信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

居残り隊

2011年03月29日 00時24分37秒 | Weblog
昨日発見した光景だが、今日も見ることが出来た。
勤務先は諏訪湖畔にあるが、駐車場が離れているために7,8分ほど歩く。
そのとき、空き地にカモ達が日向ぼっこをしていた。
諏訪湖には近隣地域から何本もの川が流れ込んでいくが、常にその川には10羽近くの
鴨が泳いでいるのを眺めながら歩いている。
いつ見ても鴨の姿は可愛い。特にヨチヨチ歩く姿はつい立ち止まって眺めてしまう。

最近は鴨も渡り鳥にならず、冬が終ってもそのまま諏訪湖に居ついて
夏も秋も過ごすグループが居るようになった。

通勤時間に人間がぞろぞろ歩いて行くのに平気で慣れているのか逃げようともせず
羽を休めている。
目の前にいる鴨たちはとても可愛らしい。
カメラを向けてもそのまま動かず平気である。

最近辛い毎日だが動物や鳥の姿には心が和んでしまう力があるようである。

   
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不安なままに

2011年03月26日 22時50分51秒 | Weblog
東日本大震災から2週間が経った。
早かったような、のろのろとなかなか時間が経たず苦しいと思ったりしながら
帰宅しては夜はテレビにかじりつきニュース番組を見ていた。

災害に直接遭う訳ではないのに、その度に自分の心が露呈する。
いつのときも自分がその中にいるように不安でたまらなくなり、
抑うつ状態で過ごす。
どうして災害が起きると気象条件も悪く雨が降ったり雪が降ったり、
自然は容赦ないのか。
せめて被災者が寒さに震えずに夜眠れれば良いのにと恨めしい。

今朝も雪景色を見ながら考えていた。
この数日寒さが戻ってきて、雪が降っては解けて、今日はマイナス9度になり寒くて
やる気を起こさない。
しかし何かをしなければ怠けている自分が嫌になるので、台所で掃除を始めた。
ガスレンジの換気のフードの油汚れを椅子から落っこちそうになりながら磨いた。
きれいになればそれで良い。何か形になれば今は良いのだ。

この3日間、夜フジテレビでSP番組があり初めの日に何気なく見始めて、
その後3日間続けて見てしまった。
三谷幸喜の家族の絆を戦中から戦後に渡る時代の背景と共に描いたもので、
出演者も個性的な俳優が揃い見応えがあった。

ACのコマーシャルになるとNHKのニュースに切り替えた。
大人数の家族に囲まれてのそれぞれの生活ぶりが三谷幸喜らしく嫌味がなく
ずっとほのぼのしたり泣かされたりこの被災の暗い気持ちを救ってくれた。

震災後、ブログを書く気持ちがしぼんでしまった。
何を書いてよいのかわからない。
原発関連ニュースは次々と新しい不安材料が発生し、災害地の様子、
原発地元の避難状況、何が現地では足りないのか、ルポを見ては涙を流し
定まらぬ心になる。

災害後は被害が余りにも多岐にわたるので、毎日被災地の画面を見ては
復興に至るまでの膨大な手立てが必要なことを学んでいる。
今回、日本国民一つにつながり被災者に支援しており、東北の人々は不便さを
訴えてはいるが感謝の言葉も必ず出ておりそれがまた涙を誘う。

1万人以上もの死者を出し、我慢も限界を越しているのに東北人の人柄の良さを見せてもらっている。
何も書くねたが浮かばず毎日が過ぎていく。
災害に面して無能な自分に頭を垂れているしかない。
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情報と自分の均衡

2011年03月21日 11時58分25秒 | Weblog




昨日やっと福島の友人と連絡がつき話が出来た。
郡山に住んでいるが、被害地図に載っている地域だったので、どの程度かわからず
ただ元気でいて欲しいと願うばかりだった。

福島は中通地方、浜通り、会津地方と区別されるが今回は浜通りの被害で
地震 津波 原発との3重被害だが中通りは地震だけで大丈夫よという。
生まれ故郷も無事だという。
それでも屋根瓦は落ち二階のタンスは倒れ、家具は散らかりというがそれでもそんなもの相馬地方に比べたらどうにでもなると。

