信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

水の都、ルツェルン

2012年06月28日 21時47分59秒 | Weblog
教会での結婚式が終わり午後からお祝いの昼食会を行なった。



 

おとぎのような可愛らしいレストランで関係者一同で食卓を囲んだ。
やっと夢から醒めて食事ができたがたっぷり時間をかけてスイス料理を頂く。













 
昼間の時間が長いので、食事が終わってもまだ明るく、次にカペル橋の周囲のお店で時計屋さんのお店を
見て歩いた。
12,3年前に来たときにオメガのお店で時計を買いその時以来一筋に使い込んできた。
その店に入ったが、違っているのは客筋が大方インド人や中国人のツアー客で立て込んでいることである。

中国語での解説が付いている店もある。
甥が時計を見てこようと入っていったとたん、うわーワイルドと言ってすぐ出てきてしまった。
インド人の客で隙間がないくらい混んでいる。
世の中の景気はインドや中国へ回っていってしまったようだ。

ローヌ川の流れの中、白鳥をからかい、ホテルへ戻った。明日はおい夫婦とも別れスイスからフランスのコルマールに行く。
スイスの旅はこれで終わるかとセンチメンタルになった。

中央スイスの水の都でお城やアルプスの山、広大な湖に囲まれた古い街並み。
ヨーロッパの屋根と言われる山々や湖は今回車で走ったため十分時間をかけて眼の奥に焼き付けることができた。
娘も息子もとても尊い思い出に残る親孝行をしてくれた。

  

  

  

  

   
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古城結婚式

2012年06月24日 00時19分06秒 | Weblog

  

6月2日、素晴らしい青空の結婚式の日を迎えた。
フイアベルトシュテッター湖の東端の古城にある教会での結婚式である。
湖の正面にリギ山が雲がたなびき幻想的な景色となっている。

 

湖は風がなく、鏡のように光り空の青さを映しきれいなロケーションとなった。
親族の教会で上げる結婚式は初めてで、ハワイでの外で牧師さんが立ち会うのとはとても違いが大きい。
花嫁達は黒塗りの車で現れ、やがて教会の中で電子オルガンの讃美歌が厳かに奏でられる中、式が始まった。





花嫁の母は感動して涙を流すかと思ったが、そうはならなかった。
写真を撮るので忙しく、いいショットを撮って喜ばしたいという職業意識で、花嫁の母の意識はおろそかになってしまった。

花嫁と花婿の写真は掲載出来にくいので、当たり障りのない写真で雰囲気を伝えます。

  

          
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中央スイスルツェルン

2012年06月23日 22時22分30秒 | Weblog
6月1日、3日間見上げる山々の麓で暮らしたグリンデルワルドを離れる。
ユングフラウ、マッターホルンと2つの名峰を見ることが出来、車窓から離れていく山々を見ながら
言うに言えない寂しさを感じる。



12年前も同じだった。
ただこの時は列車だったから、今回のように車での移動は途中のインターラーケンを通り、湖とアルプスの山々が
右に左に見えながらだんだん遠くなっていくのを見ているのは別な想いがある。
ドイツからローマへの最短ルートはアルプスを縦断するゴッタルド峠でこの峠の北に位置するのが中央スイス
である。この地方の中心に大きな湖があり、その湖の西端にあるのがかってスイスの首都であったルツエルンである。
湖と共に発展してきた美しい古都で明日ムスメたちの結婚式が行われる。

前回はリギ山やピラトウス山に登ったが今回は時間もなく、午後から到着したルツエルンの街の中を歩き回る。
ホテルに着き、ドイツから結婚式に参加する甥一家も到着していたので一緒に合流した。
ルツエルン中央駅は古都の玄関に相応しい壮麗な見上げるような大きな建物である。

  

夕方なのに明るく、車は締め出されているので道路は綺麗で静か。



石畳の路地を歩き、街のシンボルのカペル橋を渡り、湖伝いに教会を見ながら氷河公園でライオン記念碑を見る。
フランス革命の際、ルイ世とマリーアントワネットを守り命を落とした兵士786名の記念碑である。
脇腹に槍が突き刺さり痛々しい。





 

