信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

雪の降る大晦日

2009年12月31日 15時00分26秒 | Weblog


信州へ移住して3年目の冬。
初めて28日から9連休の年末年始を自宅でを過ごすことができる。

大掃除といっても常に掃除は小まめにしているので、特にこれといった大掛かりなことはないが、やはりガラス戸磨きや、日々溜まっていく書類やチラシ、などの思い切りは必要となる。
いつも上野千鶴子さんの言葉を座右の銘にしているから、人は死んだらごみなると言いきかせ、大事にしてきた家計簿の束や写真など、ここで整理しなければいつになる?と腰を上げるがこれが如何に時間のかかる作業か。
こうして退屈するかもしれないと考えた年末の数日はすばやく過ぎ去っていってしまった。

27日に本屋さんでたっぷり時間を使って数冊の本を選び、年末年始で読みきるはずであったが、これは予測が悪かった。
そのままベッドの傍に積んである。
昨夜から雪は降り始め、今朝起きたら外は明るい銀世界となり、まだまだ一日中降り、元日も降り続けるらしい。
水分を含んだ軽い雪で、道路は車が蹴散らかしながら通るからびしょびしょである。
初日の出は八ヶ岳の東から登るから、お天気次第で雄大な初日を拝めるかもしれない。

昨年の出来事は思い返してまとめてみたが、悲喜こもごもの良くぞ沢山くぐり抜けてきた日々が思い出される。
しかし自分だけではない。
新聞を読むと訃報は余りある有名人が亡くなり、スポーツでは海外も含め若い人から熟練まで活躍し、政界は混乱続き、期待は薄くなり、何と変化が激しい1年であったのか。
派遣村は開設され不況には光は射さず、この冬の寒さを一層辛く感じるではないか。

来春にムスメはアフリカへ海外勤務に出て行き、入れ替えにムスコはアメリカ赴任から戻ってくる。
又それぞれの生活にドラマが生まれることであろう。
毎日の生活を心清く一生懸命生きていけば、一年の価値は心の中に造られていくと思われる。

外気温と寒暖差が大きくガラス戸に付く結露取りが目下の定期作業である。
溜まった結露をそのままにしておくと出窓やガラス戸の桟はカビの原因となり、後で散々な掃除を強いられることになる。
結露取りグッズも揃えた。



これは暖かな中央林間時代の住まいには考えもしなかったことである。
寒いからと炬燵にどっぷり入り、暖かな部屋で居眠りなどしている時間が無いのである。
3年前に引越しして来てマイナス15度の大寒波に見舞われたときは室内の草木は全滅したが、原村生まれのシクラメンは寒い中でも頑張って咲いている。
 
<新種の香りシクラメン2種>

 

来年・・・・予測もつかないが、悲しい出来事だけは避けて通って欲しいと念じて今年の記事は終わりとしよう。



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1年を振り返る

2009年12月26日 20時09分22秒 | Weblog
今日は土曜日。
仕事は昨日で終了した。
といっても近くの富士見高原病院の見学会を午前中に予定し、半日は仕事タイム。
帰宅してからやっと開放感が出てきた。
昨夜降った雪も融けて気温が上がり、暖かい午後の陽ざしに誘われ犬の散歩に出かける。
八ヶ岳は雪が積もり、麓は落葉松の葉が落ち、茶褐色の色で覆われ年末の景色としては大変のどかな様子となっている。


  

昨年はホワイトクリスマスであったが、雪が降らない方が生活は楽である。


昨年の今日はシカゴへの飛行機に乗っていた。
アルジェリアでの仕事を辞めたムスメは先に出かけ、オヘア空港へムスコ夫婦と出迎えてくれた。
極寒のミシガン湖で震え上がり、新年を迎え巨大な 
シカゴの市内へ行き、シカゴ美術館とクルミ割り人形のバレエを一日をかけて見る。
市内はマイナス20度にもなり、雪も積もる土地であるにもかかわらず、日本のように冬タイヤは使用しないためところどころで事故が続く。
海外で新年を迎えたのも生涯初めての経験であった。

