クルマとバイクと読書の雑記

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バイクの振り返り

2023-06-23 19:13:59 | バイクの話

白いTMAXから黒いX FORCEに買い換えて。

うちの駐車スペースが赤青黒白と色的に賑やかになりました。

 

 

今回のバイク購入を機に、ちょっと今までのバイクを振り返ってみようと思いました。

昔乗っていたバイクについて、けっこう記憶が薄れてきている自覚があって、まだ記憶にあるうちに一度きちんと記録してみようということで。

 

 

最初は1983年。

通っていた高校が原付免許までは取得可だったので、16歳になってすぐに取りました。

当時、家には母が足にしていたスズキのスージーという50cc原付と、祖父が乗っていたヤマハのメイト90cc?だったかがありました。

スージーでお茶を濁しつつ手に入れた、人生初のエンジンのついた愛車です。

初代のジョグです。

これが発売になってから、原付スクーターは一気にハイパワー時代に突入しましたね。

高校時代は、故郷の山道をとにかくこれで走りまくっていました。

地元が冬には雪が普通に積もる土地でしたが、多少の雪ではお構いなしで。

吹雪の中で走っていて、前が見えず道の境もわからなくなって、雪の畑にバイクごと突っ込んだこともありましたね・・・・・・。

車が少ない田舎道で、当時はまだ原付はヘルメット装着が義務ではなかったので、まんまエンジンのついた自転車という感覚でノーヘルで気軽に乗っていましたね。

 

1989年

大学に入って自動二輪中型限定の免許を取りましたが、しばらくはジョグに乗り続けていました。

そうしたら、大学の同級生がオフロードバイクにセルスターターのついたバイク(初代ヤマハセロー)が出るので乗っていたGSX-Rを手放すというので、それを譲ってもらうことにしたのが中型バイクデビューでした。

実車の写真はありませんが、

初代スズキGSX-Rの84年式で、色もまさにこの青白でした。

 

ところがこのバイクがあまり調子が良くなく、ギアが入りにくいなどストレスが多くて。

そしたら、たまたま出入りしていたバイクショップに同型のGSX-Rの中古車が入ってきており、追い金少しで買い換えられるということで思い切って同じバイクへの乗り換えをしました。

色はまさにこの初期型カラーで、マフラーはヨシムラサイクロンにカスタムされていた車輌でした。

 

1990年

ふと思い立って限定解除に挑戦してみようと頑張って、なんとか5回目でパス。

その時にまた、たまたまショップにGSX-R750の中古が入庫していました。

たしか価格が28万円で、当時の自分に手が出ないほど高価ではなかったのと、せっかく限定解除ライダーになれたのに活用しないのは勿体ないという思いがあり乗り換えることにしました。

これには、このまま学生時代の最後まで付き合ってもらいました。

北海道にキャンプツーリングに行って、帰りは自走で東日本縦断して帰ったり。

お金がなかったのでユーザー車検にチャレンジしたり。

なかなか思い出深いバイクです。

 

1993年

就職で京都へ戻り、通勤の足として原付を買い足しました。

ホンダの2代目ディオです。

写真のは紺色ですが、実際に乗っていたのは黒でした。

 

同じく1993年

就職してしばらく過ぎて、ある日急にGSX-R750のエンジンがかからなくなって、住まいの近くのレッドバロンに持ち込みました。

見てもらった結果、修理にしばらくかかるというのと、前傾姿勢のきついレーサーレプリカがしんどいと思うようになっていたというのがあって、たまたまその店舗にあった中古のゼファー750に買い換えました。

初期型の紺色。

これは乗りやすかったですね。

今でも中古がすごく人気で、おそろしく高値になってますよね。

ヨシムラのメガホンタイプ集合管にカスタムしていました。

 

 

1995年

こちらはディオからの買い換え。

通勤用のバイクでも制限速度30km/hは辛いと思っていたのと、2種原付に興味があったのが重なってアドレスV100にしました。

期待通りよく走りましたし、50ccと変わらないコンパクトなサイズはとても便利でした。

 

 

