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64 ロクヨン 前編

2016年05月23日 | 邦画(16年)
 『64 ロクヨン 前編』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)以前、原作小説を読んでとても面白いと思い、なおかつ佐藤浩市が主演の作品ということで、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、昭和64年1月5日。
 まず漬物工場が映し出され、併設されている住まいの玄関から、肩からかばんを下げた7歳の翔子平田風果)が出てきて、「行ってきます」と言います。すると、工場の中から、父親の雨宮芳男永瀬正敏)が「遅くならないように」と、また母親・敏子小橋めぐみ)も「気をつけてね」と声をかけます。翔子は走り去っていきます。

 次の場面では、雨の中、車が2台工場に着き、そこから刑事が降りて工場の中に入っていきます。



 その一人の三上佐藤浩市)が大きなかばんを運び、また松岡三浦友和)は父親に、「県警の捜査課です。お嬢さんは必ず」と告げます。
 これに対し父親は「お願いします」と応じます。
 どうやら、翔子が誘拐されたようです。

 県警の担当者が今の机の上にテープレコーダーを準備し、また母親はおにぎりを作り、婦警(鶴田真由)がお茶を運んだりします。
 そこに、犯人の方から「約束のものを受け取りたい」との連絡が入ります。
 それから慌ただしく事態が進展しますが、身代金の2000万円が奪われてしまったものの、翔子は遺体で発見されることになります。
 その日は、まさに昭和天皇が崩御された1月7日。

 時点は平成14年となり、迷宮入りになった上記の事件(「ロクヨン」と呼ばれています)について、捜査員激励のために警察庁長官が県警に視察にやってくることに。
 事件当時「ロクヨン」捜査に従事していた三上は、今や県警の広報官。



 ある交通事故の加害者の匿名扱いをめぐり、三上は記者クラブと県警との板挟み状態に陥っています。この状況が長引けば、警察庁長官の視察にも齟齬が生じかねません。



 さあ、三上はその窮状をどうやって切り抜けようとするのでしょうか、そして「ロクヨン」の真相は、………?

 本作は、昭和64年が平成元年に変わるちょうどその時に引き起こされながらも迷宮入りになってしまった少女誘拐殺人事件を縦糸に、県警本部の組織の中でもみくちゃにされる広報官の姿を横糸にして構成されています。顰め面ばかりの主人公の顔を2時間見続けるのは少々問題があるとはいえ、出ずっぱりの佐藤浩市は素晴らしい演技を披露しますし、加えてストーリーが面白いので、あっという間に終わってしまいます。後編を期待させるに十分な前編の仕上がりだと思います。

(2)本作の主人公が広報官の三上であることから当然なのでしょうが、とにかく色々な問題が三上の上に立て続けに起きてきます(注2)。
 その結果、少しは笑顔の場面もあったほうが良いのではと思えるくらいに、苦悩する佐藤浩市の顔が画面に溢れることに。特に、娘の失踪まで三上が抱え込む必要があるのか、と少々疑問に思えてしまいます(注3)。
 でも、そんな疑問など吹き飛ばすくらいに佐藤浩市の演技は真に迫っていて、観客をグイグイ引っ張っていき見応えがあります(注4)。

 ただ、本作は2部作の前編ですから、やはり後編まで見てから映画全体を評価した方がいいものと思います。なにしろ、2部作物は、『るろうに剣心』とか『寄生獣』の2部作(注5)を除き、余りいい印象を受けていないものですから。
 なかでも、本作と同じようなサスペンス物である『ソロモンの偽証』では、前編が大いに盛り上がりを見せていたにもかかわらず、後編の息切れによって、全体的には普通の仕上がりだなという印象を持つことになりました。
 これは同作が、殺人事件をめぐって、前編で提起された謎が後編で解明されるという構成をとっているために、たどり着く解答によほどの意外性がないと後半がダレてしまうという事情によっているものと思われます。
 あるいは、2部作として間隔を置いて公開せずに、全部が通しで上映された場合には、前半の余韻が後半を見る際にも強く残っているでしょうから、印象が違ってくるのかもしれません。
 とはいえ総じて言えば、2部作物は、このところ流行っている感じがしますが、営業政策上からも仕方がない面はあるとはいえ、問題点も多いのではと思います(注6)。

 翻って本作の場合は、迷宮入りの少女誘拐殺人事件の真相解明という基本線が設けられているとはいえ、それだけでなく、県警本部内の組織対立(注7)とか記者クラブと県警の対立などまで描き込まれているために、随分と骨太の作品になっていて、前編の盛り上がりが後編でも維持されるものと思われます。