アメリカから帰って早々に実家での母の1周忌を行なった。
1月に雪が降った後の凍った道路で2度も転んで頭を打って流石にCT写真を撮ったほど恐い思いをした。
同じ時期に心不全の検査を受け、まさかの心不全の傾向があるので要注意と診断を受けた。
頭と心臓がおかしくなったか~と親の法事の後だけに、自分の命の保障が不安定なことを感じる。
寒い時期は健康に余計に不安を感じるかもしれない。

ムスメは1月から上田の醸造元で蔵人になり全く違った仕事についた。
酒造りは寒い季節仕事で、全く経験のない世界に飛び込んで行った。

2月にこれまで乗っていたフイールダーが4輪駆動でないので雪国では冬になると
恐怖感と同居するので、思い切って買い替えに踏み切った。
長い間お世話になったトヨタからホンダに替わった。
一つずつ都会生活でのもの達から別れを告げている。

新車が手に入る頃自分が今度は飼い犬に手をかまれ、ひどい怪我をして、形成外科に受診した。
怪我は治っても代わりに重症の眼瞼下垂症との診断を受け4月末に1泊入院して手術をした。

手術後はひどい顔で回復に時間がかかり、手術したことを後悔しつつ、それでも
前向きで行かねばならなかった。
腫れが引くのに2ヶ月を要した。
職場には新人の同僚が配属になり、過去に自分が悩みつつ職場に慣れていく姿を後輩の姿に見ていた。

8月、ムスメは奥飛騨温泉で仕事を見つけ、元気に出て行った。
期限付きの仕事で、嫁入り修行と考えれば良い。
1時帰国してきた息子とその温泉を訪ね、50年ぶりに蛍を見たと感激したものである。

日曜園芸の畑は盛んに野菜が収穫でき、移住して3年目の畑作りは少しずつノウハウを会得してきた。

9月になりシカゴにいる息子夫婦と来年からアフリカで仕事をすることに決まった娘と共にラスベガス、グランドキャニオン、モニュメントバレー、ザイオンへの旅行に出かけた。
自分の仕事を持ちながら、海外旅行はなかなか気持ちの切り替えが付かず、不安交じりで搭乗していた。
もしかしたらこのメンバーでの海外旅行は最後かと思いつつ、子供たちが予定を
組んでくれた旅行先の思い出はすばらしいものであった。

しかし友人兼恩人が東京での重い病気の治療のため大学病院へ入院となった。
ここで又心が塞がり始めた。
何とか回復して欲しい一念となる。

10月中旬、車で追突を受け新車は大破し、修理に出し暫く代車で過ごすことになった。

11月には実家で母の3周忌を行い、母親のなくなった後の自分の居場所は過去の遠い思い出の中に重なり、人間60歳も過ぎると自分の住んでいる場所が一番心地良いと思うようになったのである。

そして12月になり間もなく、同僚がいきなり自死して亡くなった。
毎日それからは複雑な気持ちで仕事をこなし、悲しみをどこにもって行ってよいやら、インフルエンザの予防接種の大量の接種に追われ、時間は過ぎ去っていった。

こうして1年を振り返ってみたらまるでジェットコースターのような時間を過ごしてきたように思える。
くるくる忙しくくぐり抜けてきた。
年齢より若いとおだてられ、自分もその気になり忙しく働いてきたが、どうやらそれではいけないらしい。
認知症予備軍を気に掛けていたが、忙しいお陰でまだそのお世話にならなくても
良いようだ。
身のほどをわきまえ、過去は振り返ることなく、来年はすこし楽に生きてみたいものである。


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1日早いクリスマス

2009年12月23日 22時53分03秒 | Weblog
ようやく寒さが緩み、マイナス10度の翌日から楽になった。
今日は天皇誕生日にて休日となり、来年の春からアフリカで仕事をするムスメとも
2年間は会えなくなるので、一日前倒しのクリスマスの日を過ごそうと予定した。

大掃除も兼ねて午前中は掃除をして、午後から小淵沢のアウトレットへ行く。
混んでいるかと思ったが意外とそれほどでもなく、それぞれ掘り出し物を見つけ
小物も買い足し、満足して車に乗り込んだ。