1999年

この年に結婚し、新居から勤務先が遠くなった際に妻から「小さなバイクで通勤されるのは心配」と言われたことで、当時流行始めていたビッグスクーターへ買い換えました。

乗り換えの後押しになったのは、1996年から大型二輪免許が教習所で取得できるようになって、一般的に大型バイクに乗ることがそんなに特別なことではなくなっていて、ナナハンにこだわる気持ちが薄れていたのがあります。

初代マジェスティです。

グレードは前後ディスクブレーキになるSVだったかな。

それまで「大きなスクーターなんてパワーはないし大柄だし面倒なだけなんじゃ?」みたいな思い込みがあったのですが、一気にファンになりました。

元々ライダーとしてハイスピードを求めるタイプでなかったのと、扱いが簡単で乗っていてすごく楽で。

「楽ちん=楽しい」という感覚もあるんだと実感しました。

 

1999年

結婚と同時に、アドレスV100をまた50ccスクーターに買い換えました。

3代目ホンダ・ディオです。

結婚してすぐに妻が、「私もバイクの足がほしい」と言い出して。

もちろん妻は車免許のオマケの原付しかないので 選択の余地なしで50ccです。

妻の名義で所有。

 

2000年

ディオは1〜2年乗ったのですが、たまに妻に借りて走ると背後から白バイが来ているんじゃないかと気になって仕方ない。

どうせならやはり2種原付にしたい。

それで妻に「教習所のお金は出すから小型二輪免許を取って欲しい。バイクも私が買い換えるから」と言ってみたところ、自動二輪免許を取ることは了承。

しかも、「どうせならMTも乗れる中型を取りたい」と。

 

そして、悪戦苦闘しつつも無事に自動二輪免許を取得してくれたので、ディオをこれに買い換えました。

ヤマハのグランドアクシス100です。

アドレスV100より大柄でホイールも大きいため、安定感がありましたね。

これも妻の名義で所有。

 

 

2001年

初代マジェスティからの買い換え。

2代目のマジェスティです。

初代もこれも3万キロ以上乗りました。

 

2003年

2代目マジェスティを2001年に入ってすぐに買ったのですが、その年の6月か7月だったかな。

ついにヤマハから大型スクーターのTMAXが発売になりました。

2代目のマジェスティを買ってすぐだったので最初は見送りましたが、せっかく持っている大型2輪免許が役立つビッグスクーターということで気になっていて。

2003年に1型TMAXへ。

これに買い換えたとき、妻に「マジェスティだったら私も乗れたのに」と、ちょっと不満を言われてしまった。

 

2008年

これはグランドアクシスからの買い換え。

通勤特急アドレスV125Sリミテッド(ウィンターバージョン)です。

原付スクーターとしては初の4ストで、これに乗るまでは小さな排気量の4ストなんて遅いんじゃないか?なんて思っていましたが、実際に乗ってみると驚きの速さでしたね。

妻の名義で所有。

 

2008年

1型TMAXには5年6万キロ弱乗りました。

2008年に3型TMAXへ。

 

 

2012年

4型TMAXへ。

先日、2023年4月に4万キロちょっとで手放しました。

 

2014年

2014年にアドレスV125からシグナスXへ乗り換え。

走行距離が4万キロを超えた現在も、まだまだ元気。

妻の名義で現在も所有。

 

 

2018年

2018年に転勤がきっかけでNMAX125を買い足しました。

こちらも既に2万キロを超えましたが調子は上々です。

バーハン化、フェンダーレス、マフラー交換などして自分のオリジナル車両になっていることで愛着が深まっています。

現在も所有。

 

2023年

そして今回。

4型TMAXからX FORCEへ買い換えました。

 

今回この記事について買ったバイクを全部思い出そうと頑張ったのですが、やはりかなり記憶が薄れてきているのを実感しました。

特に2代目のディオなど、「妻のための原付を買ったけど、ディオだっけ?ジョグだっけ?色は何だった?」とか、かなりおぼろげで。

シルバーのディオだったと気づいてからはそれなりに鮮明になってきましたけれど、数年後だったら思い出せたかどうか。

一応、全部まだ憶えていたようで安心しました。

 

 