 さらに言えば、以前、5時間に迫る『ヘヴンズ ストーリー』(佐藤浩市が出演しています)を見て、瀬々敬久監督の作品(注8)は、いくら長尺であっても破綻することはないと思っているので、本作の後編に期待するところは大きなものがあります。

(3)渡まち子氏は、「前編は、どうしても登場人物紹介の色合いが強くなるが、佐藤浩市演じる主人公が、刑事ではなく警務部広報室の広報官というところが、個性的だ」として65点をつけています。



(注1)監督は、『アントキノイノチ』などの瀬々敬久
 脚本は久松真一
 原作は、横山秀夫著『64(ロクヨン)』(文春文庫)。

 なお、出演者の内、最近では、佐藤浩市は『起終点駅 ターミナル』、綾野剛は『リップヴァンウィンクルの花嫁』、榮倉奈々は『娚の一生』、夏川結衣は『家族はつらいよ』、窪田正孝は『ロマンス』、坂口健太郎は『残穢―住んではいけない部屋―』、筒井道隆は『深夜食堂』、鶴田真由は『さよなら渓谷』、吉岡秀隆は『グラスホッパー』、瑛太は『まほろ駅前狂騒曲』、永瀬正敏は『蜜のあわれ』、三浦友和は『アウトレイジ ビヨンド』、椎名桔平は『悼む人』、滝藤賢一は『残穢―住んではいけない部屋―』、奥田瑛二は『この国の空』、仲村トオルは『春を背負って』、烏丸せつこは『樹海のふたり』、菅田俊は『汚れた心』、小澤征悦るろうに剣心 伝説の最後編』、菅原大吉は『の・ようなもの のようなもの』で、それぞれ見ました。

(注2)本文の(1)で書いた匿名問題が起きているばかりでなく、三上は、「ロクヨン」の捜査に従事したことがある根っからの刑事部刑事でありながら、警務部の広報官に就いています。それで、広報室内部では、係長の諏訪綾野剛)から、すぐに刑事部に戻る人とみなされていました。
 また、警察庁長官の視察は、「ロクヨン」を捜査する刑事部マターと思えるにもかかわらず、記者クラブの取材を入れるというところから警務部広報室も携わることになり、県警内部の組織対立(下記の「注7」を御覧ください)を背負うことになります。
 さらには、ノンキャリ組の三上は、本庁キャリア組の警務部長・赤間滝藤賢一)から無能呼ばわりされます。
 加えて、三上には、その娘・あゆみ芳根京子)が家出してしまい音信不通になっているという事情まで付け加えられています〔三上は、身元不明の若い女性の遺体が見つかると、地方の警察から連絡を受けて確認しに妻・美奈子夏川結衣)と一緒に出かけるのです〕。



(注3)娘の問題があるからこそ、三上は、「ロクヨン」の捜査で録音を担当していた日吉窪田正孝)の母親(烏丸せつこ)に接近でき、彼の状況を把握できたわけですが、もともと広報官がそこまでする必要があったのかどうかよくわからないところです。

(注4)特に、三上が、本作のラストの方で記者クラブの記者に対して匿名問題の解決策を提示し、あわせて匿名問題を引き起こした事件の被害者・銘川大久保鷹)の人生について長々と語るシーンは、なかなか感動的です(劇場用パンフレット掲載の「Making」によれば、「脚本にして約9ページ」「通しで演技すると約9分の芝居」を、佐藤浩市の希望で「一気に」やったとのこと)。
 ただ、「匿名問題」に関しては、なぜ記者クラブ〔中心人物が、幹事社キャップの秋川瑛太)〕が映画で描かれているほど拘るのか理解し難い感じがします。確かに、実名にするかどうかの判断はメディアの側ですべきものかもしれません。でも、メディア側で本件については実名がぜひとも必要だとしたら、自分で取材すればいいのではないでしょうか?特に、本作の舞台は地方なのですから、加害者の特定にそれほど労力を要しないのではないでしょうか?まして、加害者が妊娠中で、なおかつ公安委員会の委員長の娘なのですから、探りを入れれば割り出せるように思われます。にもかかわらず、記者クラブの記者たちは、県警から提示される情報をただ待ち受けているだけのように思われます。
 逆に言えば、本作においては、こうした記者クラブ制度の問題点(メディア側の取材力の低下)が描き出されているとも言えるかもしれません。