夕食は小淵沢リゾナーレのすぐ傍にある、スウエーデン料理のメーラレンというレストランに予約した。
夏の間はリゾート客でお店は混んでいるが、今頃になると程よく客がおり、ゆっくり静かなスペースで食事が頂ける。
スウエーデン料理は東京に住んでいるときに何回か行ったが、移住して来てお店を見つけたときは嬉しかった。
時々無性にニシンの酢漬けが食べたくなる。

 

コース料理を注文したが、サーモンの燻製とマリネが食べたくて、
絶対にお腹が一杯で途中で待ったをかけたくなるが、欲張ってみた。



 

ニシンのマリネから最後のデザートの盛り合わせまで、ムスメとこれからの変わっていく生活も含め木の香りのする部屋で、
ストーブでは赤々と薪が燃えるのを見ながら話をした。

 


 


ホワイトクリスマスにはならなかったが、雪がチラつき、お腹が一杯になった後は
傍にあるスパテイオで温泉に入り体の芯から温まったのである。

後数日もすると今年も終わっていくが、昨年の今頃に比べて、
忙しさは相当ひどかったが、まあこれで無事終わるかと思うとよしとするかという事になった。
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寒い日々が続く

2009年12月20日 01時23分21秒 | Weblog
今週は天気予報どおり、低温が続き毎日雪が舞っていた。
朝起きると、窓ガラスを通して外が白く、開けてみると雪が積もっている。
ぞっとしながら窓を閉め今日の行動を考えてみる。

暖冬と言われていたが、いよいよ寒くなってきたと覚悟を固める。
気温は夜寝る頃に洗面所の窓ガラスで確かめられる。
ガラス戸の氷り具合でどの程度温度が下がるか、朝の気温の程度がわかる。
結晶になっているとマイナス5度以下になっている。

3年前に移住してきた3月の中旬、寒波が来てマイナス15度の朝は、布団から顔を出してぴりぴり痛かった。
拭き掃除に使った雑巾が凍っていたし、廊下のペットボトルが凍っていた。

あれから3年経って、温暖化のため、少し冬も楽になってきたかなと思っていたが、
いやはやどうして、寒さを痛さに感じる。

休日になったが、部屋はストーブを各部屋つけて暖めだらだら掃除に明け暮れた。
犬達が恨めしそうに我々にくっついてうろうろしている。
洗濯物を干したら、直ぐにカチンカチンに凍ってしまったので慌てて家の中に入れ、部屋干しにした。
冬はもう外へは洗濯物を干すことが出来なくなった。


ようやく4時過ぎすっかり掃除が終わり、完全防備して犬達を外へ連れ出した。
マフラー、帽子、マスクは必需品であり、それらを着けると、不審者まがいの格好になる。
しかし外へ出ても寒いため誰も歩いていたりしないから、堂々と歩ける。
犬達はセーターを着て、寒くても外へ出られて幸せらしく、運動公園で走り回るが
それを見ている人間はポケットに手を突っ込み、寒くて足踏みをしながら、犬達に帰ろうよと声を掛ける。

  



1時間ほど歩き回り、すっかり体は冷えて、犬を家に放り込み、ムスメと一緒に最も近くの温泉に出かけた。
雪がチラつき、道路は凍り始め、温泉は空いていた。
ありがたい・・・・・。
ゆっくり体を温めていると、近くの温泉でこれまで遠くからやって来て、
又何時間もかけて家に帰らなくても良いのだと、とても幸せな気分になる。

昨年の夏、カナデイアンロッキーに行って、コロンビア大氷原というカナダ最大の
氷河を見たが、夏でもバスの外では見物に10分以上はいられなかった。
スケールが違うがあの氷河の上での寒さと同じようなものかもしれないと、ふっと思い出していた。




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自分と向き合うこととは

2009年12月16日 21時42分45秒 | Weblog




土曜日、東京へ出かけたがバスの中で新聞を読みながら時々外の景色をポーっと眺めていた。
この1週間で亡くなった友人の姿が、声がいつも付きまとっている。
そんな心持でいるときに新聞記事が目に止まった。
読み終わって、その記事だけ持ち帰った。


