信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

納会

2007年12月28日 22時49分27秒 |  日記
今日の仕事納めの様子を、ブログに書いて、最後の編集をしている時に、何と文章が消えてしまった。
1時間半の努力が水の泡になった。輦

2ヶ月前に諏訪湖畔の健診センターに就職し、仕事に慣れない時間の間
破綻寸前まで悩み、それでもやっとのことで持ち直した。
そうして、年末の健診も昨日で終了し、後は新年1月4日から仕事開始だ。
昨年の今頃は、元の職場でグループ全体の前で挨拶をさせられ、翌年の自分が想像もつかなかった。
雪で真っ白の北アルプスを見ながら年末の大掃除をしていると、今年の夏の諏訪湖の花火大会を2度も見ながら、まさか目の前にある赤十字の建物で働くことになるとは夢にも思わなかった。
人生とは先が見えず不思議なものだ。

企業に勤めていたため、健診の仕事にはアドバイス出来ることも多く
有難がられている。
何はともあれ今年の波乱万丈の1年の最後のお勤めを過ごすことができた。
いつもの高島城と鴨のいる堀を見ながら駐車場に向かい、帰宅の途に着くがとても清清しい気分だった。劣

60歳を迎えると、これまで考えることもなかったが、生きることってホント難しいと。
若い時は決してないが、歳をとるとともに先行きが短くなっていることと、楽しいと思うことがわずかになってきたことで老後を思うと暗くなるのだ。
そんな毎日の中、その日の出来事により気持ちが明るく引きたつということはとても大事なことなのだと思う。

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冬至です

2007年12月22日 14時06分57秒 |  日記
休日がとても楽しみになった。
これはあまりメリハリがつかない都会に住んでいた当時と大きく変わった心境だ。
しかも、年末になり、3連休!
カナダの娘は雪に閉じ込められ感覚がなくなるほどの気温の中で、頑張って勤めていると思うと、自分を甘く考え勝ちな心を引き締めてくれる。
今朝起きたら、雪が舞っている。この連休はホワイトクリスマスになるようだ。

昨夜炬燵で仮寝して、その後目覚めた後、夜更かしして事務作業に徹した。
そのせいか色々頭のなかで強迫観念のように、やらねばならない作業がはかどり、大部分終了した。
お陰で朝起きたときはすっきりして、今度は台所の整理に気持ちが向かった。
冷蔵庫は大仕事になるが、扉を開けるたびにいつか掃除を大々的にやろうなどと思いながら、そっと閉める毎日を脱したい。
勢いで部屋が暖まったので冷蔵庫大掃除に踏み切った。
保存食品、漬物、手作りジャム、香辛料、こういった類が使わないのに幅を利かせている。
一人暮らしには保存食品は意外に必要ないものがわかった。
ビン類、保存容器、を思い切って全部処分した。
明るくなった庫内。一目で見渡せるではないか。

この作業にひたすら専念している最中考えたのは、今の仕事・・・。
この2週間、能無しとか、自分を貶めてやることなすこと裏目に出て
嫌気がさした毎日だったが、なんとか一応大まかには違った役割が出来るようになった。
目が慣れてきて、沢山の伝票類も目が留まることがなくなって来た。
焦る気持ちも薄くなってきた。
自分のこれまでの人生になかった知識を新しく今得ていると言う気持ちが強く湧いてきた。
お陰で澱んでいた脳も活性化してきた。
骨そしょう症も発見できた。
と、まあこのようなプラスの考え方が思い浮かんだ。

60歳の年女。
これまでの長い間の仕事を終了し、静かな生活を望むべく信州へ越してきたが実際は想像以上に、大山盛りの出来事だらけの中をかいくぐり、暮してみたら反対だった。
全く忙しい毎日の1年間だったと思う。
来年の行く末を計りえないが、自分に降りかかってくる出来事を、通り過ぎて結果的に成長続ければ人間として感謝せねばなるまい。秊