屋根瓦は今瓦の製造がなく新建材の屋根のため、店も職人そのものがいないのである。
もう屋根全体を何年かかかって改築しなければならいが、今はそれも考えられず
ビニールシートを張ってその場しのぎよと言う。
壁が落ちたり屋根が飛んだりしても、建築屋さんがいないのでそのままになっている家々が増え始めている。

今回長野も地震の被害が一部有り、そのため友人や知人から大分連絡を受けた。
ありがたいことである。
通常通り勤務していたので留守電になり、通話できず余計心配したそうである。

先方では長野で一人暮らしの老人は大丈夫かと真っ先に心配する対象だそうである。
そうか、私は自分を老人と思わず、若い者以上に働いている毎日なので、その差は大きい。
保健師の資格なのでこの際はお役に立ちたいと思うが、所属する身は自由にならず
毎日の業務を精一杯こなすのみでジレンマは大きい。

今日は篭城の実家に保存食品を宅急便で送る。
夏、取れた野菜を漬物にしたり、保存食をつくりいったい一人暮らしの私は
食べきれないが、誰が食べるのだ?と言いながらせっせと貴い野菜を加工した。
これが今回役立った。
諏訪には漬物用の味噌が売られており、これが評判が良く、野菜の保存用に、
荷物に入れた。

何か出来ないかとニュースを見ては考えるが、現実は暖かい家の中で被害地を
想像しても空しさと背中合わせである。
義援金や物資を届けてもそれ以上できないが、毎日の生活をひたすらつつましく
質素に絞り被災地に思いを寄せることしかない。
多方面からの大きな援助が続くが日本国民それぞれ被災地に想いをよせ、同じ思いで繋がっていきたい。



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東北人魂

2011年03月20日 00時33分35秒 | Weblog
先週自分の誕生日が震災日となった記事を書くが、その後1週間宮城や岩手の被害状況のニュースにおののき、頭は空白になるが日常の勤務はこなさねばならずミスを出さないよう必死だった。
生まれ故郷の福島は原発で連日報道され、親戚や友人は避難生活を送っている。

懐かしい福島なまりで話す相馬近辺の住民の人々の言葉に涙が出る。
この1週間涙腺が緩みっぱなしになっている。
今まで長いこと故郷から離れ都会での生活を続け、こうして信州で聞きなれた福島の
町や村の名前が流れるとするりと頭の中は古い思い出に戻っていく。

震災後のあらゆる方面からの支援も報道を見て知るが、この1週間で想像以上にスピーデイに被災者に届いている場所もある。
感謝、感謝と手を合わせたくなる。
ただじっと、ニュースを見ていれば早く早く救援をと気が急くが、
原発でも被災地でも相当数の関係者が全国から集まり不眠不休で
対応しているのを知り、その画面を見ては泣いた。
自衛隊も東京消防庁も東電も、日立の電力回復に当る1,000人の社員も何と頼もしいことではないか。
被災者は最悪の生活を本当に我慢強く耐え忍んでいるし、むしろ感謝の言葉を
東北なまりで言っているのを聞くと感無量になってしまう。

金曜日に健康診断に来た受診者さんと面談した際偶然、宮城の岩沼出身と聞き、お互い東北出身ですねと急速に距離が縮まった。
更にその方がムスメのJICAの駒ヶ根校の語学の先生の奥さんであることがわかり
世の中狭いですね~と泣き笑い。
東北出身は皆気持ちは一緒です、故郷が被災したけど、応援しましょうと別れた。

人生、故郷の日々より東京と神奈川での生活の方が長くなってしまった。
独身時代は福島出身であることを若さゆえ隠し、嫁ぎ先では田舎者と度々非難されて来た。
苦労を抱えて生きて来たがその長い日々を精神的におかしくならずに頑張れたのも
東北育ちで長い冬を過ごすことで我慢強い気質に育ったからであったと思える。
東北人は言葉も重く、目立つことはないが我慢強く実直な気質に雪国は人間を育ててくれる。
こうして全く縁がない地域でも仕事で60才を過ぎてもお役に立てる自分が
田舎者と馬鹿にされた昔を越える事が出来ている。