子供たちに人気の作家が各地の学校を訪問する読書推進プロジェクトが作られた。
言葉の力を考えさせられる授業ということで姜尚中さんの授業の内容が載っている。
政治学者姜尚中さんの授業のテーマは人とのつながり。
親にも言えないことを相談できる友人がいるか?
他人との関係を考える前に自分自身とのかかわりを考える必要がある。
自己内対話と言い、人間には自分を見つめるもう一人の自分がいる。
内なる自分がそれでいいのかと語りかけてくる。対話することで自己を省みるという。

自己内対話がないと他人と繋がるのが難しい。
たとえば携帯メール。反射的に返信のメールを出してしまうのが常識と思っている。
けれど着信と返信の間に自己内対話をさしはさむ余地がないとやり取りは手軽な物になり心に届かないものになるという。
逆に他者とのかかわりがないと自己内対話が続かなくなる。

最近続いている他人を無差別に殺傷する事件は他人とのかかわりを持たない人間で自分の中での対話が出来ないため、自分をコントロールできなくなってしまうそうである。

姜さんは悩み多き思春期を過ごした。
その時に読書を通じて自己内対話を深めることが出来たそうである。

個人差があるだろうが、自己内対話が常にできる時間を持ちたいしそのような訓練を続けていきたいと思う。
重い神経症だった夏目漱石はぎりぎりのところで自殺をしなかった。
彼は沢山の友人や弟子に囲まれていた。
友情が彼を癒し人との絆を断ち切らないことが大切であることを説いている。

思い悩んだ時に孤独な自分を見出し、時には死にたくなる時もある。
そのような時は自分を追い詰めず周りと話せる人を見出し、
自分の奥に居るもう一人の自分と話しその時その時の考えを見つけ出したい。

友人を亡くし傍にいた人間として、又これからも周囲とはかかわりを持ち続けて生きていかなければならない人間として
今の心境に姜さんの言葉はとても納得できる言葉であった。

新宿へバスが到着する時に、そっとその記事が載っているページを切り取ってバッグの中にしまったものである。

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不幸は突然にやって来る

2009年12月13日 22時38分25秒 | Weblog
先週の月曜日、突然、友人を失った。
予期せぬことであり訃報を聞いてから、自分の内部がばらばらになった。
しかし仕事中であり、月曜日は何かと忙しい。
仕事の合間にニュースは次々ととび込んでくる。

涙を出したくても、あまりにも信じがたくて、ヒステリックになり、瞼のふちで止まってしまう。
それからが始末が悪い。

午後から夕方、夜にかけて感情の波が上がったり下がったり、反省の塊になり
自分がなぜ防げなかったのかとか、自虐的になる。
2日目からは管理者側からの毎日の質問攻めでこれまた悲しんでいる時間が持てない。
仕事が忙しいから時間に追われ、テンションが高くなっている自分がわかり、嫌になる。
3日目からは感情の壁が壊れ始め、何かというと涙目で目の前が見えなくなる。
考えてはいけないと自分に言い聞かせても彼女の声や姿が出ては消える。

否定したり、怒ったり、悲しんだり、取り留めのない自分がいる。
毎日残業になり帰りも遅くなり、朝夕の犬たちの散歩が出来なくなった。
生活はすさんでくる。
金曜日には、まとまりの付かないままの自分が、勤務時間終了後同僚と話をして
少し取り戻してきた。

そして土曜日、東京へ出かけミュージカルを見て、元気が出た。
一瞬1瞬、時間は決して戻らず、過去になっていく。
人生行路を進んでいく大きな船に乗っていた友人は途中で若くして降りてしまった。
まだずっと歳を食った自分はその船に乗り続けている。
いなくなった事実を認め、これからやって来る本当の悲しみを自分ながらに静かに受け止めていこう。



日曜の午後、静かな森の中を散歩して、木々の香りに癒され、1週間の荒れた時間によりくたびれた体が少し楽になってきたように感じる。

 
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ミュージカル、アイーダ

2009年12月13日 21時40分50秒 | Weblog
突然ながら先週、東京へ出てこない?とお誘いを受けた。
信州へ2年前に越してきてから、東京へは何度行っただろうか?
千葉の実家へ向かう途中通過の方が多いはず。