そのあと市街を囲む城壁を回り、再び湖まで石畳の街を店を覗きながら戻ってきた。
カペル橋のかかるロイス川に白鳥が泳ぎ、そのそばに立ち並ぶホテルと飲食店は夜になるにつれ
観光客が夕食で賑わう。
      

明日の結婚式の前夜祭であり、チーズフォンデーユを頼んで本場の味ビールと共にを楽しんだ。
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幻ではなかったマッターホルン

2012年06月17日 22時44分41秒 | Weblog
5月31日

昨日は素晴らしいお天気に恵まれたユングフラウヨッホだったが、翌日は曇りとなり山は天気が変わりやすい。
今回のスイスはユングフラウも見たいが出来たらマッターホルンまで
足を伸ばしたいという計画でレンタカーを借りたのである。

スイス地方は曇りで頂上は見えないかもしれないが、行くだけ行ってみようと意見が一致し、サンドイッチをしっかりつくり
車に乗り込んだ。

途中で山が深く、トンネルの中をくりぬいた線路を車ごと列車で運んでくれるスイス人の驚くべき才能をまた見せられた。
30分ほど車がつながる列車に乗りいよいよ深い山々に迫っていく。

  

グリンデルワルドから3時間近くかかるもうイタリア国境近くの山で世界でも有数の山岳リゾート地ツエルマットに着く。
ツエルマットは谷が深すぎて周囲の山が何も見えない。登山鉄道でしばらく登ると
乗客がおおーっと叫び目の前にマッターホルンの山がいきなり迫ってくる。

   
   

   


周囲は4,000m級の山々が29も連なるというが谷が深すぎて登山電車がゆっくり登っていくが真っ白い氷河が次々に続く。
幸運としか言えないがツエルマットでは青空が見えた。
ゴルナーグラード鉄道に乗りスイス一の展望台と言われるゴルナーグラード展望台までトンネルを出入りしながら、見えてくる景色に言葉が出ない。

 


山頂では眼下に氷河が幾つもせめぎあい、360度の大パノラマで雪山が眩しい。
マッターホルンは頂上はガスがかかり始めたが、周囲の山々ではヨーロッパで第二の高峰モンテローザが見えてきた。
モンテローザ4634m、マッターホルン4478m、それぞれの峰からは氷河が押し出され目がくらむような景色を作っている。
昨日のユングフラウも高かったが今日のゴルナーグラードからの展望は世界中からの登山客や観光客が憧れてくる
聖地と言われるが生きていて良かった…。

下を見れば足がすくむほど氷河がはるか彼方に見え、見上げればその先は4000mの山々が繋がり、その山の名前が覚えきれない。



モンテローザ4634m

   

 

いやー世界は広い。ヨーロッパの山は驚きの時間が続くばかりだった。
カレンダーで見る景色が現実になった。
余りの迫力続きの景色にすっかり食欲もなくなり、夕方になりやっと昼食を胃に入れた。

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ユングフラウヨッホ展望台

2012年06月13日 22時22分22秒 | Weblog




グリンデルワルド1日目。
グリンデルワルド駅からユングフラウ鉄道でクライネシャイデック駅へ。



お天気は快晴。真っ青な空。車窓から見る山は眩しいくらい美しい。
スイス人は120年以上も前にアルプスの岸壁に穴を開けてトンネルを掘り3454メートルの尾根に16年もの年月をかけて
の大工事を行なった。
前回もそうだが、トンネルの中を走っているときにスイス人の偉大さを人間わざと思えない。
頂上のスフインクス展望台は前回は瞬間、ガスが掛かりユングフラウの頂上は見えなくなる。運が良いと周囲の山々と
氷河が見渡せる。
クライネシャイデックの駅から鉄道で途中2回停車駅がある。アイガーとメンヒの胎内を貫き走り、52分で標高3454mの鉄道駅としてはヨーロッパ最高地点ユングフラウヨッホに到着する。








ユングフラウ頂上





アレッチ氷河ではスキーやスノボーが楽しめ暫くムコが10数年ぶりにスキーをするのを眺めていた。



真っ青な青空が続き強い日差しと眩しい周囲の贅沢な景色に、本日の幸運を感謝した。

帰りの鉄道でまたクライネシャイデック駅まで下り、広い草原で高山植物が咲きているのを見ながら
ロッジで朝作ったサンドイッチを遅い昼ご飯で美味しく食べた。
この景色の中で食べるには何を食べても美味しく、最高の食事だ。

