福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

地蔵菩薩三国霊験記巻八、三偽りて夢想を示し罰を蒙る事

2024-05-16 | 諸経
  • 偽りて夢想を示し罰を蒙る事

中古平の京北野邊に住む老尼公あり。若き時は北面に立居を許されけるに我身の思案うすくして或は人を嫌ひ氏姓を擇びけるほどに年へて雪をいただき波をたたへければ何事もはばかりををき身となりて、自ら閑居の身となりぬ。孫を一人持たるを扶持すべきやうもなし。いかにしてか紅の色ある人とみなしてみんと願ひ壬生の地蔵へ参り御隔子の際にさしよりて伏し拝み肝膽をくだきいのりけるを僧の中に若き血気の法師此のおもむきを聞て尼公のそばに立ちよりて子細を委しく尋ねけるに、さればそれがし孫を一人もちたり。容顔美麗にして花の如しされども思ふこと叶ふよしもなく柴の扉のあけくれに貧しき中にをきふして年十六の春秋を送りむかへていたずらにはにふのこやのいぶせき床に住居して花の盛りも人しらずむなしく晩ぬべきをいたましく、夏衣のひとへに地蔵の御誓をたのみたてまつる。深山かくれの朽木にさく花なりとも(古今和歌集 巻第十七雑歌上兼芸法師「かたちこそみ山がくれのくちきなれ 心は花になさばなりなん」)梢にさかふるはなふさを開く縁につけさせ給へと祈り奉るなりとぞ語りける。元来ほのすぎたる法師にて然も今夜は廿四日なり。よきことこそござんなれと尼公に向て云ふは、神妙の心入れかな、忝くも地蔵は六道の教主今世後世能く引導す。就中經の中に此の菩薩は十種の福を得る中に財宝盈溢と説きて(仏説延命地蔵菩薩経「何况んや憶念せば 心眼開くを得て決定成就す。 亦是菩薩は十種の福を得しむ。 一は女人泰産、 二者は身根具足、 三は衆病悉除、 四は寿命長遠、 五は聡明智慧、  六は財宝 盈溢、  七は衆人愛嬌、 八は穀米成熟、  九は神明加護、  十は證大菩提」)たから内外にみちあふれ申すとなり。衆人愛敬と説れて今の望なんどはこまやかに加助し玉ふ。金口豈虚しからんや。」されども其の方の心少しにても疑念あらば感なけれん。されば古徳も疑い無きを信と曰ふとも釈せりと(妙法蓮華經文句・智顗説・釋分別功徳品「眼耳鼻舌身意。凡有所對悉亦如是。無疑曰信。明了曰解。是爲一念信解心也。」)さも殊勝げにのべければ尼は信伏随順し誠に薩埵の應身かとぞ思ひける。かくて法師は早くも晩方になれかしと相待つ。尼公は暁かけて灯のかげかすかなる所に衣引きかつ゛き通夜宝号を唱て睡居る。法師は寝入りあtるをうかがひて竹筒を尼公の耳にさしあててささやきけるは、汝明けなば早々下向すべし。さああらば初めて行逢ふ人こそ汝が女の夫とせよ。しかるに於いては栄華身にあまるべし、と云て我即ち地蔵なり。信心を感じて此の言を告ぐと云ひすてて竹を引く。尼公目をはっとさまして有難き示現と急て下向しける。件の法師たばかりすましよろこびて下向の道のさきへ行き廻て風とゆきあたるを尼公すわや是より御告げのところよと法師の手をひしと取りて申しけるは我が姫しかじかの御告げあり、御はからひにたすけ玉へと云ければ、然らば力なしたのまれ申さん。但し晝は人目をしのぶ明晩迎に人をまいらすべしと約束してかへりりけり。尼公思ひけるは真に地蔵の御はからひなんども我祈る処は相違して果報つたなき姫かなとにかくに南無蔵菩薩と申してひとりごとして出立をいとなみ迎の者を待つところに下部二人尋ね来たりて長持ちを掻き入れたり。不思議におぼへて開き見れば中に文一つあり。ひらきみるに此の所は人目を能々忍べし。彼の下部にもかくさせ玉へ、そのためかくのごとし。穴賢と書きたり。尼公是を見るにつけてもけうさめてくやしくもありけり。思の外の事なればあきれたりけれどもよしよし一度地蔵に任せ来る上はともかくも御はからひ次第と思い切りて姫が耳に口をあてささやきて云ふ。世の中のわびしく栖煩ひたる身は、うきをもつらきをも忍を心にあわぬ事も、ともにこらゆる習ぞかし。又近間にこそ御見に入らんと髪をかきなでて引きつくろひ長持にをし入れて上をひしと結び符を付けて下部に向て云く、此れ一大事の物なり麁くして打ちならし玉ふな、と云て渡せば下部かろがろとかきて出けるが、いまだ酉の刻(午後5時~午後7時)ばかりなり。主人の仰せけるは日暮たそがれの時に来れと白し付けられたりとて、あるところに長持ちをかきすへ日の入るをまちけるほどに、古き毬打を見付け圓き小石を玉として二人たわむれ打ち遊びける所に坂東下向の大名かとをぼしくて友人なんど打ち交じり供御の者数多引き連れて通りけるが彼の玉を打ち損ね主人の殿の立烏帽子を打落としたれば大に腹立て狼藉のやつばらなり、あれよと下知しければ雑兵ども・はりてとらへからめんと追けるほどに二人の男方々へにげさり行方しらずなりにけり。主人腹をすへかねて捨てをきたる長持を見て悪き奴原かな向後の為に其の箱打ちをせんとひしめけば若黨ども畏りたりと矢庭に踏み破りければ中には思の外に年の比二八ばかりの姫君桜色の薄絹にをしつつみ底深く入りたり。誠に容顔美麗にして心も言もをよばれず。手を打って悦び今度の所知入り是にましたる事あらじと輿にのせぞ下りける。若黨どものはからひこそをかしけれ。旁に草を飼ける牛の子をとりて、長持に入れ本のごとくにからげをきける。角て事なく彼女房は武蔵國司の北の方に成りて双無く目出度くこそ榮ける。彼の別當の下部どもかへり来たりてのぞきみれば長持は本の所にあり、うれしさに右も左もわきまへずかきて宿所にかへりけり。別當いまやいまやと待ちうけて忍々内へ入らせて大事の重宝あずかりたりと若き同宿一人招き寄せひそかに奥の間にたてこもり内々秘蔵のかざり物ども取り出し飾すまして心祝のから瓶子肴茶香を調へて灯高くかきあげ件の櫃をあくれば、さしも威き牛の子が開くを待ちかねとび出てはねまはり鳴きをめき飾の道具をふみちらすが行方しらず走り出ぬ。法師もしたたかふまれて息絶へぬ。人々聞き付けて肝を消しさまざまいたはりやうやう人心つきにけり。是人を謀る罪却って自身に皈ぬ。恐るべし慎むべし。たぶらかされしもの却って徳を得たり。これひとへに地蔵信心のゆへなり。

 

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