信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

歳を考えて

2012年07月30日 23時30分38秒 | Weblog
月曜日、頭は空っぽ、体は元気。
と言いたいところだが、60歳を過ぎたらそれが通じなくなったようだ。
頭はクリアーに働いたが、2日間の労働に耐えた体は故障した。
草取りで夢中になり強い雑草を鎌で刈り取り、夕方までキレイになるまで気がすまないため
座り込んでいた。
結果、両腕が腱鞘炎になった。
握りこぶしができない。別にガッツポーズを取るわけではないから、陰でアイタタタと忍んでいればよい。
無理は出来ないことがまた学習できた。
朝から業務上1万2000歩歩いた。
腱鞘炎だからと夜になって自分に言い聞かせ、腕を使わぬようにした。
昨日刈り取ったラベンダーの花穂を指でしごいて乾燥用に保存する。
部屋中そうしたら極上の香りが漂い、ハーブ効果たっぷりの時間が過ごせた。指も
ラベンダーの香りに染まっている。
自分が疲れているのかなんだか訳が分からなくなった。
乾燥用の花束を毎日帰宅しては作ってぶら下げる。
これも都会では持てなかった時間の過ごし方である。

今年のトライアルはこのハーブを入れた三角のテトラ型のポプリを作ることである。
これはドイツで見つけてきたもので同じ形にできるか少し難しそうである。

涼しい気候の原村は今あじさいが綺麗な季節だ。



  
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フェンネルとラベンダー

2012年07月29日 21時39分22秒 | Weblog
5月連休あたりから何だか休日も含めて忙しく、やっと今週末開放された。
客用の布団もしまえない。
そんな中野菜がどんどん育ち始めた。
きゅうりは例年に増して毎日食べきれないほどぶら下がっている。
それ以上に雑草の侵蝕がひどいもので、熱中症を気にかけながらも草取りに専念した。
2日目の休日は、やらねばならぬと意を決して家中の要らないものの取捨選択して
朝から取り掛かかり台所も含め4つの部屋の断捨離を行なった。
暑い日は汗を流しながらも、綺麗にすっきりした部屋を眺めるのが気分は涼しい。
犬はごろごろ、あちこち移動しながら涼しい場所で一日中寝転んでいる。
全身毛だらけだから相当暑いのだろう。

草取りは黙々と果てしない作業だが、先ずはもって1週間。
自己満足の夕方、ふとラベンダーの畑のそばに昨年初めて登場したハーブのフェンネルが
沢山増えて育っているのを発見した。

フェンネル/Fennel
地中海沿岸の原産。石灰岩の多い痩せた土地でも自生するほど丈夫な生命力あふれるハーブ。
フェンネルを見かけて摘まないものは悪魔だ。という格言があるほど有史以前からヨーロッパでは
愛用されている。
と言われているが昨年たった1本畑の真ん中に育ったが1.6mくらい伸び摘むこともできず見上げては
ため息をついていた。
それがどうだろう、今年はこのまま行くと畑を占領されてしまう。
ウエンネルを使った料理? 難しいわねえ。

   

わすか1株50円で栽培農家から格安で買ったラベンダー4株が冬の寒さで凍ることもなく
驚く勢いで成長しハーブ畑を作ってくれた。
通常の3倍くらい大きい花穂を付けのでたっぷりと収穫できるであろう。
忙しい日々を乗り切って草花と向き合う休日は、心の中を整理できる有難い時間となるのである。

     

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幕が閉じた

2012年07月23日 23時05分44秒 | Weblog
     


3月、ムスメがアフリカから帰り結婚式の準備と共に新居の準備も同時進行。
おちつかない毎日となった。
と言って、何かを手伝うわけではないが、それと共に一緒にやってきたのが私の次なる居住地の
選定で、4月に伊那の農地を購入し、住宅地へ転用の申請を行なった。
5月末、結婚式及び新婚旅行ならぬ家族旅行を行い、帰国してぼーとした頭を修正しているうちに
この7月の結婚報告会並びに親戚との結婚披露食事会がやって来た。
両家の親戚がもう今後はないであろうと思われるメンバーが集まった。

前泊組は雷まじりの大雨で列車は大幅に遅れ、原村についたあと夜中の2時まで仕事に追われた。
翌日は夕方6時半から夕食会が行われ、子供は入り乱れ、全員自己紹介のため緊張も伴いムコ殿の
数多い親戚の全容が明らかになった。