16歳になってすぐに原付免許を取って、今が56歳なのでバイク歴はちょうど40年になります。

40年で18台というのは多いのか少ないのか。

まあ普通でしょうか。

18台の中で9台がヤマハのスクーターという。

私のバイクライフはヤマハのスクーターで始まり、ヤマハのスクーターで終わる、という感じですね。

 

 

 

 

読書の備忘録。

西尾維新氏作「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」

「私立澄百合学園に通う玖渚盾、十五歳。“パパの戯言”と“ママの法則”を携えた「平凡な女子高生」が、人類最強の請負人・哀川潤に誘拐されて、玖渚機関の牙城“玖渚城”に送り届けられてしまう!彼女を待ち受けていたのは、青髪青眼の少女たちとの邂逅と悲惨な殺人事件。はたして盾は謎を解き、無事に帰還することができるのか?新青春エンタの傑作“戯言シリーズ”、大団円の先の最新作、ここに結実!!」

いーちゃんと玖渚友の娘の話が読める日が来るとは。

やはり「戯言シリーズ」と竹氏のイラストの組み合わせは最高。

玖渚盾のキャラクターも良かったし、続きを期待してしまいます。

 

電子書籍では、

江本マシメサ氏作「スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約 2」

トロ猫氏作「一人キャンプしたら異世界に転移した話 3」

南野海風氏作「魔術師クノンは見えている 4」

枝豆ずんだ氏作「千夜千食物語 敗国の姫ですが氷の皇子殿下がどうも溺愛してくれています 1」

 

以上で今年の185作目。

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (me262a-1a)
2023-06-23 20:15:58
コメントを入れるにあたり、自分は何台?なんて思い返しました。^^

所有期間を少ないのも入れれば、4〇年で12台ぐらいでしょうか。ピィさんは複数台所有期間が長いので、やはり台数が多くなっているのでしょう。

しかし何というか、自分史という家系図的なところ。昔のバイク写真を探すのも大変だったと思います。
〉me262a-1aさん (ピィ)
2023-06-23 20:23:50
たしかに、就職して通勤用にDIOを増車してからは、ほぼ複数台所有ですね。
写真はデジカメ中心になる前はなかなか撮りませんもんね。
特に学生時代とか。
結局、ネットで同型同色を探すことに。
Unknown (T2)
2023-06-24 04:11:56
愛車遍歴も楽しいですが・・・
若かりし頃のピイさんが細い!!笑
Unknown (ピィ)
2023-06-24 04:51:19
ジョグの写真かな?
これは20歳になってすぐですね。
身長181cmで体重は67kgでした。
今は身長は変わらず76kg(笑)
でも実は結婚前にこの体重になり、結婚後は増えてないんですよ。
Unknown (tak)
2023-06-24 07:42:55
かなり乗り換えてますね。
これだけの数となれば確かに覚えてないのも出てきそうです。
自分は少ないのですぐ思い出せます(笑)
この中では黄色のTMAXが目をひきますね〜
〉takさん (ピィ)
2023-06-24 07:48:02
計算上は1台2年ちょっとですね。
複数台所有なので実際はもっと長いし、結婚後は夫婦二人でなので。
黄色は目立ちますよね。
CB400の黄色とかたまに見ると目で追ってしまいます。
スポーティな車種には映える色ですよね。
Unknown (mercury)
2023-06-24 08:38:47
初代DIOとV100が被ってますね~
GSX-Rのピィさん?想像つかないです。
あってみたかった!

ふと自分のバイク購入歴を思い出してみましたけど
車種も順番もかなり怪しい~
忘れてるのも多々?
まぁいっぱい乗ってたで終了(-_-;)

昔にバイクにかけた額を計算したことがあって、購入総額は郊外一戸建が買えるくらいは使ってました・・・・ね
〉mercuryさん (ピィ)
2023-06-24 11:50:22
順番とか覚えてらっしゃらないでしょう。
最大で一度に7台所有でしたっけ?(笑)
順番はともかく内訳を知りたいですね。
自分の指向はともかく中古車の巡り合わせでレーサーレプリカが続きましたね。
正直、性能の持ち腐れでした。

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