信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

かわいい・・・・

2013年08月30日 21時53分18秒 | Weblog


ひょんなことから新しいお友達が出来た。
何と、アルパカのいる動物農場のオーナーの奥さん。
いつも買い物に行く富士見町の途中にあるのだが、これまで気になりながら
途中下車する気持ちの余裕がなく今になってしまった。

今日はいよいよ決心して農場の前で停車して中を覗いてみた。
思った以上に何頭ものアルパカがいる。
そのうちの何頭かが目が合って近寄ってきた。

ううううう・・・・かわいい。
まつ毛が長く麗しい目をしている。
釘付けになり動けなくなった。

たまたま傍で解説してくださる方がおり、詳しいことがわかった。
オーナーは有機農法で野菜を作っている農家の方で普段は野菜の出荷で忙しく
近くにある農場にアルパカは開放されているという。
火曜と金曜日だけこの農場に戻ってくる。
東日本大震災以後何かで役に立ちたいとアルパカを飼い、花巻の子供たちを招待し
喜んでもらった。動物の癒しは思った以上に効果があったらしい。
以後、アルパカは子供たちを産み、(1回に1頭しか産まない)今13頭まで増えた。
学校に貸し出したり、観光客に見てもらったり、動物セラピーの役をしているという。

排泄は全員決まった場所に行い、きちんと順番を守り、絶対に別な場所にはしないという
お利口さんの集団でおとなしいし危害は加えないし、飼育がとてもやり易いと言う。

近寄ってきた子に手のひらに餌を載せて上げるとおとなしくなめて食べる。
その目と姿にめろめろになってしまうではないか。
今度美味しいコーヒーを入れますから是非お出でくださいと奥様から誘われたが
あのアルパカたちに会えるから喜んで!

          
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6年目の再会

2013年08月28日 21時16分06秒 | Weblog
気温が一気に下がってきた。
お盆を過ぎると秋の気配を感じ、朝夕の日の出と日の入りで日中の時間が短くなってきた。
夕方の犬の散歩は7時頃に歩いていたが、もう6時半には暗くなってきた。
早朝、肌寒さを覚え温度計を見たら13度。
何ですって?ストーブをつけたくなるではないか。

先週に続き、中央高速バスに乗り新宿まで行く。
朝の時間帯はいつも混んでおり、眠さを我慢して6時に家を出てバスに乗り込む。
東日本橋の歯科に出かけるが先週突然の歯のトラブルで休み明けに先生のお情けで予約を取った。
いつもながら近所の歯科では対応不可能と思われ、縋る思いで何とか先生なら助けてくれると信じた。
そして翌週、先生もかなり困難な治療を考え込んだ挙句、時間を掛けて治療をしてくれた。

治療が終わり気持ちは晴天となり、新宿での岐路のバスに乗り込むまでの時間の過ごし方を考えた。
そして日本橋から近い元勤務場所を尋ねることにした。
定年退職し、信州へ移住し、その後5年間諏訪での勤務に就いたので、東京に来る機会がなかった。
定期的に眼科と歯科の定期健診だけに来ていたが、すぐ近くに来ていたが
元の勤務場所を尋ねるのは避けていた。

それが今度はなぜだろうか、もっと遠い伊那に引っ越すために今しかないだろうと思い、
茅場町の駅に降り立った。
6年も経つと会社の組織は変わり、近隣に散らばっていた関連会社も含め一箇所にまとめられている。
壊しては新しい事業を起こすのがモットーの元会社はまったくの変貌を遂げ、6年前の姿はどこにも見られなかった。

受付で電話して幸いにも元同僚は在席し、しばらくして2人で諸手を挙げながら久しぶりーと
叫びながらやって来た。
6年間のブランクをまったく感じないお互いの外観であったが仕事振りは大きく変わったそうだ。
昼休みを含めさまざまな話をわあわあ言いながら何年分も話した。

26年前にこの企業に自分が入社した時にたった一人で健康管理部門を立ち上げ、重なる年月日で
組織と制度を作り、退職する時は全国関連会社の同僚を30数人まで増やし、ミッションを終了出来た。
自分の入社した時は経営者からは健康管理などいらないと反対されたいわくがあるが、
いまや健康産業の
最前線となっている企業は健康管理部門を会社の組織のトップに据えて投資する費用も驚く額であり
時代は変わって行った。

それからまた、会いたいヒトはいる?と聞かれ何人かに会い30分だけでいいからと言った筈が
2時間も長居して新宿へ戻ってきた。
気持ちは暖かくほのぼのとしていた。
思い切って訪ねて良かった。
箱物は大幅に変わっていたが、その中で働いている同僚たちは変わっておらず皆温かく迎えてくれた。