東京生まれの東京育ちの子供達には半分東北人の気質の母親のDNAを受け継いで欲しいと願っている。

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言葉が出ない

2011年03月12日 13時16分38秒 | Weblog
昨日は誕生日であった。
3月11日は日本最大級の不幸な記憶の歴史に残る日になってしまった。


このところ、ニュージーランドの地震での被害者がまだ見つからない状態で気持ちが暗いままであった。
今年は5年目の免許更新の年であり長野県人になって
の更新は初めてだから休暇を取り、わかりやすいように誕生日に朝早く
免許センターへ出かけた。

地震は午後塩尻で激しい横揺れで知った。
ニュースの画面で次々とライブで流れる現地の被災地は胸がつぶれる。
陸前高田や宮古、気仙沼、仙台、相馬、どの地域も津波で決壊し、火災も続き新たに更新される画像は信じられない。
流されていく壊れた家々、破壊の仕方が地獄のようである


言葉には表せない。
長野も今朝北部で新潟地域の地震の影響を受けた。
何度も続くので揺れていてもわからなくなってきた。
銚子の実家も音信普通だったが、先ほどメールが来て停電が続き、昨夜は死ぬかと覚悟したと言っている。
暗い家の中で怯えながらニュースも見れず全容もわからずじっとしている。


寒い季節の真っ只中津波にさらわれて亡くなられた方々の数も調べようもない泥沼
が続いている。
ああもう書くことができない。


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いきなりの降雪

2011年03月07日 22時12分17秒 | Weblog
昨日春の気配を感じ、頭が出始めたふきのとうを摘み天ぷらにした。
福寿草の花に得もいわれぬ幸せを感じ、春はもうすぐそこに来ていると信じて
月曜日の朝を迎えた。

外の道路を通る車の音に雪掻き者の音かな?   まさか・・・と思って窓から外を覗いた。

びっくり仰天 
外は一面の雪景色。
思わず玄関から外へ出たが軽く30cmは積もっている。
昨日雪が降る話など聞いていない。
あんなに春が近いと思っていたのに・・・と思ったがまずはこの雪をかかなければ
車が道路へ出られない。

空白になりそうな頭を必死で切り替えて雪掻きを始めた。
朝早いから外は誰もいない。
今朝の雪は水分が多く重たい。
泣きたくなるではないか。

渋滞は免れないから高速道路で出かけるが、高速に入る寸前で横滑りをして
あわや、土手にぶつかるかと恐怖に陥った。

まずい、それからスピードが出せない。
雪もどんどん降っているしいつもより道路は雪が残りがりがり状態で
安全を取って追い越されても構わずマイペースを守った。
途中のパーキングの入り口で車が一台横滑りでガードレールに衝突していた。

諏訪インターの先でも事故があったらしい。
突然の雪は一日中降り続いた。
やっと道路が乾いてきれいになったと喜んだのも束の間。
又暫く雪に脅かされながらの通勤になる。 
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三寒四温

2011年03月06日 23時06分26秒 | Weblog


先週は大変寒い週だった。
春が近いと何だか体で春の気配を感じていたのに、突然寒さが戻りマイナス9度となった。
可愛そうに窓辺の花瓶の花達は寒さで凍ってしまった。
部屋の中のバナナは真っ黒になった。
暖気運転が続き朝の通勤前のエンジンかけは長くなった。

どうにもそうなると元気が出ない。
やるべき仕事もまあいいかとなる。

東京では春一番が吹き花粉症も始まった様子。
休日は日差しが戻ってきたが、風が冷たい。

この1週間気が付かなかったが周囲の山々が犬の散歩時に、雪が積もり真っ白になっていた。
真冬でもこのように積もってはいなかった。
  



けれど庭では土の中から福寿草が出て来ていた。
以前よそのお宅の庭先で見つけたときは雪が降った後で傷んでいた。

まだ出たばかりのつぼみ状態は見つけた人を幸せになる力を持っている。
毎年ぐんぐん増えてもう4株になった。
木々の根元で暖かい風除けのある場所に芽が出ているが、畑ではチュウーリップの
芽がわずかにのぞき始めたのを今日発見した。



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