スイス初の世界遺産の山を快晴の天気に恵まれ、言葉にならない眺望に今日の一日に感謝します。



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グリンデルワルドの朝

2012年06月12日 22時02分58秒 | Weblog
5月29日朝 ミュンヘンをを朝早く出てドイツからスイス国境を経て
スイスユングフラウ地方までの長い旅の一日になった。

息子から夜中の2時ごろに着く予定と言われ一同えーっ。
ミュンヘンからボーデン湖を通りしばしオーストリアを通り、リヒテンシュタインに入り国境からスイスに抜ける。
山道を通りグリンデルワルドまで後部座席はぐっすり眠り予定より早く着き小さな街の中のスーパーで食料品を買い込む
時間も持てた。およそ10時間の車の旅になった。

スーパーでの食料品や雑貨の買い物はとてもその地域の情報が分かり楽しい。
再びグリン出るワルドに到着し、アイガー北壁を目の前に見、12年前にその姿に圧倒された気持ちは更に参った。
八ヶ岳や北アルプスを見慣れたが、その規模は比ではない。
何度見ても胸は踊る。

    
ユングフラウの頂上 
   
 



アイガー 3970m

グリンデルワルドに到着し借りたロッジで夕食を全員でつくりそれぞれの部屋にこれから3日間の巣を作る。
朝の部屋から真正面に見えるアイガー北壁、メンヒ、ユングフラウヨッホの山々が朝日に輝き美しく厳かだ。


ベッターホルン  3701m
 
ユングフラウヨッホ 4158m
 
メンヒ 4107m
  
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夢のお城、ノイシュバインシュタイン城

2012年06月11日 23時03分15秒 | Weblog
5月28日 3日目フユッセン~ミュンヘンへ

今日はロマンチック街道のフユッセンからシュバンガウ村へ向かいさらにそこから歩いてホーエンシュバンガウという山の高い地域までが目的だ。

 

山の頂上には有名なバイエルン王、ルードブイヒ2世の築いたノイシュバンシュタイン城がある。
車は麓でおり緩やかな坂道を登り、チケットを買い、見物客が順番待ちをする。
中に入るとガイドツアーが案内しオーデイオガイドを聞きながら(日本語版もある)約30分間王の居城を見て回る。
中は撮影禁止だから写真は何も残っていない。
豪華な城の中を見て歩くと当時の王の権勢の偉大さを読み取れるが、わずか夢の城に滞在したのは172日しかなく謎の死を遂げた
話が誠にミステリー感を持たされる。
城は修築中で近くからは全景がきれいに見えないがはるかに離れた崖の上にかかったマリエン橋まで歩いていくと遠くから
城の全景がきれいに見えるビューポイントになる。

 

近くのレストランでドイツ料理の昼食をとり、麓に降りる途中のホーエンシュバンガウ城を横目に見る
ルードブイヒ2世と弟が少年時代を過ごしたというこじんまりとした城である。

  

1日かけてゆっくり歩きノイシュバインシュタイン城を見学し、観光客は多く人気のあるお城である。
ロマンチック街道の終点地を探し、修道院の路地を入ったところに発見。フユッセンに戻り、
また車で次の宿泊地のミュンヘンへ約2時間、夕方になり向かった。

到着は夜だったがホテルからミュンヘンの繁華街に出向き、ホーフブロイハウス大きなビアホールに入った。
1階から3階までバンド付き、客は1,100人収容でき、大きなジョッキに注がれた本場ビールを飲んだ。
ここまでくると夜も遅いのにホントに海外へ出てきた気分に浸るものである。
その夜は疲れもありぐっすり眠った。

    

      

      
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ロマンチック街道終点、フユッセン

2012年06月10日 22時45分56秒 | Weblog
5月27日・ドイツ、2日目。

フランクフルトから長い乗車になるがスイスに近い南のフユッセンに向けて期待をもって出かける。
ご1行様皆元気だ。

ロマンチック街道の終点フュッセンまで途中、ローテンブルク、デインケルスビュールに立ち寄った。
初めはアウトバーンを長らく走るため緊張したが、ボストンからの参加のムスコに頼るしかない。
朝10時頃出発したが2時過ぎにはローテンブルグに入った。