§ 冬至(とうじ) §


二十四節気の一つ。旧暦十一月子(ね)の月の中気で、新暦の十二月二十二~三日頃です。太陽の黄経が270度に達し、冬至線の上に直射するときである。

この日、北半球では太陽の高さが一年中で最も低くなります。そのため昼が一年中で一番短く、夜が長くなります。この日を境に、一陽来復、日脚は徐々にのびていきます。

この日は冬至かぼちゃを食べて金運を祈り、冬至風呂(柚子湯)に入って無病息災を祈る行事を各家庭で行います。





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仕事に就いて

2007年12月20日 22時52分20秒 |  日記
1ヵ月半経った。
毎日毎日、何らかのひやりとしたことで大汗をかいている。
外は厳寒の諏訪だが、半そでの白衣で、それでも汗をかきつつ動きまわっているのだ。
ほんの少しずつだが、健診業務の細分について自分なりの認識が出来てきた。
各パートパートの部分を受け持って初めて一連の流れがわかるのだが、あまりにも約束事が膨大すぎて、聞いたはずだがその場では理解
できず、後で同じ場面に至って、また同じ事を聞いたり、また、教えてもらっていなくて結果的にここはこうしてねと、注意されて、それは教えてもらっていないよと内心怒ってみたり、どちらかと言うと
歳を考えず、聞いてばかりいる私は、最近はこの職場は教育的ではないとわかってきた。
昔の教え方で、知らない為に失敗して初めて、ああそれはこういうことだったの・・・と理解できるやり方だ。
だから毎日失敗しているよ。
多分繊細な神経の持ち主では1週間目で辞めていくであろう。
新米でもプライドはある。それをうまくバランスを取りながら、覚えていくことに専念するのだが、私の場合、健診業務は全くの初めてのことで一つ一つ繰り返し毎日携わっても、体で覚えるには時間がかかる。
1泊人間ドックを1回に7人受け持ち、2日間まるまる何十種類もの検査を時間の流れに乗せて検査部門に送り込む。
その間、一人ひとりオプションがついたり、検査の内容も異なったりするので複雑であり、一緒にくっついて廻る検査伝票や指導表等何枚も添付され、それを扱う際で抜けたり、時間がずれたりであわあわするのだ。
今日で3週間、1泊ドックは3クール受け持ったが、3回ともメンバーも検査の内容も異なり、その都度あせあせして2日間が終わる。
一挙に検査終了後、7人続けて指導すると、夕方の勤務時間が終わっていて、記録類が追いつかず、結局家に持って帰り夜夕食後仕事をする始末だ。
翌日は別な業務に就くので、その日に完成しなければ、どんどんたまるばかりなので、結局毎日持ち帰りの仕事をこの3週間していた。
慣れない為か、はたまた他の同僚と異なり時間短縮のパートで働いているためか、業務量が多すぎるためか、多分全部であろう。
健診センターの事務のスタッフが毎日、私の顔を見ると残業で通常の勤務していないと労ってくれる。
昨日も朝早く来て夕方も残業で、早く帰りなさいと全員課長以下声をそろえて労ってくれたが、今日はそれ以上に遅くなった。
大汗をかきつつ失敗しながら仕事を覚えているが、段々自分のものになりつつある。
だけど・・・・そろそろ疲れがでてきたなぁ。
通勤も車なので神経をかなり使うし、1泊ドックを受け持つ朝は2日間は1時間早く出勤するので、通常のルートでなく高速道路を吹っ飛ばしていくので尚更だ。

仕事を得ると言うことはこういうことだ。
誰もが新しい自分の知識外の業務を覚えようと苦労して、やっと動けるようになるためのその間の時間だ。
辛いと思うのは自分ばかりではないのだ。

このところデジカメを持っていても撮る時間を失い、ブログに載せられなくなってしまったのが残念だ。


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能無し

2007年12月12日 21時52分47秒 |  日記
これまでと全く異なった勤務場所に就職して2ヶ月目を送っている。
1ヶ月目は何もかもわからん状態なのでとにかく覚えねばならないと
けなげな気持ちで一生懸命だった。
この期間は時間はすばやく過ぎ去って行った。

午前中で80人もの健康診断を行なうので、教えるほうも教わるほうも
ゆっくり説明を受けることが出来ず、一度聞いたらそれでおしまい。
理解出来るかどうかなど考えてはくれない。
こちらから聞かないと丁寧に詳細にどの場面で説明をすることはない。
聞いても聞いても頭から抜けていく。
最近はマニュアルに書いてアルから読んでおいてと言われるようになった。
2ヶ月目になり全員同じ役割を日替わりで受け持つことになった。
10年選手も私のような新米の2ヶ月目に入ったものも同じ役割。
時間をかけて慣れていくしかないと思っていても毎日、5割くらいの知識しかないため段々ストレスがたまって来た。
あまけにうまく行かないという事柄が要所要所で出てきて、自信は最初からないが、意欲にかけてきた。
自分には能がない、歳をとるともの覚えが悪いとか、どじだとか、負の思考回路になって行く。
駄目だと思うとなんでも駄目につながる。
長年このような気持ちに追い詰められていくということがなかったので、苦しい毎日になって来た。
どのような職業でも初めは苦しいがいつかそこを抜け出すのだとはわかっているが、何だか今の自分は物覚えが悪く、能がないとしか思えない自分になってしまったようだ。
明日あさっては1泊ドック7人塊での受け持ちの担当だ。
ミスを出さないようマニュアルを何度も読み返し、それでもやっと
一通りこなせるかどうか。
今の時期が一番辛いかな?