遊びに行くとかいった気持ちは作られず、買い物に行くこともなくなった。
なぜならデパートへ寄り素敵な洋服だと心が動いても瞬間的に、これはどこで着るの?着る場所がないわと諦める。
輝く場所へ出かけることがなくなった。
むしろ通勤までスニーカーやジーンズ姿が定番になった。

今回はメールに書かれたその言葉に妙に反応し、考えた挙句お受けした。
そして、その後ハイウエイバスの往復を予約した。

劇団四季のミュージカルのアイーダを見るために朝早く原村を出た。
昨日の冷たい雨の一日はすっかり遠ざかり快晴の朝となった。
八ヶ岳や駒ケ岳など車窓から見える山々は昨日の雨が雪であったようで、真っ白に積もっている。

新宿に着いたが生暖かい。
景色も違い、長野県の11月初旬の景色であり、銀杏並木は黄色い葉がついており
秋の景色となっている。冷え冷えとしたマイナス何度かの会話をしている地方とは大きく気温が異なる。

新橋で待ち合わせをして、安堵するまで大汗をかき、1年ぶりの再会で賑やかになった。

汐留もビルは林立し、絶対に一人では電通の四季の舞台のあるビルまではうろうろ迷って到着できなかったであろう。
金沢のおすし屋さんで目玉の飛び出る値段のお寿司をご馳走になり、1時の開場すれすれに間に合った。

これまで長い間東京に住んでいながら、ミュージカルの舞台を見に行った経験がない。
エジプト時代の物語はラダメスというエジプトの王女のアムりネスの婚約者とアイーダとの間の三画関係の悲恋物語である。

舞台装置もすごいが登場人物の声量と踊りに見入ってしまい、そのエネルギーに
2時間45分の上演時間は過ぎていった。
昼夜2回公演というが、この激しい舞台に、どのくらい練習を重ねてきたのであろう。
色々な職業があるが、プロ中のプロであり、しかも激しい肉体を鍛える仕事である。
自分などはいくら忙しいといっても、あのバックのダンサーの1分間の踊りに使う筋肉を使うにも及ばない。
毎日空しくぷよぷよの筋肉になっていくばかりである。

などと幕間のお茶を飲んでいると言ったら、医療職は見るところが違うねと、お誘いをしてくださった方から笑われてしまう。

四季のオーデションを受けることすらすごい難関だろうと思われるが、こうして舞台を見ると更に主役を勝ち取ることや、強靭な肉体に同じ人間としての違いをはっきり思い知らされた。

毎日なんだーかんだー言いながら、それでも甘い自分達がいるではないか。
カーテンコールで何度も何度も頭を下げる若者達に、たっぷりエネルギーを貰い、
再び新宿まで戻っって来た。

やはり東京は文化面で地方とは違いが大きすぎる。
空気はきれいで景色もいいが、こうして生の舞台を見たりするのは東京へ出てくるのが良い。
田舎に引っ込んだままどんどん面倒くさくなってくすぶったままの自分を引っ張り出してくださった方に感謝しつつ帰りのバスの中は疲れて睡魔に襲われ意識を失っていた。



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休日は短かすぎて

2009年12月06日 21時36分45秒 | Weblog
土曜日は一日中冷たい雨が降っていた。
先週は小春日和でとても幸せな暖かい日を過ごせたが、やはり師走となると話は違ってくる。
雨から雪に変わらねば良いがと願っていたが、今朝起きたら、快晴の空になっていたのでほっとした。

先週漬けた沢庵は水が上がってきた。
白菜漬けも半分の嵩に減った。
高山の赤カブも漬けたしまだ夏に漬けたきゅうりの古漬けも冷蔵庫でぺしゃんこにつけたままある。
一人暮らしなのに一体誰が食べるのかというほど一気に漬物を漬けてしまった。
さすが、長野県人。
冷蔵庫の暮れの大掃除を早めに終えた。

散歩をせがんで朝から足元でうろちょろしている犬達は我慢も限界と、吠え始めた。

チョット待った、の繰り返しをしていたがもう効き目もなくなり、仕方無しにエプロンを外し、リードを手に持った途端、みるきいが突進してきた。
この脳天気の犬はリードを持つと嬉しくてふっ飛び回り、ちょこまかせわしない。

昼過ぎはまだ暖かく、木々は葉が落ちて鋭い林の景色となってきた。

 