みんなが口々にあらぁ6年前と変わっていませんね~若いですねと言ってくれたが、内心私は
以前の私ではないと思っていた。
信州の勤務先が企業で働いていた私を変わらせてくれた。
そして自然も、農業体験も、交流した人々もみな沢山の知らなかった事柄を教えてくれた。
都会の仕事だけで終わっていた自分をこの6年間で恥ずかしいと思うようになっていた。

どこで暮らしてもいい、住んでいる場所は自分に沢山のことを与えてくれる人生の教師だと思う。
いつもながらバスから降り立った時に森林のにおいのする空気を思いっきり深呼吸した。

 

リコリスが今きれい。




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移ろい行く季節

2013年08月24日 21時10分06秒 | Weblog

酷暑とゲリラ洪水に攻められた8月も、もうあと1週で9月になる。
41度まで至った記録的な気温はこの信州も長野や飯田は38度までになり涼しげなイメージから遠ざかった。
高原野菜の原村は日中は炎天下の作業は無理で、朝夕に限って働くがそれでも家の中は涼しく
冷房なしの生活を送っている。
これから間もなく冬に向かって季節は変わる。
長い5ヶ月くらいを最低気温マイナス15度以下が続く日々、
寒さをこらえて春を待つ繰り返しだが寒いのと暑いのとどちらが辛いか、比較は出来ない。

今夕秋田の大曲で行われている全国花火競技大会をテレビで見ているが、
ついつい先週の諏訪の花火大会を思い出してしまう。

 

大雨に襲われ中止になり雷に脅かされずぶぬれで家に戻ったがその後も
毎日立て続けの行事に終われ、ほっとしたらもう月末だ。

花火を見た後、秋の虫が鳴き始めススキの穂が出ているのを確認し
ああもう秋がやって来たと毎年の季節の移行を感じるが今年は花火が無かったので
一寸違う。
大曲がりの花火を見ていて、誰しも地元の花火が一番立派だと思うのだが、
何だかいっぱしの信州人なったと思う。
1万8000発の花火が打ち上げられ、4万発の諏訪の花火のほうが多いとか思ったが、
いやいや、競技大会だけあってさすが全国の27人の煙火師の競い合いは度を越している。
これまで見たことも無い種類の花火が数多く、年々レベルが上がっていくばかりだそうで
地元の煙火師を応援するよりも、この季節日本人に生まれてよかったと心から思うのである。

出来ればいずれ秋田に旅行し大曲の花火大会を見物したいという望みを持った。
夏の終わりはなぜかセンチメンタルな気持ちになり、あれこれ感傷的になる。
今年は取り分けもう3ヵ月後には、この場所にはいないのだと毎日カウントダウン
しながら暮らしているのでなお更かもしれない。
中央林間で暮らし、原村に引っ越してきた時にも、前の居住地が恋しく
初めは小さくなって暮らしていたが、今も同じく伊那の良さを想いやるより
原村を去っていく寂しさのほうが強くなっている。
今年は長年の勤務から開放されたが変化に富んだ毎日が続き、暇だ暇だと言いたい日が
いつ来るのか願いたいが、9月になったら粛々と引越し準備に取り掛からねばなるまい。

野菜作りは初めて大玉のトマトつくりを行い、13センチ大の大きさのピカピカの立派なトマトが収穫できた。
これはわが人生画期的な仕事になった。
次々と赤くなったトマトは流石に食べきれず、にんにくとオリーブ油、バジルで味付けしせっせとトマトソースを作っては冷凍して別な忙しさを味わっている。

  



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諏訪湖花火観戦ならず

2013年08月15日 23時16分25秒 | Weblog
第65回諏訪湖上花火大会に今年も出かけた。
ムスメ夫婦は今年は参加せず、ムスコと一緒に暑い最中に諏訪湖へ向かって出発。
もう何年も欠かさず来ており、出かける準備も段々簡素化して最小荷物を抱えて
仮設駐車場に車を置き歩き出した。
かなり遠い場所に駐車場は設置してあり、後で来る楽しみのために暑さを我慢して
歩く。
刻々流れる花火大会の開催に向けてのLCVの放送を聴きながらだが暑さのために熱中症で
救急車で運ばれているという。
毎年より今年は暑さが異なり、7時までの始まりまで日干しになるのではないかと恐れるくらい暑い。
歩き出して20分くらい経ちいきなり雨が落ちてきた。
傘とビニールのカッパを用意していたがあまりの降り方の激しさに途中で雨宿りして
雨が上がるのを待った。
1時間はかかったが雷と激しい雨にこの先の不安を感じたが何とか待って堀から雨が噴出して浸水するのを
見守っていた。