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冬支度その2

2007年12月08日 23時13分16秒 |  日記
DSCN5142.JPG

信州は漬物の種類も豊富で、引越してきてから随分とご近所で馳走になった。
社長から畑に作ってある野沢菜を採りに来るように言われ先週の日曜日に有難く出かけた。
霜が降りて柔らかくなった野沢菜はもうこれで明日にはトラクターでかき回してしまうから好きなだけ採って行きなと言われ、勿体ないと
私は欲張って懸命に引っこ抜いてきた。
既に漬物を漬け込む時間ではなくなり、夕方になると急速に寒くなるため後回しにする。
今日は気温も上がり暖かくなったのでいよいよ決心して、漬物にとりかかった。
水道の水をじゃあジャア出しっぱなしにして丈の長い野沢菜を洗い、日なたで干す。
切り付けが美味しいと、健診センターの仲間がレシピを持ってきてくれそれに忠実に従って12㌔の野沢菜を漬ける。
12㌔・・・・誰がこんなに食べるのだ?
私は一人暮らしだ。
捨ててしまうからと言われて欲張ってもらってきたが、12㌔もあるとはおいらはおもわなんだ。
大きな樽に一つ漬け終わった。
実家の兄嫁に電話して漬物の話をしたら大笑いしていた。
陽子さん~誰がそんなに食べるのーって。秊
そちらに送りますためですって言ったらえーっありがとうって大感謝。漣
野沢菜の切り漬けは醤油と酢と砂糖を煮立て、しょうがの千切りと鷹の爪を一緒に漬け込む。
重い重石を載せて終わったが一瞬、こんなに重い石を持って骨そしょう症の私には無理のある動作だと思った。

待ちくたびれた犬達を散歩に引っ張り出し、帰って来て玄関を開けた途端、醤油の臭いで家の中は満ちていた。玲

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時間とともに・・・。

2007年12月07日 23時32分53秒 |  日記
DSCN5121.JPG

わおぉ。
今週は頭が爆発しそうな週を過ごしたもんだ。
先週、再就職したことを喜びの言葉で表現したが、翌週はすとんとおっこった。
ウエルカム月間での1ヶ月を送り、健診センターの流れを仕事をしながら覚えていく。
仕事をしながらだから、必至で自分で頭の中に叩き込んでいかなければ、教える側は慣れて良く知り尽くしているから、自分の容量と同じペースで説明する。
しかし受身の私はゼロ以下の知識であるから理解するまでに至らず、次々と別な作業に移っていき吸収しないまま体を動かす毎日だ。
1ヶ月が過ぎ、実際は20日間だが、今度は役割ベースで毎日の仕事を請け負っていくことになった。
横の仕事は覚えたが縦割りの仕事がこれが誠に煩雑で細かい作業と、事務作業が付随し、覚える間もなく現場作業が続く。
最初の頃はメモしていたが、最近はメモを取る時間もなくなった。
これにはまいった。
おまけに毎日今週になってスタッフが次々と毎日突発的に誰かが休み
一人何役もこなさなければ追いつかない。
先月、1ヶ月休まずに勤務したのは新米の私だけだ。輦

朝定時前に1時間早く出勤し、帰りは時間外勤務だ。
1週間これが続いた。
私の発達段階の頭はさすがに今日はパンクした。
めったに起こらない頭痛が朝から始まり、がんがん脈打つ頭痛と共に
仕事をする。


余談だが、健診センターであるから健康診断のめにゅうは様々ある。
最近コレステロールが高くなり下がらなくなった。
まさか動脈硬化が進んでいるかも?と心配材料を抱え、おまけに夏、原村の健康祭りで行なった骨そしょう症の検査でも骨密度が78%と良くない数字が出た。
そこで検査のお願いをしたら今日の午後検査が可能になり、仕事の合間に受診した。
頭痛を抱えながら、放射線科でわずかな検査の時間に横になったところ、瞬間的に寝ていた。
検査結果は何と!動脈硬化は実年齢より血管年齢は若かった。
ぅぅぅれしい・・・。