通常ならお泊りだが気が付くのが遅く…そうだ!我が家には犬がいたと、夜遅く自分だけが家に帰った。
翌朝は朝食が終わるとそれぞれ、それぞれの家は予定に従い散らばっていった。
夕方、実姉夫婦が神奈川に帰るのを駅まで送り、開放された。

客観的にこういう場に出席してムスメの立場をお客さんの挨拶から推察し、嫁の母親としての認識もし、
ムコ殿の大陣営を拝見し、やっと娘を送り出したのだという寂寥感を味わうことになった。
娘の母は皆こういう感情を味わうのであろうか。
ボッカリと抜けた心の大きな穴。これはこれまで何回も海外へ出かける娘を送り出した時の気持ちと
は全く異なり、相手方の人間になってしまった喪失感であろうか。


結婚に伴う一連の行事はこれで終わり幕が閉じてしまった。
喜ぶべきなのであろうか、と思うがまだよくわからない。
犬はのんきに朝日を浴びて外を見ているが、ご主人様の複雑な気持ちは到底わからないであろう。

  
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老いては子に従い

2012年07月12日 21時39分34秒 | Weblog
旅行のまとめ

先月スイスへ旅行して、待っている期間と、その旅行を終えて過ぎ去っていく期間が同じになった。
成田を出てから10日間、毎日の経験が身につかないまま頭がボウっとして、また成田へ戻ってきた。
地球の歩き方のガイドブックを買ったが、読む時間がない。
機内で読めるかと思ったが映画を数本観て終わった。

娘と息子が旅行スケジュールを作り、ホテルの予約を取り、観光ルートを作り、それでも間に合わず
出かける日がやってきてしまった。
新郎の両親と新婦の母はおんぶにだっこで結婚式と新婚旅行に乗っかった。
流石に旅の途中で楽しんで、浮かれてばかりいてはいられないと気がついた。

海外旅行は言葉が喋れないから赤ちゃん並みの言語社会で心理的にはとても不安定な毎日だ。
その土地の景色や文化や観光という内容でそのバランスを取り、夜はどっと疲れて眠ってしまう。
今回はこれまでもそうだが娘と息子にドイツ語とフランス語、英語のおかげで旅行ができたし
育てた甲斐があったなどと心の奥深くで感謝した。

これまでもいつも海外旅行をすると色々学習をして自分なりに反省してきた。
なんの能力もない自分。小さい自分。取り柄も力もない自分。
しかしそれでも沢山感じさせられることがあり自分を変える機会になって来た。

今回も同じ。
もしかしたらこれが最後の海外旅行かもしれないと思った。
60の半ばになり体力も知力も減少するばかりで、すべて子供たちに頼る日々となった。
自分で考えることができたのは唯一お土産買いだけだったかもしれない。

美しい景色を見てもっと勉強してくれば良かったかもと思うが、知識だけ取り入れても
実感が湧かず多分頭の中には留まらなかったと思われる。

自分の行く先の老後の日々、子供たちとの距離、自分の使える時間の過ごし方、
娘の嫁ぎ先との付き合い方などが今回の旅行の中で考えたことだ。
これらは毎日の生活の中では考えるには及ばず、距離を離れた場所で客観的なった自分が
深く考えることになったため得たものだ。
フランクフルトの姪の生活を見てこれらもまた色々教えられた。
ああしたい、こうしたいというものがよく見えてきた。
子供達は随分と疲れたことであろうが、母は御蔭で学ばされたことが沢山あった。

老いては子に従い…何と的を得たことわざであろう。
今でも時々ふっと思い出す景色がある。
そして心がそのためにとても穏やかになる。
思い出とはそういうものなのであろう。

    

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フランクフルト最終日の街歩き  6月5日

2012年07月07日 22時55分21秒 | Weblog
姪に案内されてフランクフルトで買い物のため中心街へ向かう。
その前にもう手に入らないと思われるポーランドの食器類を買いに近くのお店に行った。
こちらは独特の色使いと模様の食器でお店の中を行ったり来たりしながらためつすがめつ悩みながら
気に入ったものが決まり、後で、姪に引越し荷物で送ってくれるよう楽しみが残った

フランクフルトは人口68万人の金融都市である。銀行や保険会社の本社ビルが立ち並び

   

ユーロを統括する欧州中央銀行の所在地でもある。
街の中を流れるマイン川と立ち並ぶ高層ビルにまたまた驚くがここはロマンチック街道の始まる都市でもある。

 

