能力は、かなり初歩的なもののようだからである。

 本書で具体的に挙げられている研究例のほとんどは、読書によって語彙を豊富に獲得できることを証明するものである。「読書によって読解力の成績が伸びた」という研究にも言及されてはいるが、説明は詳しくない(引用元をあたれということか)。

「自由読書」は、文学作品だけでなく、漫画もライトノベルも許容する。だが、これらの読書経験が、近年騒がれているPISA調査レベルの読解力を保証するようには思えない。「自由読書」は語彙の形成に役立つかもしれないが、テキストから重要な情報がどれかを判断できる能力の獲得や、批判的読解が可能なようには見えない。実際、そのようなレベルの読解力についての記述は本書で充実していないのである。

 そういう次第で、文部科学省が是非成績を向上させたいと考えているPISAレベルの読解力が、はたして「自由読書」で形成されるかどうかについては、もう少し詳しい検証が必要だと思う。個人的には、情報リテラシー、あるいは論理的思考力や情報の分析力といった、高度な情報社会で求められる能力の形成には、単に物語文を読ませる以上のアプローチが必要ではないかと考えている。

 また、漫画やライトノベルでも、語彙の形成に役立つということは同意する。だが、軽読書の経験が高度な内容を持った書籍を読むことに結びつくことについて、著者ほど楽天的にはなれない(これは公共図書館の資料選択の世界で「自然向上論」と呼ばれてきた考えだ)。

 もちろん何も読まないよりは読んだほうがまし、というのはわかる。が、そうした関心を読書に向けるような「情報を獲得する意欲」こそ、遺伝または幼児期の環境にかかわる部分で、政策的に関与しづらいのではないかという気がしている。その点「自由読書」(Free Voluntary Reading)というのは誤解を招く表現だ。これだと、大人が書籍を揃えて待っていれば、子どもは自動的に読書に向かうみたいに聞こえる。自由なのは読書の対象の話で、時間の使い方については読書を強制するのであり、その点に選択の自由はない。こうした強制は、能力のばらつきを抑えるために最低限必要な政策なんだろう。

 ちょっとネガティヴな書き方になってしまったが、読書研究の基本文献であることは確かで、内容も保証できます。
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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-04-02 00:16:50
残念ながらPISAにも有効という論文もあります
http://www.sdkrashen.com/articles/PISA_2009-US_Scores_Just_Right.pdf
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Unknown (hiroyuki-ohba)
2013-04-02 09:30:27
Unknownさま。リンク先の記事は特に自由読書に関する言及をしていないように見えます。ご指摘の点に興味があるので、もし異なる論文を指しているのならご教示いただければ幸いです。
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