土曜日の欄に毎週落合恵子のエッセイが登場する。
とても身近な話題で、そうそう、とうなずいたり、似たような考えをする人はいるものだといつも感心して読んでいる。

母親を介護して見送り、ベランダに花を作り種を撒き、その話も出てくる。
昨日は分別と分別(ふんべつ)でごみの分別が最も難しいという。

日用雑貨はお土産までつけて友達に持っていってもらう。
ところが、資料として取ってあるチラシの類が山のようにたまっている。
お正月はベランダに隠したりして場所をあちこちに変える。
捨てるに捨てられないでうろうろしているだけで、益々増えていく。
資料を捨てる分別(ふんべつ)が出来ないと言う。

それを読んで確かに資源ごみに出す紙類の分別は整理に時間がかかる。
雑誌とか紙とか新聞とか何種類にも分けなければならない。
衣類はもっと時間がかかる。
もう着ないとわかっていても仕舞ってしまったりする。
未練がたらたらである。
今は冬はフリースオンリーになりカシミアのセーターなど何枚も持っていても
着る場がなくなってしまった。
といって、資源ごみに出す気持ちはまださらさら持ち合わせていない。
自分ながらけちと言いつつ衣装ケースに収めてしまう。

そんなことを思い出しながら、犬と散歩して歩いていた。
周囲の山々は南アルプスも北アルプスも八ヶ岳もみな光線の加減で峰の色が
それぞれ違って見える。

<南アルプス駒ケ岳>



<北アルプス>


<八ヶ岳>



そろそろ来週あたりは雪が舞い始めるかもしれない
師走の休日で気持ちの良い時間は直ぐに終わっていってしまう。

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約束が果たされ

2009年12月05日 18時27分11秒 | Weblog
 
 

11月20日に原田泰治さんがこの健診センターへ絵をご寄付下さり、その際表示されている案内文に問題ありと新しい表示文を作って下さると約束して帰られた。

間もなくそれが到着した。
忙しいはずの画家さんが僅か2週間で作成された。
2日の夕方わざわざ自ら届けて下さった。

何気ない案内文だが、原田さんの絵が今度はとても引き立つことになった。
絵は35枚寄付いただいたが、更に3枚増やされた。

原田さんは紫色の額を好んでいるという。
季節柄、各地の冬景色が壁に掛けられた。

案内文はがらりと変わり、すっきりとしたコンパクトな大きさになり、全体が変わった。

 


中で働いている者は、建物の中身はその都度変えているが、マンネリ化し訪れてくる人たちの顔しか見ない。


 

いずれ再来年この建物は新しく生まれ変わるが、その間原田さんの絵は人々の心を
優しく包んでくれるであろうと思う。
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色々心は移り・・・・

2009年12月03日 23時35分03秒 | Weblog



神奈川に住んでいる姉から野菜が送られてきた。
母の法事以来、距離が開いていたのが又縮まった。9歳違いの姉だが歳をとってくると母親的存在になってくる。
だがところどころは妹の方がしっかりしていると思われる節もある。

2年前に携帯メールの方法を実家で夜中までかかり、兄と姉に特訓した。
もうこれまで、と諦めかけたが時間と共に2人ともメールを使いこなし、即座に返事をよこすが妹は時間がない。
高原地帯に住んでいるので電池は直ぐに消耗してしまうため、なかなか通じないと抗議される。
妹はむしろ筆まめである。これは気が向くとのことであるが、今の時代手紙を書く行為は希少価値であるといわれ、メールで返事が来てしまう。

切手と葉書きの絵柄にこだわり、楽しんで書き投函するが、自分の老いを防ぐ方法と
自分は思い込んでいるから、どちらかというと自分の為にしていることになる。

今日も手紙の返事に姉からメールが来た。
宅急便を出しても連絡がないから、病気で倒れているのかと心配していたら、手紙が届き安心したという。
一昔前は礼を言うのに手紙が正式と言われたのに、スピード化した今はメールが当たり前になってしまったようだ。
味気がないから手紙を書き続ける自分は、時間差が生じると病気で倒れていると思われてしまう。
忙しい時代である。