会場に着いて、雨があがりいよいよ花火大会が始まる、7時になった。
山田市長が開会宣言を告げたところで再び雨が降り始めた。
終戦記念日であり、黙祷を捧げ、開会の花火が打ちあがり、いつになく派手に大玉の花火が上がり観客は
大喜び。
雷と雨に対抗し派手に何十発も打ちあげたので観客は大喜びだが、雷神の怒りを煽ったようで
どんどん雷雨が酷くなってきた、
開会から10分くらい経ったかと思う間もなく雷雨が酷いので実行委員会は花火大会を中断した。

稲光が周囲で何箇所も光り、落雷があり音が激しく、恐怖感が出てきた。
しばらくして雨を防ぐため傘や雨合羽では間に合わなく、敷いてあったブルーシートをかぶり
雷と降り続く雨に耐えた。
降り始めて1時間経ったが雷はどんどん酷くなり何箇所でもの稲光に震え、四つんばいで溜まる雨水に
ビニールシートの中で頭から足の先までびしょぬれになり動けないまま1時間半我慢した。
雷は一向に治まらず、手足が痺れ出したが、花火中止のアナウンスが出ても動けない。

パニックのために笑いたくなったが、、ブルーシートの中で固まっていたところ、外から声を
かけられ避難勧告が出たので大急ぎで移動して下さいと注意を受けた。
そんな事言われてもこの大雨でと思いながら、諏訪湖で水難に合っても嫌なので
やぶれかぶれになりながら、ビニールシートから出た。

後はもうどうなってもいいやの精神でずぶぬれで、駐車場に向かって歩き出した。
途中の施設では緊急避難所に変わり沢山の人が雨宿りしている。

JRも長野自動車道も不通になり周囲の大きな施設が避難所に変わった。
大変なことになっていたのだ。
ビニールシートの中でたまった雨に浸かりながら動けず雨が上がるのをひたすら耐え忍んでいたが
大変な経験をした。
1時間に80ミリ近くの雨が降ったのを後で聞いたが、岡谷から諏訪湖の地域はこれまでかってない
降雨量があったのだ。
途中の帰る道路は川になっていた。


花火大会でそれにぶちあたったのだが、まさに災害シュミレーションをいきなり行ったようなものだ。
今。帰宅して暖かいお風呂に入って全身ずぶr濡れになり低体温になった体を取り戻した。
災害にあい緊張した時間を過ごし、まだまだ自然災害に対して甘い自分を見出していたのが反省になった。
サバイバル体験は学習効果につなげなければならない。

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家の外枠が出来上がる

2013年08月08日 21時15分25秒 | Weblog
今日は先月16日に工事現場を見に行き、その後工事が進み細かい部分での打ち合わせが必要になり
午後から伊那に出かけた。
原村では家の中が涼しいから車で茅野まで下りていくに連れ、いやぁ、暑いわ、これで伊那谷も相当だろう。、
杖突峠を越えて標高が上がるにつれ、空気は冷たくなっていき、高遠に入るとまたこれは空気が
変わる。
まだついさっき桜で賑わっていたのに季節はもう今日は立秋で暑中見舞いも出さないうちに
残暑見舞いになってしまった。

工事現場はコンクリートの基礎の段階からがらりと変わっていた。
地鎮祭の際は縄で区切られていた部分を見たときに実際、小さな家だと思っていたが
足場が組まれ、屋根が葺かれみちがえっていた。
ストーブの煙突もついていた。

  

あちちちという気温のなかで屋根に上り日干しになりながら屋根を葺いている職人さんたちには
頭が下がる。
ただ、前に広がる景色は限りなく緑の田んぼが涼しげで、流れる風も涼しく暑さを心配することもなさそうだ。

来週からはお盆に入るため工事も1週間ほどお休みになる。
すぐに9月が近づき、いよいよ内装工事に入っていく。

図面で見た平面図と、基礎工事をしている部分を見ていくと、自分の家という実感がどんどん変わっていくものだ。
あと10年か20年、子供たちは住まない私だけで使っていくこの家は、かなり時間を掛けて
見取り図を書き換えてきたので、思った以上に使い勝手が良さそうだ。
次のうち合わせの時は、骨組みが見えなくなっているのでまた様子が変わっていることであろう。


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八ヶ岳薪能

2013年08月05日 12時17分43秒 | Weblog
8月3日は毎年恒例の薪能の日であり小淵沢の身曾岐神社へわくわくしながら出かけた。
幼い頃にいつも行事にわくわくし待ちに待った日を迎えていた時代が確かにあったのだが、
年々歳を増すと共に心が躍るということが遠ざかるのが歳を取った証拠か。

 