しかし骨粗しょう症は治療が必要と整形外科あてに医師から紹介状を書いていただいた。
骨密度が64%でこのままいくと背骨の骨折を起こすそうだ。
検査を受けて良かったと医師に褒められたが褒められるほどのものではない。
この1年間保険証を使っていなかったのを秘かに自慢していたが、なんてことだ。
院内紹介だから就職してのメリットは早速発生した。
ああ行く末は寝たきりおばあさんになるところだった。
危ないところだった。
今はいい薬があるからかなりカルシウム量も回復するそうで、来週から受診して頑張って治療しよう。

私の骨の不良は戦後っこだから栄養失調の幼少期も関係あるのだと思う。おまけにサラリーマンで電車通勤、オフイスビルでお日様も浴びない毎日。女性ホルモンも大きな原因。
結構運動もしていたのに、追いつかなかったのだろう。
動脈硬化になっていると診断されるのと骨そしょう症、どちらが良いのか、いや両方嫌だ。

原村は朝起きたら雪で真っ白だった。
これから何度も雪が降りついには根雪になるのであろう。

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再就職1ヶ月目

2007年12月03日 22時44分22秒 |  日記
 DSCN5114.JPG

いよいよ12月に入った。
就職してから家にいる時間がなくなったので犬の散歩がそのあおりを受けて長い時間外に出かけなくなった。
週末が気温も安定して暖かいのでゆっくり時間をかけて八ヶ岳を見ながら歩いた。
紅葉の林はすっかり葉が落ち、見通しが良くなった。陽だまりは暖かい日差しが射している。
そびえている八ヶ岳はすっかり頂上付近は雪景色になった。
凛として、白い姿は誠に美しい。

DSCN5105.JPG

やはり山はこうでなくちゃあと思うが、これからもっともっと寒さが我慢できないくらいになるのかと思うと、体が硬くなってくる。

諏訪湖の健診センターに就職し、車通勤を始め、生活が変わった。
9月の終わりにハローワークから就労を紹介された時は、秘かに数日一人で悩んだものだ。夜もろくろく眠れないくらいに。
自分の働くことについては自分で決めなくてはならない。
失うものと得るもの・・・・必ずついて回るが、失うことについての不安が勝っていた。
春から夏の間は好きな時間に畑で一日野菜作りに専念し、いつでも自由気ままに時間を使えた。
それを失うことになる。と思うといまさら就職なんてなあと躊躇するのだ。
あれやこれやいろいろな面から仕事に就くことを考え、眠れない夜を何日か過ごし、実家の母親の手術の連絡が来て、それがきっかけで背中を押されるように、履歴書をパソコンで書き、郵送してから家へ帰った。
実家に着いた翌日、履歴書を送った病院の看護部長から電話が来て、面接をしないうちから、就職が決定した。
その後、迷う時間がそう持てないまま面接をして、11月から通勤することになった。

そうして既に1ヶ月が経ち、この1ヶ月を振り返る。
健診センターだから、これまでの勤務場所と全く異なった勤務内容だ。
就職するまでに迷った割りに今は毎日充実した気持ちで、帰宅する自分がいる。
健診の種類が沢山あり、入れ替わり毎日受診者が変わる。
自分の役割も毎日変わる。
午後からの指導の対象者も一人ひとり異なり、何より健診結果を見ながら、ぶっつけ本番、真剣勝負で相手に向き合わなければならない。
これがたまらなく自分に緊張感をもたらすのだ。
そして結果的に、指導したことに相手が感謝してくれて、生活を変えてくれる気持ちを持ってくれる。
これがたまらない自分に喜びをもたらしてくれる。
これまでの生きてきた総ての経験や学んだ専門知識をミックスして相手に伝えて行く。
手ごたえを感じる仕事であるから、帰宅する時に気持ちの良い満足感を味わえるのであろう。
健診センターのメンバーも、チームワークが良く、居心地の良さを感じる。
これが1ヶ月目の感想である。

今日も出勤した途端、メンバーが二人休んでおり、いきなり採血の係りをお願いしますと言われ、えっと驚くが、時間もなく片っ端から血液を採っていく。
あれもこれもと業務を追ってとにかく午前中の健診を終了すべく、動き回った。
ああ私でも出来るようになった。1ヶ月経ったところで役に立つこと
が出来る自分を見出せた。ぱちぱちぱち・・・・。

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