     
     ローテンブルク市庁舎

運が良く年に1度のマイスタートルンクというお祭りに出会い、中世の建築と土地の人々の仮装行列を見物できたため気分は一層盛り上がった。
    

    

少し離れたデインケルスビュールでも同じようなお祭りに出会いヒュッセンに到着は8時を回っていた。
運転者は疲れたろうが、同乗のムコももしかしたら自分も運転する機会が来るかも、と国際免許を取り、
構えていたがいざ、道路事情が身につかないとそれは難しく、そばでうずうずしていた。

 

     

     

長い1日の車の旅だがいきなり、ヨーロッパ中世の中に飛び込んだようで、やはり少しは事前に旅情報を
頭にいれておかなくては好奇心と緊張のまぜこぜの一日になり、反省する。

     
     デインケルスビュールの建物

      
     
     





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フランクフルトの甥夫婦の家で歓迎会

2012年06月10日 00時26分21秒 | Weblog
5月26日お昼の12時過ぎ成田からフランクフルトに向け出発する。
これから12時間近くの機内で午後4時近くに到着する。
今回はスイスでの結婚式があるためムコの両親は旅行も半分は一緒で空港で合流した。
眠れない、眠れないと思いながら新作映画を3本も見た。
フランクフルトは12年前に出掛けたが部分的にしか思い出が残っていない。

それもそのはず、全く生まれて初めての海外旅行であり、今回と同じようにスイスとドイツの旅だが
メンバーは大学生のムスコと私の実の姉との3人旅だった。
今思えば息子はしゃべれない姉妹を連れてドイツ語での連日は大変だっただろう。

あれからおよそ12年、相変わらずドイツ語が話せず空港には娘達と姪とその子供が
歓迎の小さな横断幕をつくりかわいらしく迎えてくれた。



  

これから続く10日間のドイツからスイスへ回る旅のため空港でレンタカーを借りる。
8人乗りの巨大なベンツのワゴン車で、左ハンドル、いきなりアウトバーンとなりムスコに6人の命がかかる。

ムスメ達は先に到着しており私に、どこを見ても素敵なドイツハウスで
ハハは今後の建築にさぞ欲しがるモデルばかりだろうと言った。

  

甥夫婦はドイツへ赴任し3年半と経ちそろそろ帰任するがぞろぞろたくさん押し寄せた客を歓迎し
庭でバーベキューを始めた。

 

ヨーロッパの日暮れは遅く9時や10時でもまだ昼間のように明るい。
まさにご当地フランクフルトのソーセージや肉や野菜を男性陣が焼き遅い夕食会が始まった。

夜中にすぐ傍のホテルへ夜中に向かい、長い長い昼間の生活から興奮しながら寝付かれず、1時間おきに目が覚めていた。
明日は南のロマンチック街道終点のフユッセンまでローテンブルク、ディンケルスビュール経由の長い長いドライブになる。
ローテンブルクは前回ライン川下りの時に泊まったが今回は通過する。
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ヨーロッパ旅行終了

2012年06月08日 21時05分38秒 | Weblog

    
    ノイシュバインシュタイン城は修築中


本日の午後原村へ帰ってきた。
ドイツ、スイス、1部フランスのレンタカーの走行距離は10日間で2,100キロ、写真の枚数1,100枚。

行きの飛行機は元気で興味津々、機内でビデオも3本見た。
帰りはフランクフルトから息子と2人で帰り、ずっと眠りっぱなし、成田は近かった。
息子の家に1泊し、中央道を自分の車で原村へ戻りすぐに洗濯、犬を動物病院へ引き取りした。

犬たちは大喜びするかと思ったら静静と現れやたらおとなしい。
庭や畑の状態はカモミールの林になり野菜は元気に育っていた。

ストップして働かないのは私の頭だけのようだ。
時差はともかく2週間のおんぶにだっこの海外旅行では頭の中はどうやら廃人寸前になったようだ。

     
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