今夜も不毛地帯を見て壱岐正の妻が亡くなった内容に、胸がしんとして言葉を失った。
仕事に追われて家庭から離れていた壱岐は妻の佳子を事故で失った。
壱岐はここではじめて人間性を見せたくれた。
エンデイングテーマは、トムラバーツブルースという。
この曲は一度聞いて忘れられなくなった。

曲が流れると独特の歌声が耳から離れないし悲しみを帯びているのがそっくりこちらの心の中に移り漂っているのだ。
雪が降りしきる中、壱岐がその中に立っている、歌が流れる、それを目の中に納め今週も終わっていく。

ああ明日は大仕事が待っている。
まだ気分は緩められない。

夜になってから嬉しい電話があった。
恩人兼先輩の東京に病院に入院中の奥様から、病状が好転してきたという。
先週、術後の心不全、肺不全、肝不全で駄目かもしれないとお知らせがあり、大きな手術の後の合併症と、何とか乗り切って欲しいと願うばかりであった。

冬の寒さがいよいよ増してきたが、これから雪が降るのは時間の問題であり、いつしか根雪になるであろう。
まだ東京の病院を退院して戻ってこられるには遠すぎるが、一応危ない時期を脱したと思わねばならない。

今夜は複雑な心情でおやすみなさい。


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不毛地帯

2009年12月02日 21時23分03秒 | Weblog
今朝は暫く振りに冷え込んで、通勤に向かう景色は一面霜が降りて真っ白である。
この高原地帯から茅野方面、諏訪方面に降りていくと、気温の差で放射冷却状態で霧が立ち込めている。
原村は高いから霧を上から見下ろすことになり、誠に幻想的な景色が広がっているのを見ながらその霧の中に突っ込んでいくのである。
松本はもっと標高が低いから濃霧注意報が流れていたようである。

 

山々は霧がたなびき、その向こうに北アルプスが雪を抱いた白い姿を見せている。
今日は満月である。
生憎と今夜から天気が崩れていくが、気温が低いから空は澄んで真っ青である。



朝は車の中はFM長野を聞きながら走っているが、三浦雄一郎さんが次は80歳でエベレストの登頂を目指し訓練を続けているという話を聞く。
75歳で最年長でエベレスト登頂を決めたが、日本人で三浦さんはエベレストは2回目、実は一緒に登って写真を撮ったチームには山岳写真家がおり、
エベレストは5回登ったという。

山岳写真を撮るには登山家でなければならないので三浦さん以上に自分の体調管理は厳しいそうだ。
そのような話が続く中、バックミュージックが流れてきてドキッとした。
曲は今、フジテレビで唐沢寿明主演の山崎豊子原作の不毛地帯のエンデングテーマである。
ロシア人が歌う、激しい吹雪の背景にぴったりの曲である。
不毛地帯は初めのシベリア抑留の情景に胸が塞がり、何度かチャンネルを変えようと思ったが、頑張って最後まで見た。
次回からも辛いのだが見てしまった。
最後のエンデングの曲が流れると、明日からの仕事が気持ちが沈んで胸が塞がったまま床に就いた。
その頃映画を見に行き、沈まぬ太陽を見た。
山崎豊子の時代小説は企業と政界の癒着、贈収賄、経営者の争いなどこれでもかと、何でもありの非常に重たい内容である。
唐沢敏明が演ずる壱岐正という人物は意外と軍人時代のまま清い心で企業の中で
生きて行くのかと思っていたらそうでもないドラマの進捗状況となった。

ライバル商社の遠藤憲一演ずる鮫島なる人物のいやらしさ、やりすぎだと思うほど。

いずれにしても骨太の時代を背負っていく男のドラマである。
明日は又不毛地帯のドラマのある夜である。
毎回見終わるとずっしりと心が重たくなり、でも見ずにいられなくなってしまっ
た。

それと水曜日の夜の、ギネ。
自分が若いときに助産婦で働いていたため、とても画面に親近感を覚える。
脚本や演出がとてもリアルで描写も細かく、事実に近く脚本家は情報収集をしていると思われる。

こちらは水曜日の夜に見終わるとやたら元気が出て、木曜日の朝の仕事はパワーが秘かにあふれている。いいことだ。
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