ドイツ最大級のターミナル駅であるフランクフルト中央駅からはドイツ各地への列車が発着する。
ショッピング街や観光の場所はまとまっており、レーマー広場の市庁舎は木組みの家々が並び博物館や大聖堂も
周辺にある。
マイセンの食器屋さんやヘンケルの刃物類の店などを見て歩き、時間が足りなくなってきた。

 

  

お昼ご飯に頂いたタイ料理とムスメたちが食べたフランクフルトソーセージ。
とっても美味しくさすが…。

 
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ストラスブールの大聖堂 6月4日

2012年07月07日 21時18分02秒 | Weblog
フランクフルトから続いたムスメの嫁ぎ先の両親との旅も最終日となった。
コルマールからストラスブールへ向かう。
ここで2つのグループに分かれ、私とムスコはドイツのフランクフルトへ車で向かう。
ムスメ夫婦とその両親はストラスブールで1泊して列車で翌日はベルンへ向かいライン川下りをする。
その後はパリでしばらく観光の日々を送ることになる。

10日近く密着した毎日を一緒に過ごすと、今度は別れ難くなり寂しさを覚える。
ストラスブールはフランスの都市であるが、車の駐車する場所を探すのに一苦労し結局市街地を歩き
食事をしてから観光をした。



  

この街には大きな驚くような大聖堂がそびえている。
遠くからでもその姿は大迫力があり、その前にいる人々が小さく感じる。
ヨーロッパはどの国でも教会や聖堂が建てられておりその規模が半端ではない。
圧倒させられ言葉が出なくなる。キリストの存在が歴史そのものとなっている。
昼食後大聖堂を見学するが、余りにも大きくて高い山の頂上を見上げるような高さである。

   

建築の彫刻といい、ステンドグラスの規模といい、どれもこれも人生初めて見る規模でへえ~とか
うわ~とか低レベルの言葉しか出てこないお粗末さである。
写真そのものの方がずっと迫力あり、実物を表現している。
修道着を着た修道士さんたちの一団にあったがまるで中世の時代にタイムスリップした感がある。
こちらで魂を抜かれ、夕方になりいよいよ目的地へ向かい別れる時間になった。

 

車部隊は寂しさを隠して一目散にフランクフルトへ向かうが、道路脇は田園地帯が広がり、サクランボの木が延々と続く。
ドイツで食べたサクランボは肉が厚く美味しかったが、柵も囲いもない畑で普通に木が並んでいるのでよくぞ
泥棒に狙われないものと感心する。

途中で大雨に会いながらフランクフルトに夜になって到着し、姪はご飯を炊き味噌汁を作り、キムチや
マーボウ豆腐や佃煮などを揃え嬉しい日本食の夕食を食べる。
明日もう1泊して日本に帰ることになるがこんなに早く日にちが過ぎていくなんて変だな?
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コルマール 続き

2012年07月01日 23時26分08秒 | Weblog
コルマールの商店の看板が集めてみれば皆特徴がある。

       



      

      

 

     

  
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おとぎの都コルマール

2012年07月01日 18時55分51秒 | Weblog


6月3日 8日目

結婚式が済み旅行もいよいよ終盤戦に迫ってきた。
2日間過ごしたスイスもお別れとなる。
ルツエルンで朝のローヌ川の景色を見納めして今度は一同最後の宿泊地もフランスのコルマールへ向かった。
ルツエルンからボーデン湖経由し、
山々や峠を抜け東フランスを抜けたり南ドイツへ入ったりしながらシュバルツバルトを通過する。
南ドイツあたりに差し掛かると街路には本場ラベンダーが一杯に咲いている。








お昼過ぎにコルマールに到着した。街そのものが木組みの建築で色とりどりに綺麗な建物が並んでおり
昼食を終えて見物をする。
宮崎駿のハウルの動く城のモデルとなった街であるとも言われている。
どこまでも石畳がしっかりと続き、ヨーロッパの街の特徴だ。
水路は船で見学し、街の中は車は通行できないので歩いてみて回るが1時間も歩けば大体の
街並みは見て回れる。



建築物はどの建物を見ても見飽きないし、中世の雰囲気で見物してみて歩いても楽しくてたまらない。
建物も店で売っている雑貨も、店にぶら下げられている看板も皆ユニークで長い歴史を感じさせられる。







今日の宿は黒柳徹子が泊まったと写真付き、シラク大統領も泊まったという古い伝統のあるホテルであった。
夜、これで旅行最終日で明日はドイツ組とフランス組に別れるため、夕食は最後の晩餐会になった。
結婚式も無事終え、旅行も終盤、とても雰囲気のある夕食を終えて寂しさも抱えて眠りについたのである。







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