毎年、この季節、夕立の時期でもあり、予報を気にしながら神社の深い森に身を置くが、今回は
その恐れも無いような日中から暑い日であった。
3時半開場、4時半開演であるが毎年駐車場に苦労し、遠くの場所に置かねばならない日があり
家に帰るのに大分時間を要した思いがあったので今回、少し早めに到着した。
ところが何と、こういうときに限って、何だか駐車場はすんなりと近くに停める事が出来肩透かしを食った。



年々観客が増え、水辺に面した能舞台は涼しげだが、周りにびっしりと用意された全席指定の椅子の数に
圧倒される。

 


今回の出し物は    能、井筒 金剛永謹
           狂言 蝸牛 善竹十郎
           能  土蜘蛛 広田幸稔 金剛龍謹

 

で始まりは神事の清祓の儀が行われ、神に能楽の奉納を告げ能楽が始まるがいつもながら
蝉時雨の中、身が引き締まる思いである。
今年は地鎮祭、安産祈願、に続き神様に手を合わせる機会がいつもより多く、神頼みばかりしているように思える。

舞台が進み日が落ちてこのあたりで神事のかがり火点火が行われ、更にあたりは幽玄の世界の
中に引き込まれて日常の生活から引き離された。

 


狂言は言葉がわかりやすく、内容も笑いを誘うもので観客は大喜び。
なぜか中高年のお客ばかりで、今年は浴衣姿や絽の着物姿の女性客が目立ち、お洒落な姿に目を楽しませてくれる。
土蜘蛛の舞台は数年前に1度見ているが、今回は蜘蛛の妖怪が投げる蜘蛛の糸は金剛流の発明とか
で見事に舞台を細かい白い糸で埋め、すっかり引き込まれてしまった。
帰りに周りの女性たちが狂言は言葉がわかりやすいけれど、能はさっぱりわからないわねぇと言いながら歩いているのを聞き、皆同じか…と思う。
古典芸能は理解に苦しむがそれでもその雰囲気に浸り日本人に生まれたのを喜ぶ一つの場面でもある。
岐阜や関西の観光バスが今回は目立ち、遠くからの訪れに雨も降らず、鳥肌が立つほど夕闇と共に
気温が下がり、浮世から離れたひと時を過ごした。
来年からは遠く離れるので今年で終わりかなと思いつつ他県ナンバーから離れて帰宅した。
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引越しリスト

2013年08月03日 00時25分50秒 | Weblog

 

丁度7月の初めに頼まれ農業を手伝い始め、慣れない作業を必死で毎日受け入れてきた。
1カ月が経ち、作業の内容に変化が見えてきた。

ブロッコリーの出荷も一段落し、植えた苗が育つまで間がある。
そのため先週あたりから作業は大体出荷が午前中の早い時間で終了するので
一日2時間の勤務になった。

これは嬉しい。
終日働くと、体の負担も大きいし、家事が滞る。
年金生活者になり、身の丈にあった生活をしようと思い、これまでのいい加減な出費の
中身を反省し、つつましく生きようとやっとひどく遅いがその路線に乗ったところだ。

老人は誰かの役に立たなければいけない精神なので一日2時間の労働は丁度良いところかと思う。
今日実姉から電話が来たが、農家の手伝いをしていると言ったら、初めピンと来なかったらしく
その後まあ~あなたが…とけらけら笑った。

お昼前に作業を終え帰宅し、午後から庭の手入れを行う。
気の毒だが、ミツバチの溜り場になっていたラベンダーを刈り取りる。
ラベンダーも刈り時があり、花が咲き始めに刈らなければならないが、ミツバチがあまりに沢山
来て働いているので随分と咲かせてしまった。
この数日の大雨で、雑草が見事に伸び、短時間では取りきれない。
あと3ヵ月、10月には伊那に草木を移植しなければならない。
ムスメはお腹が大きくなるし、ムコは家業が繁忙期に入り、とても植木の穴掘りは
気の毒で頼めない。
などなど考えながら、草を抜いていたが、そろそろ野菜も収穫が終わればもう次の野菜は
作ってはいけない。
少しずつ庭は寂しくなって行くばかりだ。
今年3月、ムスコが入院した時に出かけた先の花屋で、百合の球根を買ってきた。
土に埋めたその後、大雪が降り芽が出始めた百合は黒くなって凍みてしまった。
がっかりして無駄になったかと思ったが、その後息を吹き返し、今元気に花が咲き始めた。
毎年買い足している百合は球根も大きくなり花の数も増えている。
夕闇にカサブランカの香りが流れてくるとしばし、手を休め想いに浸る。

ブルーベリーも熟した実を摘み取り、今年最大実を付けてくれた彼女たちなので、さあどの様に
移植するか、植木たちの引越しリストは今後の作業の大きな懸念事項となった。
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