(注5)『京都大火編』と『るろうに剣心 伝説の最後編』。『寄生獣』と『寄生獣 完結編』。

(注6)つい最近見た『ちはやふる 上の句』について言えば、この作品で話が一応完結しているように思えて、後編の『ちはやふる 下の句』までわざわざ見る気が起こりませんでした。

(注7)荒木田部長(奥田瑛二)が率いる刑事部と、赤間部長が率いる警務部との対立。なお、赤間部長は、県警本部長の辻内椎名桔平)と同様に本庁キャリア組で、キャリア組とノンキャリ組との対立も垣間見られます。

(注8)瀬々敬久監督の作品の内、『感染列島』(2008年)と『黒い下着の女 雷魚』(1997年)については、この拙エントリを御覧ください。



★★★★☆☆



象のロケット:64 ロクヨン 前編


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6 コメント

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Unknown (ふじき78)
2016-05-23 22:27:50
前後編の成功例が「るろうに剣心」と「寄生獣」であるなら、後半は以下の二点を取り入れると成功率が上がるのではないでしょうか?
・主人公の師匠が出てきて新しい技を伝授する。
・主人公が人間性を取り戻す為に若いカワイコちゃん(当然、榮倉奈々でしょう)とSEXをする。
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Unknown (クマネズミ)
2016-05-24 05:25:15
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「るろうに剣心」と「寄生獣」の成功例から何かを盗み出して本作の後半を工夫すれば、『64(ロクヨン)』2部作の成功はまちがいないでしょう。
でも、本作の主人公の三上(佐藤浩市)は、佐藤健とか染谷将太とは違ってすでに初老の域に達していて、同じようなことをしても様にならないような気がします!
例えば、佐藤健が藤原竜也に、そして染谷将太が浅野忠信と対決したように、佐藤浩市もなにかずっと大きなものと対決するように工夫したらどうでしょうか?
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対立の構図 (KGR)
2016-05-24 16:00:05
本庁と所轄、刑事部と警務部、あるいはキャリアとノンキャリ。よくある構図といえばよくあるし、わかりやすいといえばわかりやすい。
本作ではこれに記者クラブと広報部の対立があるわけですが、記者クラブの立ち位置、態度には納得できないものがありました。
場所や情報を提供してもらいながら、独自取材もせず、文句を垂れているだけ。
警察の肩を持つわけではありませんが、記者連中が何であれだけ偉そうにしていられるのか、なぜ県警があれだけペコペコしているのか、さっぱり理解できません。
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Unknown (クマネズミ)
2016-05-24 21:12:36
「KGR」さん、TB&コメントをありがとうございます。
昨今、マスコミを賑わわせている様々なスキャンダルは、大部分が記者クラブ発のものではないようです。それだけ、大手新聞社の記者たちの取材能力が落ちてしまっているということでしょう。にもかかわらず、記者クラブが大きな顔をしていられるのは、それが置かれている組織(県警とか省庁など)のPR活動にかなり協力してあげているという意識があるからかもしれません。県警の場合、例えば、交通安全旬間に際しては、マスコミで大きくキャンペーンして貰う必要があるものと思います。それに、県警内部の不祥事についても、できるだけ穏便に取り扱ってもらう必要があるものと思います。そんなこんなで、県警の方は記者クラブに対し頭が上がらないのではないでしょうか?
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こんにちは (りお)
2016-06-11 18:19:22
遅ればせながら…

二部作の評価は難しいですね。
特にこの作品は、ロクヨン模倣事件が起こった!というところで終わっているだけに、後編を見てからでないと…という気がしてしまいます。

娘の失踪は、美女と野獣に例えられた両親の、父親に似ていると言われ続けた思春期の娘がメンタルを病んでしまったことが原因なので、父親が抱え込むのは無理ないんですよね。
そこら辺の描き方は足りなかったかもしれません。
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Unknown (クマネズミ)
2016-06-11 20:41:02
「りお」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、原作を読むと、「娘の失踪は、美女と野獣に例えられた両親の、父親に似ていると言われ続けた思春期の娘がメンタルを病んでしまったことが原因」ということがわかりますが、本作のように父親が佐藤浩市では、とても「美女と野獣」とは思えず、「そこら辺の描き方は足りなかった」といえるように思われます(見ませんでしたが、TVドラマの方のピエール瀧だったら適役だったのかもしれません!)。
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